第10話:キャハハハッ!
「黒尽くめの集団——つまり、魔族じゃなさそうね」
「聖女様にいいとこ見せなきゃ!」
「4人なら……きっと……」
教室前方から入ってきたのは、黒い装束に身を包んだ4人組だった。
それぞれ手には剣や槍、弓を装備していて、魔力はあまり感じない。
魔法が使えそうなのは槍使いの男だけだ。他は物理手段のみで攻撃するのだろう。
皆も張り切っており、近くの友達と作戦会議のように話し込んでいる。
耳に届くのは、戦略や分析といった兵士の会話を思わせる言葉ばかり。
さすがはアトラム聖律学院——光の神ハシースを崇める、聖教会の信者が集う学び舎の生徒——だ。
ここで学ぶ者を含め、信者は「神の兵士」と見なされ、信仰と並んで武術の修練を課されている。
だから、みんな戦闘に拒否反応を示さない。
「風刃っ!」
勢いよく駆け出した一人の少女が魔法を放つ。
その傍らには分厚い本が浮遊しており、淡く煌めいていた。
「あれが法器……そういえば見るのは初めてだったなぁ」
魔導具のうち法器は、本の形の物が多い。
ゲーム的に言えば、それらはレアリティが低いものだ。
高ランクの法器は多種多様な見た目をしているが、特徴的なので見かけたらすぐに分かる。
「——」
対して黒装束の男はそれを回避し、手に握った剣を振り上げながら走り始める。
「俺様に任せろ! 喰らえ、“炎が罰”!」
ライナルトが魔法を詠唱すると、天井の辺りに炎の塊が現出した。
それは重力よりも早く落下し、真っ直ぐな軌道を描いて見事男に命中した。
「ふっふっふ、見たか! これが俺様の力だ!」
倒れ伏し、うんともすんとも言わなくなった剣士を背に、ライナルトは自慢げな顔で胸を張っていた。
……あ、ライナルトって法器使いだったんだ。
あの時は槍を持っていたから、槍の魔導具を使うものだと思ってた。
貴族は魔導具以外の武器を使える者も多いと聞くし——そういう設定があった——彼もその一人なのだろう。
「あ、危ない!」
風魔法を使っていた少女の声で、意識が引き戻される。
すると、よそ見をしていたライナルトの背後に向かって、真っ直ぐに矢が飛んできていたことに気がつく。
はて、どうしようか——なんて逡巡してる間に、生徒の一人が動き出していた。
「ハッ!」
綺麗な姿勢で剣を振り下ろし、矢じりに刀身を当て、方向を逸らす。
そんな見事な芸当を、一発で成功させてみせたのだ。
「ライナルト殿、背後を疎かにするとは、戦士たる自覚が足りないぞ!」
「俺様に口答え……?」
凛とした声で叫ぶ少女剣士に対し、ライナルトは青筋を浮かべて反発する。
睨み合いのような状態だが、ただのヤンキーが少女に絡んでいるようにしか見えないのは滑稽で仕方ない。
だが、そんな劇を延々と繰り返されるのは飽きてしまう。
俺は大きく息を吸い——
「——皆さん! 敵はまだ3人います! 槍を持つ者は前に出て前衛を、剣を持つ者は中衛を、法器や弓を持つ者は後ろから攻撃してください!」
「——はいっ!」
数人が俺の指示に応答し、その通りに陣形を作っていく。
「レキも、一緒に戦おう?」
「……分かった。レキ、頑張るっ!」
俺の力強い言葉に、同じく力強い頷きを返したレキも、すぐさま陣形に加わった。
これで3対9。俺を入れれば10になる。
「「——」」
今度は矢が放たれると同時に、二人目の剣士が突っ込んできた。
「風弾っ!」
「聖女様は傷つけさせない!」
矢は魔法であらぬ方向へ吹き飛ばされ、剣士はこちらの槍使いたちに阻まれ、回避に気を取られ攻撃が疎かになっていた。
「ライナルト様、今がチャンスですよ?」
「うるさい! 俺様に指図するな!」
愚かにも、また振り返っては俺を睨みつけ、罵声を飛ばすライナルト。
——その隙を、彼が見逃すはずもなかった。
「ぐはっ——!?」
じっと奥で呆然としていたはずの槍使いが、横薙ぎに槍を振るってライナルトを的確に叩いたのだ。
他の生徒には当たらないよう計算されたその攻撃は、合理的で美しいとすら思える。
「なっ……!?」
「私、全く見えませんでしたわ……!」
「聖女様、お引きください! ここは私達に!」
作られた陣形は、俺を囲うように変化していた。
フードの下で怪しい銀光を瞬かせる槍使いを前に、彼女らの思いは一致していたのだろう。
「……お気持ちは分かります。でも、私に戦わせてください。彼は、私でなければ倒せない」
反対する声が、波のように押し寄せる。
しかし、俺の心は既にここにはなかった。
——朝、食堂で朝食を食べていたときのこと。
バーレイグとアラヴァルナに遭遇し、「今日から授業なんだって? 楽しみにしているよ」という言葉を、王子くんからもらっていた。
それが、小骨のように喉につっかえて取れなかったのだが……ようやく謎が解けた。
この思考が間違いでないのなら、俺が戦うべきだ。
魔族よりは弱いが、結局彼女らでは勝てない。
「だから、どいてください」
さぁ、道は開かれた。
これは《《殺し合いじゃない》》。
ならば、試したかったことを試すとしよう——!
「光よ!」
正々堂々なんて言葉、俺の辞書にはない。
すぐさま光線が彼を貫かんと迫るが、容易く回避される。
……しかし、その先には突っ立っていた剣士がいた。
聖なる光が胴体を射抜き、物言わぬ屍に変えた。
「相手は私です!」
力を込め、教室の反対側を目掛けて駆け出す。
すると、当然のように槍使いも俺を追いかけてくる。
階段を駆け上がり、皆から距離を取るように動くと、それを見抜いてか俺の進む方向に先回りしてきた。
そして、俺にブレーキをかけさせるための脅しの道具として向けられた槍が、《《そのまま腹に突き刺さる》》。
「聖女様!?」
「アトラちゃん!!!!」
「くっ——!」
めちゃめちゃ痛い。腹が溶岩で焼かれてる気分だ。同時に冷たくなっていくのを感じるところが、最高に最悪な感情を生み出してくる。
でも、俺は心の底から湧き上がる笑みを抑えられなかった。
良かった、今の表情が皆に見えていなくて。
きっと——とんでもなく邪悪な笑みだったろうから。
「祝福よッ!」
脳内で全身にある数多の神経や内臓を思い浮かべ、それらに魔法をかけて思い通りに組み替えていく。
直後、腹の部分を回復したことで槍が押し出され、痛みも消えた。
「大丈夫だ、傷はもうない」
小声で囁くと、身動ぎするのを感じた。
聞こえているのが確認出来たので、そのまま独り言を続ける。
「このことは王子には言わない。私の勝手な行動であり、君は悪くない。だから——真剣な戦いをしようじゃないか」
「……本当か?」
「あぁ。約束は守る」
いつもの聖女の仮面を剥いだ、裏の顔を存分に見せる。
これできっと、彼は俺の声を無視できなくなるだろう。
——刹那、槍捌きが一段、いや数段素早いものになった。
もはや俺の目では追えない。
次々と身体に槍が突き刺さっては抜かれ、身体中に穴が空いていく。
けれど、痛みは一切ない。
「ククッ……キャハハハッ!」
《《痛みがない》》。
つまり、成功したのだ……! 実験は成功だ!
回復魔法は《《神経を操作できる》》!
そう、《《痛覚すらも遮断できる》》のだ!!!
「祝福よッ——!」
魔法を詠唱すれば、穴はすぐに消え去る。
風通しは悪くなるが、きちんと元通りというわけだ。
剥き出しの肉で風を感じる経験なんて滅多にできないから、少し惜しい気持ちもあるが、仕方ない。
「これでトドメです! 聖なる光よ!」
わざとらしく、あえて長く詠唱することで時間を作る。
槍使いはそれを察したのか、身体の向きが横になる。
いわゆる半身というやつだ。いつでも動けるようにしているらしい。
「アトラちゃんはレキが守るっ! 血月業炎!!!」
そこに、レキが大規模な魔法を行使した。
真っ赤に染まった満月が昇り、世界が赤黒く染め上げられる。
ふと、槍使いの目が驚きに見開かれたのが見えた。
俺を守ってくれるのはありがたいが、このままいけば誰も彼も無事では済まない。
「……撤収ッ」
槍使いはそう呟き、倒れた三人の黒尽くめを置いて、廊下、そしてその先へと姿を消していった。
心なしか、撤収より避難の方が正しいような気がしてしまうが、ともかく一件落着だ。
「……終わった、のか」
「アトラ様……すごかったです!」
「すごかった……!」
顔を綻ばせて、口々に称賛の言葉を言ってくれる。
前世でこんな状況、あったろうか。
取り柄のない俺に、誰が何を褒めたろうか。
——だからこそ、最高に気持ちがいい。
「皆様、お褒めの言葉、ありがとうございます。皆様が手伝ってくださったお陰で、彼との戦いに専念することが出来ました」
あの時は転生してすぐだったから混乱していたが、慣れてくると戦闘の楽しさがよく分かる。
ひたすらダメージを追い求めてきたゲーマー魂が、ここに来て発揮されるとは。人生何があるかわからないものだ。
「さすがはアトラ様。その力、とくと見させてもらったよ」
「この声は……!」
教室に、ゆっくりとした足取りで入って来たのは赤髪の男だった。
隣には先生もおり、二人して隠し事をしているような雰囲気を醸し出している。
「あれって……第三王子殿下!?」
「私初めて見た……!」
「お美しい……!」
背後から黄色い悲鳴が上がる中、彼は優しい笑みを崩さず、真っ直ぐ俺に近づいてくる。
「怪我は……ないようだね。良かった。いくら治療できるとはいえ、その肌に傷がつかないことに越したことはない」
「殿下、まさか私を心配するために来たのですか?」
「おっと、そうだった。皆、よく聞いてほしい」
キャーキャーと騒いでいた生徒たちは、バーレイグの掛け声を聞いた瞬間に静かになった。口を一文字にし、喋りませんという硬い意思を感じさせる。
「今の襲撃は、君たち臨時クラスに対する訓練の一環だったんだよ」
直後、彼女らの口のチャックはゆるゆると解かれ、安堵の息が漏れ出した。
アトラム聖律学院のスパルタ教育は有名だったが、これほど激しいものとは予想だにしていなかった。
そんな、トラウマがフラッシュバックしてもおかしくない状況で、これほど冷静にいられる精神力。それこそ、熟練の兵士みたいだ。
「先生、すごいですね。人形を操る魔法……しかも人形はかなりの強さを有していました。これが訓練であると見抜くまでに時間がかかってしまいましたよ」
「さすがは聖女様、とったところかしら。先生も鍛錬を怠らないようにしないといけないわね」
連携は取れていたが、完璧ではない。
ああいった動きは人形のものだ。
魔力の流れもほとんどなく、俺としてもさすがは教師だと言わざるを得ない。
「……では、授業は終了です」
チャイムの音が聞こえ、先生は全体を見渡してそう言った。
このスパルタ戦闘を平気でやる学校——これから大丈夫なのだろうか。
正直、全然気が休まらないが……まぁ、頑張っていくとしよう。
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