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第4話 危険な綱渡り

 昼下がり、リリテック・アカデミーの地下に併設された訓練場で生徒が汎用多脚兵器――ボファベットに乗って訓練を行っていた。闘技場のような空間の中で、二台のボファベットが向き合う。

 鋭い多脚を渇いた地面に突き刺して両者が動く。

 どちらとも訓練用であるため出力を制限しているが、それでもボファベット訓練場内を動き回り、戦う。しかし、最初といっても十秒ほどは拮抗していたが、一体のボファベットが相手の多脚を指し、破壊したことで状況が傾く。

 そのままずるずると追い詰められていき――最後には決着がついた。


 ◆


「――いつもよりも調子悪そうだったね」


 いつものように食堂でニコとレイが座っていた。

 ニコはフォークとナイフを置いて、口の中の物を飲み込むとレイに訊いた。レイは首をかきながら、そして目を細めて返す。


「そうだな……少し、寝不足でな。視界がぼやけて見えなかった」


 レイは前の授業、兵器操縦基礎で行われた模擬戦でいつもならば簡単に出来るごとが疲労と睡眠不足のために出来ておらず、苦戦していた。結果としては勝ったが不満の残る最後という感じに。

 

「そうなんだ。寝不足って、何か課題とかあったっけ?」

「ないよ。少し《《用事》》があって最近眠れないだけ」

「用事?」

「大したことじゃないよ」


 大したことではない、本当に。毎日決められた人数を……。


「それに寝不足で状態が悪くとも勝たなきゃいけないから。じゃないと成績が下がる」


 付け加えるように言う。 

 リリテック・アカデミーはかなり厳しく、成績がある一定を下回ると強制的に退学だ。これまで人を殺してまで金を稼いできたのが無駄になる。それだけは避けなけらばなかった。だが、少なくとも成績上位者であるレイが気にする問題ではない。

 ニコはレイの言葉に少しのわだかまりを覚えたが、特にそれについて言及することはなかった。


「へぇ……かなり厳しいんだね。僕は取ってないからその辺のことは分かんないや」


 兵器操縦基礎の授業は希望制であるため、無理に受ける必要はない。この分の単位は他の運動科目などで埋めればいい。そのためニコは兵器操縦基礎の授業を取っていない。

 今日はたまたまニコが取っている授業の教師が休んでいたため、ニコがレイの模擬戦を見に来ていたというだけだ。


「まあ、僕が見る限り頑張ってたから、ほらこれあげるよ」


 ニコがテーブルの上に置いてあったアイスを滑らせてレイの前に置く。


「いいよ。ニコが頼んだんだろ?」

「別にいいじゃんそのぐらい。それにいつもレイは水ばかり飲んで、僕はご飯食べて。周りの目もあるし、なにより僕が気まずいよ」


 薄々気がついてはいたがわざと目を背けていたことだ。全面的にレイが悪いことであるため。レイは反省した様子で頭を下げる。


「……ごめん」

「もー。謝らないでよ。僕が悪いみたいじゃん。そういうところだよ? レイの悪いところ」

「……すまない」

「もーー。早く食べて、友達からのプレゼントだと思って」

「……あ、ありがとう」


 慣れない親切に戸惑いながら、レイはアイスを口に運ぶ。


「どう」


 ニコが楽しそうに、テーブルに肘をついて顎に手を当てて訊いてくる。


「ああ。うまいよ」


 いつぶりかも分からない、久々に食べたアイスの味はとても甘かった。


 ◆


 アリアファミリアはスラムにあるポテンタワーと呼ばれる、円柱状の廃ビルを拠点にしている。辺り一帯にはスラムの住民の寝床であったり繁華街であったりなど人の往来は多く、その中にアリアファミリアの構成員は混じっている。

 周辺の警備ということもあるし場所代の回収という目的もあって構成員はポテンタワーの周りを歩いていた。アリアファミリアの力が大きいということもあって、彼らは周辺の住民から畏怖の感情を向けられており、また構成員もその状況に満足して、慢心していた。

 構成員は基本的に決められた場所を二人組で歩いて回る。しかし襲われることも敵を見つけることもほぼないためそんな決まりを無視して一人で歩き回ったり、仕事を放棄して遊んでいたりとかなり自由奔放だ。だがそれでも許されるのがアリアファミリアという組織。そして強大な後ろ盾を持った個人というもの。構成員は周辺で何をしようが基本的に咎められることはない。

 ――だが。

 しかしその慢心が、命取りになることを彼らは忘れていた。巨大な組織に入ったことで自身を大きな存在だと見誤った。

 だから付け入られる。なんてことないような存在に。

 

 構成員の一人はいつものように繁華街を歩きまわり、格安の風俗店を行く際中だった。一人、人混みに紛れながら、ネオンの明かりに照らされながら男は歩いていた。ポケットに手を入れて、煙草を吸って、上機嫌にただただ歩いていた。

 少し視線をあげて、上に看板を見ながら悠々自適ににやけ面で、これからのことを思い浮かべていた。しかしその意識は、突如として首の辺りに走った激痛によって現実に引き戻される。


(なんだ――ッッ! 熱い!熱い!)


 ポケットから手を出して首の辺りを触る。

 濡れている。

 血が、流れていた。それも大量に。


(なn――)


 男は喉を抑えながら膝から崩れ落ちる。


「――ぐぁっあ……ぁ」


 息を吸うことも、出血を止めることも出来るはずがなく。その僅か数十秒後、男は絶命した。

 繁華街の路地で男が倒れたというのに通りを行きかうスラムの住民はそれを気にしない。当たり前だ。これがスラムでの当たり前の光景。油断をしたら殺される。そんな基本的な原理すら、アリアファミリアに所属したことで失ってしまった男はこんな風に殺される。

 ただそれでも、最初こそ人が薬物か空腹かで倒れているとみられていたが、流れ出る血によって殺人が起きたのだと分かるとさすがに人が集まり始める。不思議なもので、一度他人が気にしたら連鎖的に『何が起きたのだ』と人が集まって人だかりができる。

 だが、死体へと向かう群衆に逆らって逆方向に進む人物がいた。

 ローブを被り、マスクを被っている。

 手には血のついたナイフを、今は拭いている途中。

 

(これで……まあもうそろそろか)

 

 レイはナイフを懐にしまい。次の標的へと向かう。

 依頼を引き受けた時点でアリアファミリアと敵対することは決まった。そして報復の危険性もあった。そして真正面から戦っても勝てるはずはない。

 だから、レイは最初から決めていた。

 準備期間は三日。アリアファミリアが本格的にその異変に気が付き対策を練るまでの最短の日数。それまで構成員の半分以上を殺す。そうすればだいぶポテンタワー襲撃も楽になる。

 アリア・リーズもこの事態を把握していているだろうが、対策が少し遅れている。レイを見つけ出すことが出来ず、むやみやたらに策を講じることもなく構成員を殺されてしまった。

 《《襲撃の日も含めて》》準備期間の三日間、レイは疲労こそ溜まったものの予定通りには進んでいた。そして今日が三日目、アリアファミリアの襲撃に行く予定の日だ。

 数は減らした。後はレイが死ぬほど頑張ればいい。


「……ふう、よし」


 一度息を吐いて、決意を固めて表情を入れ替える。

 レイはポテンタワーに向かって歩き出した。

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