第1章
羽田空港の管制塔では、新たな一日が始まっていた。春の柔らかな陽射しが管制塔の窓を通して差し込み、新年度の始まりを感じさせる季節だった。地上では航空機が行き交い、地上スタッフたちが忙しく動き回っている。その光景を見つめながら、片山直樹と山口真奈美は今日の業務に備えていた。
「おはようございます、片山さん。」
真奈美が元気に挨拶する。その声にはこれから始まる新年度の期待と緊張が混じっている。
「おはよう、真奈美。」
片山も笑顔で応えた。経験豊富な彼の穏やかな声が、真奈美の心に安心感を与える。管制塔内はすでに忙しさを増しており、他の管制官たちも準備に余念がなかった。
その日の朝、管制保安部部長の佐藤健一が管制官全員を集めてミーティングを行った。部屋には管制塔のメンバーとレーダールームのメンバーが全員揃い、緊張感が漂っている。
「みんな、おはよう。今日からA滑走路の延伸工事が本格的に始まる。それに伴い、滑走路は3本体制になる。特にピークタイムの調整は重要だ。全員、気を引き締めて業務にあたってほしい。」
佐藤の穏やかながらも力強い声が部屋に響く。彼の指示に全員が静かに頷いた。
「これからは滑走路と誘導路の調整が鍵になる。問題があれば即座に共有してほしい。また、工事の進行次第で臨機応変に対応が必要になってくるだろう。」
その時、片山が手を挙げて佐藤に質問をした。
「部長、延伸工事が進む中で、周辺空域の利用頻度が上がると思いますが、他空港との調整状況はどのようになっていますか?」
佐藤は少し考え込んだ後、答えた。
「現在、関係各所と調整中だが、大きな混乱はない見込みだ。ただし、予期せぬ事態が起きた場合には迅速に対応できる体制を整えている。その点を意識してくれ。」
片山は頷き、「了解しました」と答えた。
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真奈美は片山の隣でディスプレイを操作しながら、小声でつぶやいた。
「今日からは特に気をつけないといけませんね。」
「そうだな。工事が始まると、離着陸の間隔が短くなるし、地上の動きも複雑になる。特に交差する誘導路の確認はしっかり頼むぞ。」
片山の冷静な指示に、真奈美は力強く頷いた。
一方、レーダールームでは三津谷雄介、内田翔平、篠田恵が朝の準備を進めていた。
「三津谷さん、今日のスケジュール、すでに一部遅延が出てますね。」
篠田がモニターを見ながら報告する。
「そうだな。まずは到着機の優先順位を確認しよう。内田、到着便の最新状況を調べてくれ。」
三津谷の指示に、内田は陽気な調子で応えた。
「了解です!いやー、朝からこんなに忙しいと目が覚めますね。」
その軽口に篠田が微笑みながら突っ込む。
「内田さん、いつもテンション高いですね。でも、ちゃんとやってくださいよ。」
「もちろんですとも!」
そんなやり取りが交わされる中、レーダールームでも緊張感が漂っていた。
一方、鈴木辰哉は管制塔内で片山と真奈美のサポートに入っていた。
「片山さん、これからの到着機ですが、関西からの便が混雑する時間帯に差し掛かります。」
鈴木が報告をすると、片山はディスプレイを見ながら頷いた。
「わかった。順番待ちのリストを真奈美に共有してくれ。」
「了解しました。」
鈴木は迅速に動き、連携を取る。管制官たちの間では、それぞれの役割が明確に分担されており、効率よく業務が進められていった。
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午前10時、最初のピークを迎える時間帯。離着陸する航空機が増え、片山たちの対応にも一層の迅速さが求められた。
「JAL302、滑走路34Rへの進入を許可します。」
片山がマイク越しにパイロットへ指示を送る。その背後では、真奈美が次のフライトスケジュールを確認し、的確なアシストを行っていた。
「ANA215、誘導路C3を経由してください。」
真奈美の声も緊張感を帯びているが、その動きには迷いがなかった。
一方で、レーダールームでは三津谷たちが到着機の間隔調整に追われていた。
「三津谷さん、伊丹発のJAL157便が予定より早く到着しそうです。」
篠田が報告すると、三津谷はすぐに対策を指示した。
「その便は少し待機させる。内田、誘導ルートを確認して優先順位をつけてくれ。」
「任せてください。」
内田は明るい調子で応えつつも、その目は真剣だった。
こうして、それぞれの持ち場で管制官たちは連携を取りながら、羽田空港の安全を守り続けていた。