第14話:黒血の玉座
今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、席から立ち上がる。
「アトラちゃんっ、街で一緒にお買い物とかしない?」
「ごめんね、レキちゃん。実は学院長から呼び出しを受けてて……」
顔の前で手を合わせ、申し訳ないという気持ちを伝える。
キラキラした表情から一転、レキは驚いたように目を見開き、すぐにうなだれた。
「学院長からっ!? うぅ、諦めるしかないかぁ……」
今朝、たまたま学院長とすれ違ったとき——わざとかもしれないが——「授業が終わったらお姉さんの部屋に来て頂戴」と言われたのだ。
「ごめんね。また今度」
再び外に出る機会を失った怒りを胸に、俺は廊下を進む。
行き交う生徒たちにはもう顔が知られているようで、ときどき「聖女様~!」と手を振ってくれたり、以前俺を胴上げしていた連中が「お疲れ様です!」と頭を下げたりした。
俺はいつから上司になったのだろうか? と思いつつ、当たり障りのない笑顔を返していった。
「そろそろ、かな?」
記憶を頼りに歩いていくと、次第に足音や喧噪が消えていく。
これほど静謐さに満ちた空間は、学院広しといえども数少ない。
つまり、記憶は正しかったということだ。
間違えたら面倒だし、一安心。
「学院長、いらっしゃいますか? アトラです」
辿り着いた扉をノックし、声をかける。
すぐに「どうぞ」という返事があり、それを聞いて部屋へ入った。
「うふふっ、また皆いると思った? 今日は——少なくとも今は、二人きりよ」
まさかの二人きり。10人くらいは入りそうな広い部屋で、だ。
相手は魔性の女、既になんだか魅了されそうな気分になっている。
頼む、早く要件済ませてくれぇ……!
「今日聖女ちゃんを呼び出したのは、結構大事な話をするためなの」
そう言って、ルクレアは俺に座るよう促した。
机の上には、湯気が立っているティーカップが二つ。
息を吸うと、紅茶の香りがやけに濃く感じられた。
この前に会ったときは飲み物など出されなかった。
つまり、今日は長く、そして重い話になる——そう直感した。
ルクレアはカップに手を伸ばすこともなく、深刻な面持ちで目を伏せている。
沈黙が続く中、ゆっくりとルクレアは口を開いた。
「魔族による襲撃事件から、二週間ほどが経ったわね。学院の状況は、貴女の目から見てどう映っているのかしら」
「活気を取り戻していると思います。明るく神聖な学院生活——そんな印象です」
「そうね……見かけ上は、そうなのよ」
窓から差し込む光が、ゆっくりと薄れていく。
雲が太陽を隠したのだろう。それも、かなり分厚いように思えた。
なんだか、雨が降りそうな予感がする。
「気づいているかしら? まだ在籍生徒の半分近くが復帰していないことに」
「それは……なんとなく」
俺からすれば、いつもの学院とはあの朝に廊下を歩いた時の光景だけだ。
——活気に満ち溢れ、たくさんの生徒たちがいて、聖女をアイドルのように扱う。
それが、唯一知っている《《本当の》》アトラム聖律学院の姿。
そして、二週間ほど過ごして実感した。
明らかに生徒の数が減っている。
笑顔の総量が目減りしている。
「在籍生徒数522人中、232人が死亡。10人が行方不明。20人は精神疾患に罹患。これは、王室や宮廷貴族の文官しか知らない情報よ。一般にはただの襲撃事件として扱われているの」
ゲームにおいて、生徒はほとんど全滅であり、生存者はたった十数人ほどだった。
その状態では、世間に隠し通すことは不可能だ。
実際、街の方にもいくらか被害があったことで、情報は急速に広まった。
しかし、俺たちが魔族を倒したことで運命は変わった。
生徒は半分以上生き残り、街への被害はない。
そのおかげで情報は封鎖できている。
聖女ならば、涙を流すべきなのかもしれない。
だが、俺はバッドエンドを知っている。
この結果こそが、ハッピーエンドということも。
「その上、死亡者や行方不明者の中には生徒会の面々も含まれていたわ。会長は行方不明、副会長と会計は死亡。書記だけは辛うじて生きているわ」
生徒会。
そう言えばそんなものもあった。
後にサブストーリーで登場し、多くのプレイヤーの脳裏に刻み込まれていたというのに、忘れてしまうとは……
だが、ここも書記が生き残るという「分岐」が起こっている。
一つずつ、無数の小さな歯車を回しているのだ。
「そこで、聖女アトラ・ルミディーナ」
「はいっ」
「貴女が、《《次期生徒会長》》になって頂戴?」
「……ん?」
おっと、どうやら聴力が衰えてきたらしい。
何と聞き間違えたのかは分からないが、知らない言葉な気もする。
うんうん、そうに違いない。
「聞き間違いじゃないわよ? 貴女には生徒会長になってもらうわ」
「……いくつか、よろしいですか?」
全くもって意味不明だが、聞かなければならないことはある。
脳内に生まれていく質問たちをどうにか捕まえ、言葉として吐き出していく。
「えぇ。構わないわ」
対して、ルクレアは余裕そうに笑っている。
くっ、こいつはどうせ可能なことをきちんと確認してるに違いない。
それでも聞かねば気が済まないというもの。
「まず、生徒会は選挙で選ばれるものではないのですか?」
「その通りよ。リーダー、戦場でならば指揮官たる存在を目指し、立候補し、その能力が部下となる生徒に認められた人物を会長とする。これは生徒規則にも明記されているわね」
「では——」
「でもね、こうも書いてあるの。『生徒会役員に欠員が出た場合、かつ学院長が必要と判断した場合に限り、生徒会役員の選任を学院長が行うことができる』ってね」
ダメだ、もう諦めたい。
絶対にこいつは理論武装をしている。
人に頼み事をする時や話し合いをする時、ルクレアは必ず関連する法律や規則を理解したうえで挑んでくるのだ。
「では、もう一つ。既に私は聖女として、権力に近いものを持っています。更に会長という肩書きを増やしても良いのですか?」
その質問に、ルクレアは苦笑しながら答えた。
「それほど思考を回せる聖女なんかいなかったわよ……まぁ、答えてあげるわ。確かに、聖女は外聞的に権力を持ちすぎないよう、生徒会には入らない習わしがあるわね」
「なら——」
「でも、生徒たちの胸に不安が残る中、聖女という癒やしを司る存在がリーダーとして上に立てば、どれほど心強いことか。きっと“あの人になら任せられる”と言うに違いないわよ?」
あぁもう! 分かってはいたけど完全に論破されてるなぁ!
ディベートの嫌なお手本みたいに質問を潰してくる!
……これが企業との話し合いじゃなくて、心の底から良かったと思う。
先方に詰められ、肝が冷えるどころか瞬間冷凍された経験が何度もあるのだ。いわゆるトラウマというやつ。
「ふふっ。質問はもうない?」
「……ないです」
俺の元気を吸い取ったかと思うほど、ルクレアは先程より笑顔になっている。
あの、気力も元気もないです。
もう帰らせてくれませんか?
「じゃあ、決まりね」
一度深呼吸をし、息を整えてルクレアは続ける。
「アトラム聖律学院学院長、ルクレア・ドミナエルの名において、生徒規則第九章第十二条に基づき、アトラ・ルミディーナを生徒会長に選任します」
「——謹んで拝命いたします」
あぁ……なっちまったよ、生徒会長。
前世じゃ人に使われることしかなかった俺が、生徒会役員だよ。
ある意味では大出世だよ……!
「それじゃ、明後日の朝には生徒総会があるから、それまでに副会長と会計を選任しておいてね。そっちはお姉さんの承認を経なくて大丈夫だから」
「はい……」
いろいろな感情が混ざり合う中、上の空で返事をした。
窓の外から、一筋の光が差し込む。
「……え、明後日までに決定?」
「いえ、決定は明日までね」
即答。
会話の空白とかいう概念は、そこになかった。
もはや俺の言葉に被せてきていたくらいだ。
(嘘だろぉ……???)
とりあえず、今日は帰って寝よう。そうしよう。
——この後、偶然すれ違ったミリアに本気で心配されるなどしたが、それはまた別の話だ。
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シリアスとコメディの割合、これでいいんですかね……?
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