第二話 血の杯、おひとつどうぞ
「じゃ、僕はもう行くね。
お大事に、朝陽。」
「おう。ありがとな。見舞いに来てくれて」
「いやいや、親友の見舞いに来るなんて当たり前だろう?僕の時だって君が来てくれたじゃないか。それと似たようなもんだろう?」
「……そっか。なるべく早く復帰できるように頑張るわ」
「うん。待ってるね。」
そう彼は言って病室を出ていった。
俺が目を覚ましてから数日経った。
さっきは俺の親友が見舞いに来てくれていた。最近の近況報告を聞いたり、学校での真姫の様子を聞いたりしていた。
あいつも忙しいだろうに……ほんといい親友を持ったなと思う。
話は変わるがあれから何があったのかというと、真姫が去ったあと、直ぐに担当医の人がやってきた。まぁ、なんか色々検査やらなんやらがあって凄くバタバタした。
検査の結果は、当然異常なし。逆に異常あったらびっくりするわ。というか異常あったら別の意味でまた入院することになるだろ。
あと事情聴取もした。
真姫と話したように、ちゃんと作り話を話した。案外疑問に思われることも無かった。まぁ、犯人も捕まってるしね。ただ、俺を刺した犯人、なんか廃人状態になってるらしい。見つけた時にはもうその状態だったんだと。
一体どんなことをしたんだ真姫は……
あいつが言ってたんだけど、あのあと制裁したらしい。どんなことをしたのか聞いてない、というか聞けなかったんだけどどんなことをしたんだか……
聞きたいけど、なんか聞くの怖いよね。
取り敢えず、これからも色々と話するっぽいけど、今のところはこれでいいらしい。
一応、もうすぐ退院できるみたい。安静にしてろとは言われたけど。傷が開く可能性があるらしい。
そんな事を考えていたら病室の扉が開いた。
「真姫……やっと来てくれた」
入ってきたのは真姫だった。
やっと来てくれた。あれから今までずっと来てなかったので、話したいことも話せなかったからいつ来るか気になってたんだよね。落ち着いたら来るって言ってたけど、いつ来るか分からなかったからね。
「ひと段落したら来るって言ったでしょ?落ち着かなかったらゆっくり話せないじゃない」
真姫は病室に入って来て、ベッドの近くにある椅子に腰を下ろしてそう口にした。
「何日も来なかったのは悪いと思ってるわよ。でも、私も色々とやることがあったの。
……それで?調子はどうなのよ?」
「えっ?いや、別に特になんともないけど……」
「ふーん。一応聞いとくけど、傷のところ痛む?言っとくけど嘘はダメだから」
「……いや、大丈夫だよ」
本当は少し痛むんだけどね。でも、心配させたくないし、このくらいなら全然耐えられるから大丈夫。
「……うそつき」
俺の言葉に真姫はジト目を向けながら反論してくる。……不覚にもちょっと可愛いと思ってしまった。
「嘘じゃないって」
「いや、嘘ね。私のことを舐めないでよね。あなたが嘘ついてるかどうかなんて分かるわよ……これでも朝陽のことはよく見ているのよ?」
え、もしかして俺……顔に出やすいとかあったりする?
…………はっ!!もしかしてこれは愛?愛なのか!!
……こんな冗談はやめとこ。うん。なんか自分で思ってて虚しくなるわ。
「あー、俺って顔に出やすかったりする?」
「いや、別に?強いて言うなら愛ね。愛。あなたのことを愛してるから分かったのよ」
……………ん?
「へっ……!?」
変な声出た。
「ふふっ…………冗談よ、冗談。良いわねその顔。凄く新鮮だわ。」
「お前……からかったな?すごくびっくりしちゃったじゃん……変な声も出たし」
マジでびっくりした。
心臓止まるかと思ったわ。流石にこれは言い過ぎか。
「ふふっ、もしかしたら冗談じゃないかもよ?……まぁ、このくらいにしとくわ。
それで?痛むのよね?」
真姫が少し笑う。そして直ぐに真剣な顔になって言ってきた。
……なんか意味深な言葉を残したけど。
「まぁ、少しだけな。別にほっとけば大丈夫だろ」
どうせ少しの傷なのだ。そんなに時間かからずに治るでしょ。死にかけた時と比べたら楽しょーよ。
「そう……」
真姫はそう一言だけ呟くと、何処からともなくワイングラスを取り出した。
えっ、なに?魔法ですか?よくありがちなアイテムボックス的なやつか?
「えっ、魔法?」
「ん?そうよ。今創り出したわ」
真姫はなんともないように言う。
聞いてみたけどなんか予想よりもヤバいことやってるな……なに?創り出すって。魔法で物体作れるのか……
そして、ワイングラスを置くと、いつのまにか手にしていたナイフで腕を切った。
「はっ……おま、何して!?」
ポタポタと血が垂れていく。
流れゆく鮮血が、ワイングラスの中へと落ちていき、溜まっていく。
急展開すぎて思考が一旦停止した。
まさか腕を切るとは……止めにすら入れ無かった……
そうこうしているうちにグラスの中に血が溜まった。
そして気がつくと真姫の腕からはもう出血は止まっていた。
「真姫!どうして急にこんなことを……」
俺は叫ぶ様に彼女に問う。
何がしたいのかさっぱりわからない。
俺には彼女の意図はさっぱりだった。
「何って、痛むんでしょう?その傷は私が付けたもの。だったら私が治すのも当然だわ。痛みが消えている様だったら別にこんなことをしなかったけれど、消えていないみたいだし。私は私のやったことに対しては責任を持つので」
真姫はそう言うと、「はい、これ飲みなさい」と血の入ったグラスを渡してくる。
「えっ……飲むの?」
「えぇ、そうよ」
えっと……あれなのかな?血を飲まないと生きていけない的なやつ。それだったら結構不便だと思うんだけど。
「あー……血を飲むの必須だったりする?生きていく上で」
「そんなことないわよ?創作物に引っ張られてるのかなんなのかは知らないけれど、私たち吸血鬼にとって血液は嗜好品みたいなものよ。だから厳密に言えば飲まなくても生きていけるわ。私だって滅多に飲むことはないしね。」
あぁ、そうなんだ。
嗜好品ねぇ……
少し詳しく聞いてみた。
真姫もあんまり飲んだことないらしいし、飲むとしても動物の血らしいけど。ただ知り合いが言うには、美味いと感じるものもあれば不味いと感じるものもあるとか。だから飲みたければ飲めばって言ってた。ただこれはあの時の傷を治す為のものだからできるだけ飲んで欲しいらしい。
何はともあれ、机の上に置かれているそれを見る。綺麗な赤色をした液体が入っているグラスを。それは一見、ワイングラスに入っているからなのか赤ワインに見えないこともない。中身は血なのだが。
チラリと横に視線を向ける。
真姫と目が合う。黄金の瞳と視線が交差する。彼女は何も言わない。ただこちらを見ているだけだった。
「……」
グラスを手に取る。
そして、それを俺は一思いに、
飲んだ。──飲み干した。