幕間:紅き魔術師
アトラが街に出たのと時を同じくして、生徒会のメンバーであるレキ、ミリア、ノエルは紙束の前に座り、ペンを片手に作業を進めていた。
「レキちゃ——副会長、確認をお願いします!」
「ふっふっふ、ミリアちゃん会計よ、このあたしに任せておくがいい!」
生徒会っぽく仕事を行うミリアと、役に振り回されているレキ。
もちろん、ミリアの仕事は及第点以上のものしかなく、レキにはその細かな差異など分からない。
なので、「さすがはミリアちゃん会計だ」と慣れない尊大な口調で誉めるばかりだった。
「殿下、こんな感じの喋り方をする貴族や文官を見たことってあります?」
演技中の二人の後ろで仕事をチェックするノルナが、バーレイグにボソッと問いかけた。
「あんまりないね。少なくとも、僕は会ったことがないかも」
僅かにだが、“僕は”という部分が強調されていた。
ここに違和感を持つのは、少なくともこの場にはノルナしかいない。
彼女は言外に込められた意味に同意するように頷いた。
「……これでいい、かな。次は……」
一方、彼女らの反対側に座るノエルは通常運転だった。
誰かが手伝うと言わない限り彼女は手伝いを頼まないし、仕事は遅れることもない。黙々と、紙の上でペンを走らせるのみだった。
——そうして、次第に紙束は横に移動していき、気づけば彼女らの前にあった山は綺麗に無くなっていた。
「終わったぁ~~~!!!」
「殿下やノルナ様のおかげです……! ありがとうございました!」
レキは大きく伸びをし、背もたれに沿って身体がしなっていた。
その横で、ミリアは背後の二人にお辞儀を繰り返している。
同じくらいのタイミングでノエルもペンを置き、小さく伸びをする。
そこで彼女は、レキの胸元を見て驚愕した。
(会長も……これくらいだったような……)
自分は会長に敵わない——そんな思いを彼女が抱いていた要因の、紛れもない一つ。
目線を下にやると、スラッとした足が見える。
レキや元会長は、きっとそれが見えない。
(こんな子に、負けない……!)
ノエルは、ライバル心のような感情をレキに向けていた。
だが、当の本人は気にした様子もなく会話をしている。
「そう言えばレキさん。最近のアトラ様の様子はどうですか?」
「ん~~~、いつも通りです!」
「では……襲撃の前後で変わったことは?」
ノルナが鋭い眼光と共に問いかけた質問を受けて、レキは思案に耽り始めた。
「むむむ……そうですね。なんかこう、かっこよくなったと思います!」
「具体的には?」
よく笑顔が冷たいと言われるノルナの表情は、当然の如く冷たかった。
レキはそれに臆することなく、普段の口調で返答する。
「今までは聖女としてふわふわ~って感じでした。でも今は、『私こそが聖女だ!』ってヒーローみたいです」
「なるほど……変なことを聞いてすまなかった。ありがとう」
そこで会話が途切れると思ったノルナだったが……ここで想定外のことが起きる。
「何なら、これからアトラちゃんの可愛いところをお話ししましょうか!? あたし、何時間でもやれます!」
「そこで変なやる気を起こさなくていいんだが……!」
ふんすと鼻息を荒くし、「待て」と言われた犬のようにジタバタしながら許可を待っている。
ここで「よし」と言われれば、彼女は間違いなくアトラの魅力について日が昇るまで語り続けることだろう。
「し、仕事は終わり、です……今日は帰りましょう……」
——それを察したのか、生徒会としては皆より先輩のノエルが助け舟を出した。
ノルナはこっそりと会釈をし、ノエルは口角を上げて反応する。
他の皆はそれに気が付かなかったが、帰り支度を進めているのは皆も同じだった。
それから少しして、レキ以外は帰路についた。
彼女が絶対にアトラを出迎えると言うので、それを承諾した形だった。
「じゃ、また明日……!」
「お疲れ様、レキさん」
「失礼します」
「また……明日……」
各々部屋を出ていき、それぞれにレキは元気に「じゃあねー!」と答えていた。
そして、最後の一人が扉を閉めると、生徒会室には静寂が満ちた。
「アトラちゃん……」
段々と傾いてきた太陽を横目に、レキは胸に手を当てて一人の少女のことを考える。
(普段はあどけなくて、でも戦う時はすっごくかっこよくて。善とか正義とかをいっつも体現してて。友達としての顔も、聖女としての顔も、どっちも——)
窓から一陣の風が吹き、大量の書類たちが宙に舞う。
その中心で、レキは誰にも聞こえないような声で呟いた。
「……好き」
「がっはっは! 恋する乙女か、青春はいいものだ!」
「誰っ!?」
ドアの方から声がして、素早く振り向く。
——そこには、筋骨隆々の男が立っていた。
傭兵のような装いで、腰には剣が提げてある。
彫りの深く焼けた顔は、歴戦の戦士を思わせる。
その立ち姿に油断はなく、堂々としている。
「吾輩か? 吾輩は……よく熱い男と言われるな。がっはっは!」
渋い声だが、豪快な笑い方は耳障りではない。
しかし、その風格は明らかに異常。
戦いにおいては素人であるレキでも、こいつは敵だと判断するのは容易かった。
「血月業炎ッ!」
「ほぅ、その魔法を使ってくるか。法器使いは厄介なのが多くて困る」
狭い室内であっても、彼女は全力の魔法を放つ決心がついていた。
手中に現れた小さな火球は、一瞬で巨大に膨れ上がる——はずだった。
「——斬」
男がそう呟いた次の瞬間、火球は無数に別れて雲散霧消した。
剣はいつの間にか抜かれており、鞘に仕舞おうとしている。
「血——」
「させまいよ」
男はレキの首を左手で掴み、その声を止めた。
次に、右手の人差し指につけた指輪をレキの顔にかざす。
その指輪は赤銅色で、眼のような意匠が施されている。
男が魔力を込めると、眼はギョロリと動き出し、レキの眼を真っ直ぐに見つめる。
「お前のすることは善。従うことは善。なぜならば、これこそがハッピーエンドだからだ」
「っ……ぜ……ん……?」
意識が朦朧としながら、レキは掠れた声で問いかける。
「あぁ、善だ。だからこそ、お前はすべきことがある」
男はぐいっと顔を近づけ、意識に刷り込むかのように言った。
「聖女アトラを殺せ。お前は善だ。お前は孤独にならなければならないのだ」
「あとら……を……ころ…………ぜ……ん……」
その呟きを聞いた男は、満足げな表情で左手を離した。
乱暴に落ちたことで床に崩れ落ち、しゃくりあげるような途切れ途切れの呼吸を繰り返す。
——そして、再び一陣の風が吹く。
床の上で紙たちが躍る部屋の中、既に男の姿はなかった。
「アト……ラ……っ」
その言葉を最後に、レキは意識を失った。
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