【8日目】観測者の代償と夜の選択
気づけば、もう8日目。
物語の舞台である「コンビニ」は、ただの場所ではなく、登場人物たちの心の動きや、世界の裏側とリンクしていく不思議な空間として、少しずつその姿を変えています。
今回の話では、ハルキの中に芽生える「疑念」と「希望」が同時に描かれます。
アイ、ユイ、そして“観測者”としての自分。
バラバラだった点が、すこしずつ線になってきている。
でもその線が「何を指しているのか」は、まだ誰にもわかりません。
そして今夜、ハルキはある“選択”を迫られます。
それはきっと、彼のこれからを大きく変えるものになるでしょう。
「俺は……誰なんだろうな。」
夕暮れ、教室に一人きりのハルキがつぶやいた。
机にうつぶせたまま、誰もいない空間に問いを投げる。
返ってくるはずのないその言葉に、かすかな風が窓から入り、彼の髪を揺らした。
7日目の放課後、ユイと交わした会話が、まだ頭にこびりついている。
“観測者としての力に異常あり。危険信号を確認。”
あの謎の通知と、ユイの不安そうな目。そして――アイの笑顔。
どこかで何かが、狂い始めている。
「観測者って、何なんだよ……」
ハルキは静かに立ち上がり、カバンを手に教室を後にした。
昇降口を抜け、薄暗くなり始めた空の下、駅とは反対方向――あのコンビニへと歩き出す。
数日前までは、ただの寄り道の場所だった。
けれど今は違う。
あのコンビニの奥に、“何か”があると、彼の直感が告げている。
*
「いらっしゃいませー……あ、ハルキくん。」
レジに立っていたのは、今日もアイだった。
制服の上にコンビニのエプロンをつけて、変わらない笑顔を見せる。
でもハルキの目には、その笑顔が、少しだけ“作られている”ように見えた。
「……やっぱ、働いてるんだな。」
「うん、ここだけどね。学校の人にはあんまり言ってないけど。」
「なんで俺には教えてくれたんだ?」
アイは少しだけ言葉に詰まり、それから視線をずらして答えた。
「……ハルキくんなら、知っててもいいかなって思ったから。」
ハルキは少しだけ笑って、それ以上は何も聞かなかった。
けれど、レジ横に置かれた黒いファイルがふと目に入り、彼は動きを止める。
「あれ……何?」
「あ、ダメ。それは店員用の記録ファイルだから。」
アイが慌てたようにそれを閉じ、カウンターの下にしまう。
けれど、ハルキの目はしっかりと“ある記録”を見ていた。
『観測記録:対象B、今夜23時、裏口へ』
「観測記録……?」
呟いたその瞬間、アイの動きが止まった。
「今、なんて言った?」
「……なあ、アイ。観測者って、なんなんだよ。」
一瞬の沈黙。そして、静かに漏れるような声。
「ハルキくん……やっぱり、見たんだね。」
その声には、笑顔はなかった。
ただただ、真剣な眼差しだけがそこにあった。
「店の裏口に来て。今夜、23時。全部話すから。」
アイのその言葉が、店内のBGMよりもずっと静かに、けれど強くハルキの胸に刺さった。
その夜、ハルキはベッドの上で何度も時計を見た。
針が動くたび、心臓の鼓動が早まっていく。
23時ちょうど。
彼は音を立てずに家を出た。
コンビニの裏口。普段は誰も入らないような小さな扉。
けれどその前には、制服姿のアイが立っていた。
昼間と違い、彼女はまるで別人のような真剣な顔をしている。
「……来てくれて、ありがとう。」
「話を、聞きたい。」
アイは頷き、扉を開けて中に入った。
そこはただの倉庫かと思いきや、さらに奥へ続く階段があった。
「この下に、“観測室”があるの。」
地下へと続くコンクリートの階段を、二人はゆっくりと降りていく。
不気味な静けさと、わずかな冷気が足元を包み込む。
「観測者って……何を観てるんだ?」
「“世界の歪み”。」
その言葉に、ハルキは立ち止まる。
「歪み?」
「現実に起きている“ほんのわずかなズレ”……誰も気づかないようなもの。
でも、そのズレが積み重なると、やがて“別の世界”が生まれる。」
「……それが、ファイルにあった“観測記録”?」
アイは頷き、ひとつのドアの前で足を止めた。
「ハルキくん。あなたは――特別なの。」
「俺が?」
「本来なら、“観測者”は外部に選ばれた存在しかなれない。でも……あなたには、自然に力が宿ってる。」
「だから……変な夢を見るのか。」
「そう。夢じゃない。“観測中”の意識なの。」
ハルキは目を閉じた。
これまでに見た数々の奇妙な夢。教室が崩れたり、ユイが誰かに泣きながら何かを訴えていたり……。
それは“観測”だったのか。
ドアがゆっくりと開かれた。
そこには、大きなモニターと、無数のノート。
そして――見覚えのある写真が貼られていた。
「これ……ユイ?」
「彼女も、対象の一人。」
「……どういう意味だよ。」
「ユイは、“観測される側”なの。つまり――君とは対になる存在。」
「ユイが……観測される側?」
ハルキの声がかすれた。
目の前にあるユイの写真。そこには、彼女が誰かと口論している姿、泣いている姿、そして笑っている姿――
日常の一瞬が切り取られている。
しかし、どこか現実離れしていた。まるでそれは、ドラマのワンシーンのような“演出された現実”だった。
「どうしてそんなことを……彼女が何をしたっていうんだ。」
「ユイは、“未来を変える可能性がある存在”なの。
この世界の“歪み”を感知できる、稀有な力を持っている。
でも、それが暴走した時、この世界は……崩壊する。」
「世界が……?」
アイは静かにうなずいた。
「だから私たち“観測者”は、彼女を見張っているの。予兆を、少しでも早く見つけるために。」
「見張ってるって……それはただの監視だ。」
「そう、だから――私は、それが正しいことかどうか、ずっと悩んでる。」
ハルキは視線を落とした。
ユイと交わした日々の会話。笑顔。
彼女がそんな存在だなんて、到底信じられなかった。
でも……自分自身が“観測者”としての力を持っているなら――。
「俺は、ユイを助けたい。」
アイが少しだけ目を見開く。
「それが……君の選択なんだね。」
「そうだ。誰がなんと言おうと、俺は“観る”んじゃなくて“守る”ほうを選ぶ。」
一瞬、沈黙。
やがてアイは、小さく微笑んだ。
「ハルキくん。……君なら、きっとそう言うって思ってた。」
そのとき、観測室のモニターが一斉に明滅し、赤い警告が表示された。
【警告:観測対象B 精神異常値上昇中】
「ユイに……何か起きてる!」
ハルキは走った。
思考より先に体が動いていた。
コンビニを飛び出し、街を駆け抜ける。
風が顔に当たり、呼吸は浅くなる。
たどり着いたのは、あの日ふたりで話した公園だった。
そのベンチに、ユイは座っていた。
肩を小さく震わせ、何かを見つめている。
「ユイ!」
彼女はハルキに気づき、顔を上げた。
その目は、涙で濡れていた。
「……どうして……わたし、おかしいのかな……」
「違う。違うよ、ユイ。
君は、特別なんだ。でも、それは悪い意味じゃない。
世界が君を必要としてる。だから、俺が――守る。」
ユイはしばらく沈黙したあと、かすかに笑った。
「……ありがとう、ハルキ。」
その言葉が、夜の空気の中で、小さく響いた。
*
観測の記録は、この瞬間も続いている。
けれどそれは、ただの「監視」ではない。
「信頼」や「選択」が重なるとき、それは“未来を照らす光”に変わるのかもしれない。
ハルキはそう信じた。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
「放課後はコンビニで」――このタイトルが、ただの舞台設定ではなく、少しずつ物語そのものを象徴するものになってきたな、と自分でも感じています。
8日目の今回は、これまで少しずつ積み重ねてきた「謎」の断片が、初めて明確な形として見えてきた回になりました。
“観測者”としてのハルキ、そして“観測される存在”であるユイ。
それぞれが背負うもの、それぞれの選択。
恋や友情だけではない、「青春」と「運命」の交差点を描けたらいいなと思いながら、筆を進めました。
ハルキの「守る」という選択は、これからの365話のなかでも、さまざまな形で試されていきます。
正しいかどうかは、すぐにはわかりません。
でも、そうやって迷いながら選ぶことこそが、「青春」なのではないかと、私は思っています。
ここまでで累計約50,000文字ほど。
365日分すべてを書き終える頃には、一体どれだけの感情と出来事が積み重なるんだろう――
そんな楽しみを胸に、また次の話を書いていきます。
もし少しでも心に残る瞬間があったら、感想などで教えてくださいね。
それでは、また【9日目】でお会いしましょう!
――霧野ゆう