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蔦揺籃のみた夢  作者: 佐原万葉
第二章 T町・小林不動産
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 カラカラカラ。


「ごめんください」


 古沢と新たな客は互いの顔を見て、ほぼ同時に声をあげた。

「あれ…あなたは」

「さっきの…」

「お知り合いですか?」

「…同じ電車だったんです」

「はい。僕の方が先に降りたんですけど。同じ駅だったんですねえ」

 店の扉に手をかけたまま、にこにこと青年は笑った。

「そりゃまた奇遇ですねえ。で、ご用件は?」

 問われて、青年は古沢の存在に応えを迷ったらしかった。

「お取込み中では?」

「僕ならいいんです。急ぎじゃないんで」

「…すみません。僕はこういう者です」

 軽く頭を下げてから、袂から名刺を取り出す。小林に――なぜか古沢にも――差し出した。


「……くうき、さん?」

 小林がメガネのずれを直しながら、問う。

「うつぎ、と読みます」

 そう間違えられることが少なくないのだろう。空木は気を悪くした様子もなく苦笑しながら訂正した。

「これは失礼を」

 恐縮する素振りの小林に、やっぱり「いえいえ」と空木が笑う。


 交叉堂、店主。空木誠史郎――それが名刺に記された文字。


「僕一人いるだけの小さな店です。今日は、井上氏のご依頼でお伺いしたんですが」

「は?」

 メガネのつるを押さえたまま、小林が驚きと不詳が混じりあった声を上げた。

「井上さん? 依頼? なんのことです? 井上さんは亡くなってますよ」

「それはもちろん知っています。いえ…え? 何も聞いてらっしゃらない…?」

「なんのことだかさっぱり」

 今度は空木が驚く番だった。

「お身内の方じゃあないんですね?」

「はい。違います。あれ、どうなっているんでしょう…」

 後半は独白だった。困惑混じりの。


「交叉堂というのはなんの店なんですか?」

 問いかけたのは、それまで黙って二人のやり取りを見ていた古沢だ。

「骨董屋です。古道具屋といった方が近いかもしれないですが」

「ああ。そいうこうことですか」

 小林がぽんと手を打った。それから、不思議そうにしている古沢に向かって。

「井上さんは骨董品がお好きでね。けっこうな数集めてるって聞いてます」

「はい。生前はなにかと御贔屓いただきました」

「そうなんですか。んん? それでどうして骨董屋さんが?」

 小林の問いに、空木が更に困惑する表情を見せた。

「鑑定、とかですか? 最近、流行ってますよね」

 古沢の言葉に、小さく頷き「そんな大それたものじゃないですけれど。少し前に、井上さんからお手紙を頂きまして」と言いながら、空木は手紙を二人に見えるように差し出した。


「ご自身が亡くなった後には収集品の整理を望んでいらしたようで…」

「確かにそう書いてありますねえ」

 小林と古沢、手紙の面をじっと見る。

「財産争いがおこらないように、後腐れがないように…てわけですか。正直、亡くなる前にやっとくべきのような気もしますけどねえ」

 小林の遠慮のない言葉に、空木は苦笑を浮かべた。

「忌憚ない言い方をすれば、そうなんでしょうねえ。――不動産屋さんの方には話をしてあるので、ここで鍵をお借りするようにとあったので、こうして伺った次第なんですが……なにか手違いがあったみたいですね」

「手違いだらけですわ」

 小林は再び唸った。

「処分? いったいどうなっているのやら。あたしは土地屋敷、家財道具含むすべてを身内の方に譲ると聞いておるんですわ。こちらの方も、その連絡を受けて来られたわけで…」

 空木と小林、顔を見合わせて困惑する。古沢も連れられて困惑した。


 誰もがどうしたらいいだろう…と思った。


「…一度、家を見せて貰えますか? できるならお線香だけでも」

 遠慮がちな古沢の提案に、小林が手を振った。

「あの屋敷に仏壇はないです、多分。無人ですからね。というかですね、あの屋敷は別宅みたいなもんで、本宅は東京にあるんですわ。なので弔問なら、そっちになると思いますよ」

「そ、そうなんですね。すみません、何も知らなくて…」

「いえいえいえ。お付き合いがなかったんなら仕方がないことです。別にそれは構わんのですが、しかし…本当に見たいですか……? そうですねえ。わざわざお二人ともここまでいらしたんだし、ここで顔付き合わせてても仕方がない。ただ、期待はせんでくださいよ」

 小林は妙なことを言い、なぜか諦めたように項垂れた。


「どういう意味ですか? ここを教えてくれた駅の人も様子が妙だったし、いったい何が在るって云うんですか?」

「行く途中においおいお話しします」

 小林が大儀そうに腰をあげた。

「ですが、僕は…」

 辞退を述べる空木に、小林は首を振った。


「何がどうなるわけじゃありませんがね、二人より三人の方が良いです」


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