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カラカラカラ。
「ごめんください」
古沢と新たな客は互いの顔を見て、ほぼ同時に声をあげた。
「あれ…あなたは」
「さっきの…」
「お知り合いですか?」
「…同じ電車だったんです」
「はい。僕の方が先に降りたんですけど。同じ駅だったんですねえ」
店の扉に手をかけたまま、にこにこと青年は笑った。
「そりゃまた奇遇ですねえ。で、ご用件は?」
問われて、青年は古沢の存在に応えを迷ったらしかった。
「お取込み中では?」
「僕ならいいんです。急ぎじゃないんで」
「…すみません。僕はこういう者です」
軽く頭を下げてから、袂から名刺を取り出す。小林に――なぜか古沢にも――差し出した。
「……くうき、さん?」
小林がメガネのずれを直しながら、問う。
「うつぎ、と読みます」
そう間違えられることが少なくないのだろう。空木は気を悪くした様子もなく苦笑しながら訂正した。
「これは失礼を」
恐縮する素振りの小林に、やっぱり「いえいえ」と空木が笑う。
交叉堂、店主。空木誠史郎――それが名刺に記された文字。
「僕一人いるだけの小さな店です。今日は、井上氏のご依頼でお伺いしたんですが」
「は?」
メガネのつるを押さえたまま、小林が驚きと不詳が混じりあった声を上げた。
「井上さん? 依頼? なんのことです? 井上さんは亡くなってますよ」
「それはもちろん知っています。いえ…え? 何も聞いてらっしゃらない…?」
「なんのことだかさっぱり」
今度は空木が驚く番だった。
「お身内の方じゃあないんですね?」
「はい。違います。あれ、どうなっているんでしょう…」
後半は独白だった。困惑混じりの。
「交叉堂というのはなんの店なんですか?」
問いかけたのは、それまで黙って二人のやり取りを見ていた古沢だ。
「骨董屋です。古道具屋といった方が近いかもしれないですが」
「ああ。そいうこうことですか」
小林がぽんと手を打った。それから、不思議そうにしている古沢に向かって。
「井上さんは骨董品がお好きでね。けっこうな数集めてるって聞いてます」
「はい。生前はなにかと御贔屓いただきました」
「そうなんですか。んん? それでどうして骨董屋さんが?」
小林の問いに、空木が更に困惑する表情を見せた。
「鑑定、とかですか? 最近、流行ってますよね」
古沢の言葉に、小さく頷き「そんな大それたものじゃないですけれど。少し前に、井上さんからお手紙を頂きまして」と言いながら、空木は手紙を二人に見えるように差し出した。
「ご自身が亡くなった後には収集品の整理を望んでいらしたようで…」
「確かにそう書いてありますねえ」
小林と古沢、手紙の面をじっと見る。
「財産争いがおこらないように、後腐れがないように…てわけですか。正直、亡くなる前にやっとくべきのような気もしますけどねえ」
小林の遠慮のない言葉に、空木は苦笑を浮かべた。
「忌憚ない言い方をすれば、そうなんでしょうねえ。――不動産屋さんの方には話をしてあるので、ここで鍵をお借りするようにとあったので、こうして伺った次第なんですが……なにか手違いがあったみたいですね」
「手違いだらけですわ」
小林は再び唸った。
「処分? いったいどうなっているのやら。あたしは土地屋敷、家財道具含むすべてを身内の方に譲ると聞いておるんですわ。こちらの方も、その連絡を受けて来られたわけで…」
空木と小林、顔を見合わせて困惑する。古沢も連れられて困惑した。
誰もがどうしたらいいだろう…と思った。
「…一度、家を見せて貰えますか? できるならお線香だけでも」
遠慮がちな古沢の提案に、小林が手を振った。
「あの屋敷に仏壇はないです、多分。無人ですからね。というかですね、あの屋敷は別宅みたいなもんで、本宅は東京にあるんですわ。なので弔問なら、そっちになると思いますよ」
「そ、そうなんですね。すみません、何も知らなくて…」
「いえいえいえ。お付き合いがなかったんなら仕方がないことです。別にそれは構わんのですが、しかし…本当に見たいですか……? そうですねえ。わざわざお二人ともここまでいらしたんだし、ここで顔付き合わせてても仕方がない。ただ、期待はせんでくださいよ」
小林は妙なことを言い、なぜか諦めたように項垂れた。
「どういう意味ですか? ここを教えてくれた駅の人も様子が妙だったし、いったい何が在るって云うんですか?」
「行く途中においおいお話しします」
小林が大儀そうに腰をあげた。
「ですが、僕は…」
辞退を述べる空木に、小林は首を振った。
「何がどうなるわけじゃありませんがね、二人より三人の方が良いです」