届かぬ手
「キャラクター生成道場」第二弾!
志摩林太郎 編
魅力的なキャラを作ることを目的にした練習短編です。
ストーリーはここで終わります。
志摩林太郎というキャラの造詣を楽しんでいただければ幸いです。
俺が伸ばした手はいつだって届かない。
何十年と人生を共にした妻は今、病院の白いベッドで眠っている。
熊に体を引き裂かれたからだ。袈裟切りにあった傷が痛々しく包帯で包まれている。
動物愛護団体の抗議活動が猟師の派遣を遅らせたが故の事故。
俺は自然と猟銃を構える仕草をしていた。
目の奥に映るのは、熊を殺した俺に抗議をしたアイツらの顔だった。
!*-*’
俺は戦後まもなく、農家の次男坊として生まれた。
大きく頑丈な体に不釣り合いなほど、力と心が弱かった。
それでも俺に家を継がせる気のなかった両親は大人しかった俺をたいそう可愛がってくれた。
兄ちゃんがやんちゃで手のかかる子であったぶん、優等生として俺は育った。
成績がよく、身長も高く、顔も良かった俺は妙に異性から多くの好意を寄せられるようになった。
そんな中、学級内でも一際大人しい子と付き合い始めた。
見目も勉強も運動も全て平凡だったが、心が真っすぐで強くて、何より誰にでも優しい子だった。俺にないものを持ってる彼女に惹かれて俺から交際を申し込んだ。
むこうも俺のことを好いてくれているって知ったときは、喜びで寝れなかった。
けど、そんな幸せも長くは続かなかった。
俺とその女の子、静子との交際を良く思わない人たちが出てきた。
女の子たちは静子に嫉妬をし、男たちは俺がモテることに気分を害したようだった。
ある日、俺と静子が下校していると不良少年たちに囲まれた。
俺の力が強くないことは狭い田舎だったせいで広く知られており、そのうえ多勢に無勢ということもあって、あっさりと俺はのされた。
「なぁ、コイツ。お前の女なんだろ」
リーダー格の少年が笑いながら静子の腕を握る。
「ちょっと人から頼まれてよ。それに俺らも気取ってるお前のこと気に食わなかったからな。今まで良い思いをしたぶん、きっちり清算しねぇとな」
静子は肩を震わせても泣くことはせず、俺に「大丈夫だから」と無理に笑みを作った。
体を動かそうにも手ひどく痛めつけられたせいで起き上がることすらできなかった。
下卑た声が聞こえ、だんだんと足音が遠ざかっていった。
それでもと伸ばした手はひどく晴れた空をさすだけだった。
目の前がぼやけ、地面に水滴が落ちる。
そのとき、後ろから砂を強く蹴り上げる足音が近づいてくるのがわかった。
なんとか体を捻って首をあげると、俺のすぐそばを巨体がすごい早さで走り抜けた。
兄ちゃんだった。
静子の腕を掴んでいた少年を勢いよく蹴り飛ばし、静子を背中で庇うとそのまま少年たちを雑草のようにちぎっては投げた。
不良少年たちが起き上がらなくなると、兄ちゃんと静子は俺の方へと駆け寄ってきた。
「おう、林太郎。災難だったな」
かっこよく笑う兄ちゃんと、俺の手を握って涙を零した静子に俺は顔を向けられなかった。
痛いふりをしてずっと地面を見ていた。
俺は兄ちゃんのように静子を守れなかった。
静子のように下唇を噛んで我慢をすることすらできなかった。
ただ泣いているだけの自分が情けなくてしょうがなかった。
でも、どれだけ鍛えても俺に力はつかなかった。
悩んだ末出した結論は、手段を選ばないことだった。
勉強し、頭を使い、そしてどんな手を使ってでも大切な人を、静子を守ると決めた。
兄ちゃんが都会に出たいと言うから義理もあって俺が農家を次いだ。
中学卒業を機に静子とも結婚してからは、経済的な理由で守れなくなることがないように田畑を大きくして、重機も使えるようにして、そうやってここまで来た。
子供に農地を譲った後は、趣味でやっていた園芸を仕事にして伝手のある旅館などの庭師として生き始めた。
ことが起きたのも、そんな仕事の最中だった。
枝切ばさみを手にしながらラジオを聞いていたとき、家の近くで熊が出たらしいというニュースが入った。
俺は慌てて家に電話すると、静子は戸締りをしっかりしているから大丈夫と笑っていた。
嫌な予感がした俺は事情を話してすぐに家に戻ろうとした。
アナウンサーは動物愛護団体の抗議活動のせいで猟師の投入が遅れていることを真剣な表情で喋っていた。
軽トラを家まで走らせているとき、警察の黄色の規制線が目の前の道路を塞いでいた。
「すんません。今、熊出とるんですわ」
小太りの警官が誘導灯を掲げて、俺の車を止めた。
「俺の家がすぐそこなんだ。通してくれっ」
「悪いけど、それはできませんわ。規則なもんで」
俺は舌打ちすると狭い一車線道路をバックで戻り、警官から見えなくなったところで車を止めて家まで走り出した。
俺だって猟師の資格を持ってる。
熊の危険性は嫌というほど知っている。
だが静子を守るためなら、そんなもん捨て置けばいい。
規制線の中に人目を偲んで入ると人はおらず閑散としていた。
軋む膝に鞭を打って家へと走った。
家に着くと、丁度熊が網戸のところから俺の家に入ろうとしているのが見えた。
ガシャンとガラスが割れる音が響いた。
奥の方に静子が立ちすくんでいるのが見え、熊が音のした方へと畳を蹴っていた。
俺は熊と同じ場所から中に入った。
静子の悲鳴が聞こえ、そして熊は怯えたように振り返った。
静子は床に倒れており、血が木の床板を伝っていた。
熊が匂いにつられてか台所に向かうのを確認すると、俺は猟銃を取りに自室へと走った。
良かった。静子に向かわないでいてくれて。
俺がお前を殺してやる。
猟銃を手に後ろ向きで立ち上がる熊へと照準をゆっくりと合わせた。
そのまま、頭がい骨を打ちぬいた。
熊は机を倒しながら、地面に落ちる。
銃声に気づいた警察が中に流れこんできた。
すぐに救急車を呼んでもらい病院まで来た。
一命を取り留めた妻はまだ目を覚ましていない。
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