エピローグ
季節は夏になった。8月4日、片山は久しぶりに故郷の大分に帰省していた。降り注ぐ真夏の日差しの中、片山は静かな墓地へと向かい、一つの墓前に立ち止まった。
「お久しぶりです、稲葉さん。1年ぶりですね。」
静かに言葉をかける片山の前には、航空自衛隊のパイロットだった稲葉隆弘の墓があった。彼は片山が幼い頃に慕っていた近所の青年であり、片山が航空管制官を志すきっかけを与えた人でもあった。
片山は手を合わせ、目を閉じた。その瞬間、幼い日の記憶が鮮明によみがえる。
あの福岡春日基地での航空祭の日、空は青く澄んでいた。片山は父に連れられて初めて訪れた航空祭に胸を躍らせていた。しかし、その空に舞うプロペラ型のアクロバット機が突如として制御を失い、目の前で墜落した光景は衝撃的だった。稲葉はその事故で重傷を負い、後に亡くなったのだ。そして今日、8月4日は稲葉の命日だった。
あの瞬間から、片山の心には深い傷が残り、同時に空への憧れと責任感が芽生えた。しかし、この出来事を彼が誰かに語ったことは一度もなかった。
「あなたの言葉が、今でも僕を支えています。」
片山は心の中で静かに語りかけた。稲葉が生前に語った"空を守ること"の意義。その言葉が、今も片山の支えとなっていた。
ふと、彼は真奈美との会話を思い出した。真奈美に「片山さんは、なんで管制官になろうと思ったんですか?」と尋ねられたときのことだ。一瞬答えに詰まり、「大した理由はないよ」と軽くはぐらかしたが、その裏にはこの秘密があった。
稲葉の墓前で立ち尽くしながら、片山は自問した。
「自分は今、あの日の自分に胸を張れるだろうか?」
答えはまだ見つからなかった。それでも、片山は少しだけ前に進める気がした。
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そして、片山は再び羽田空港での忙しい日々へと戻る。故郷の空を見上げながら、心の中で稲葉に誓う。
「あなたが見守ってくれている空を、これからも守り続けます。」
片山の物語は続く。その背中には、彼の過去と向き合いながらも前へ進む決意が刻まれていた。