第一話 吸血姫と偽りの傷
見知らぬ天井。真っ白な天井だった。
……いや、病院の天井か。
一度は言ってみたかったんだよね
ゆっくりと起き上がる。
腕には点滴が刺さってた。まぁ、そりゃそうか……どんくらいあれから経ってたか分からないけどずっと目が覚めなかったからだろうしね。
…………っていうか、ほんとに生きてるとはねぇ……
あの傷じゃあ本当に死んでるかと思ってたけど。……ということはあいつの言ってたことは本当だったと?
……俺、人間辞めちゃったのかぁ……
別に何か思うところがあるわけじゃ無いけど、今のところはへぇーそうなんだぁ、くらいにしか思えてないんだよね。まぁ、まだそんなに実感が無いからだろうけど……
「……まぁ、後で真姫から色々教えて貰えばいいか」
俺を吸血鬼に変えたのは真姫だ。だから説明責任くらいはあるはず、そんな事を思っていると、隣から声が聞こえた。
「私に何を教わるですって?」
「⁉︎⁉︎」
……びっくりしたぁー
急に隣から声がしたから飛び起きるかと思った……
声の主の方を見る。
そこには一人の少女が優雅に椅子に腰掛けていた。長い銀色の髪を揺らし、黄金の瞳でこちらを射抜いていた。
「真姫?」
俺は彼女に問いかける。髪色、目の色は異なるが、それ以外は真姫にそっくりだった。
「それ以外に誰がいるというのよ?」
少し呆れを含んだ声で、彼女は答える。
いや、なんというか見た感じの印象が違うというか、髪色とかでこんなに印象が変わるのかとは思うがなんだか少し違うような気がしたのだ。なんか纏っている空気が違う?
はっきり言えばさっぱり分からないけど。
「いや、ちょっとね。髪の色が違ってたからさ、一瞬別人かと思っちゃった。目の色も違うし……」
「ふーん……一応言っとくけど、私こっちの方が地毛ですので。目の色もこっちが本当の方なので。今までは魔法で黒髪黒目に見せてたのよ。ほら、目立つでしょう?この色だと」
「なにそのファンタジー」
なにそのファンタジー。
えぇ……なんか急に魔法とかでてきたんだけど。いや、吸血鬼とか言ってる時点でもう十分ファンタジーだわ。
「いや、吸血鬼という種族がいる時点で十分ファンタジーでしょうに……」
「そうなんだけどね?ほら、今までは存在していることすら知らなかったんだからさ」
仕方ないと思うんだ。今の今までは存在すら知らなかったものが急にあるって言われても中々信じられるものでは無いだろう?
といっても、俺自身もそのファンタジーの一部になっているのだが。
「確かにそうだけれど、このくらいで驚いてたらキリがないわよ」
「えぇ……」
「言っとくけど、結構ファンタジーなのよ?この世界。有名どころで言えば、エルフとか、人狼とか?」
「えっ、マジ?」
「えぇ、マジよ。そもそも、吸血鬼だけピンポイントでいるのよ。まぁ、だから知らず知らずのうちに会ったりしてるかもね」
まぁ、それもそうか。真姫の言う通り、吸血鬼がいるなら他のファンタジーな種族もいるか。納得はしたけど、頭の理解が追いついたかと言われたらそうじゃないんだけどね。
「……こんな話をしてる場合じゃ無いのよ。あなたが目覚めるまで待ってたのは口裏を合わせる為なんだから」
「口裏?」
なんかやっちゃったっけ?
「そう、口裏合わせ。多分この後事情聴取されるから。その時、私が話した内容と、あなたが話した内容が食い違ってたらおかしいでしょう?」
「事情聴取?」
「当たり前でしょう?あなたは傷害事件、それも殺人未遂の被害者なのよ?」
……そうだった。死にかけたから吸血鬼になったんじゃん……
「ちょっと、他のことで頭一杯ですっかり忘れてたわ。そういや、俺、死にかけたんだよな……」
「なんでそのことを忘れてるのよ……」
「……ともかく、あなたは私を庇って刺されたことになってるから」
「えっ、そうなの?」
なんかだいぶ改竄されてるんだけど。そもそも真姫やつ俺が刺された時あの場にいなかったし。
「そ。あの夜、私たちは二人で夜道を歩いてた。そしたらあなたを刺したやつに後ろから襲われそうになった。直前のところであなたが気づき、私のことを庇って刺された。幸いなことに傷は浅く、命に別状は無かった。こんな感じかしらね。まぁ、面倒くさかったら犯人の顔とかは暗くて分からなかった。咄嗟のことであまり、憶えていない。こんな感じで言えばいいんじゃない?」
うわーめっちゃ事実無根なことを言ってる。まぁ、でも本当に刺した奴の顔とか憶えて無いしな。というかなんで刺されたのか知らないし。多分金目当てかな?荷物奪われたし。今となってはどうでもいいけど。まぁ、刺したことは許さないが。普通に死ぬかと思ったし、というか死にかけたし。
「あれ?でも俺が死んで無くて、傷もないのに、なんで傷害沙汰になってるの?」
一つ、疑問があった。
吸血鬼になったことで傷が治ったんならわざわざ救急車とか呼ぶ必要無いのでは?と。
というか救急車呼んでも意味ないのでは?だって傷なんて無いんだし。
「あぁ、そのことね。ちょっとまとまった時間が欲しいのよ。あなたに見せるものだったり、色々教えないといけないことがあるし。別に嘘は言ってないでしょう?あなたが刺されたのは本当のことなんだし。ならそれを利用しない手はないじゃない。」
うーん、まぁそうか?確かに嘘は言ってない。なんか一人登場人物が追加されてるだけである。だからいいのか……いいのか?
うーん、気にしないことにしよ。
「あれ?でも、傷って直ぐ治るんじゃないの?じゃあ偽れなくない?」
「ん?あぁ、そのこと。それは私がなんとかしたわ。本当はやりたく無かったのだけれど、私が傷つけたのよ」
「真姫が?」
「……えぇ、そうよ。確かにあなたの言う通り、吸血鬼は再生能力が高い。でもね、それを阻害することも出来るのよ」
「魔法で?」
「そうよ。だから私がやったの。まぁでも、だいぶ浅くやったからほぼ影響ないと思うけれどね」
「へぇーそうなのか……」
ほんと、魔法って便利だな。どんなことでも出来るじゃん。そういや俺も魔法使えるようになるのかね。退院したら真姫に聞いてみるか。
「あら、大して驚かないのね。……ともかくそうゆうことだから、私はそろそろ行くわ。じゃあね朝陽。またひと段落したら会いに来るわ。」
真姫はそう言うと手をひらひらと振りながら部屋から出ていった。
……もっと聞きたいことがあったんだけどね。