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I.E. pray for all  作者: 星野明滅
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      12:16

12:16


 帰り支度をしながら、少しばかりクラスメイトと話していたら十二時を越えていた。午後からこれといった予定もないから、構うことじゃない。

 十人はいた生徒は教室から消え、残ったのは僕と三石と川北だけ。三石は日直の仕事を、川北はパンを頬張りながら自作PCの最新部品が載った雑誌を見ていた。

「鍛冶場くんと川北くんって、怖いの大丈夫?」

 ふと、静まり返った教室にぽつりと三石の声が落ちる。帰り支度を完璧に終わらせ、鞄を持っていた僕は思わず足を止める。

「? 大丈夫だけど? なあ、ろくろ」

「うん、何かあった?」

「最近ね、神政祭に向けて巫女稽古があるんだけど……変なの」

 筆箱にボールペンや修正テープを押し込めている三石の手が止まった。再び訪れた教室の静寂は、川北が僕の席の椅子を引くことで切り上げられた。座れ、ということらしく、僕は大人しく席に戻る。

「変? 巫女稽古って十八時半から公神館でやるんでしょ? 姉貴も参加してるけど、何も聞かないぜー?」

「多分、話したくないから、なのかなあ……」

 川北の姉も神政祭の巫女稽古に参加しているなんて初耳だ。三石も承知なようだけれど、どこか遠い目をした彼女は話を続けた。

「とにかくね、巫女稽古前に、欠席連絡が入るの。欠席自体とっても珍しいことなんだけど、毎日一人、十八時十五分ごろ、電話で連絡がきて……」

 巫女稽古は神政祭の一か月前から始められる。三石のように巫女として出る者だけでなく、神政祭で行われる祭事全体の稽古に関わる人ならば一度は召集される。僕も幼少の頃、父に連れられて稽古の見学に行ったことがあるのを覚えている。その当時の雰囲気と言えば、厳格で荘厳、静けさの中に鈴の音や水の音が度々聞こえるくらいのもので、欠席連絡を入れるのもなんだか怖くなってしまいそうだった。

 三石は不安そうな瞳を揺らした。そして、努めて明るくこちらに話し続けた。

「……その二十分後には何事もなかったかのように、稽古に参加するの。変じゃない?」

「欠席連絡入れたのに来る人がいるって?」

「そういうこと!」

 川北は机に頬杖をついたまま、しかし、もう雑誌への興味は逸れていた。確かに、怖い話というより、不思議な話というか、薄気味が悪い内容ではある。川北自身、姉が行く巫女稽古で不可思議なことが起こっているのは見過ごせないはず。

「先週から稽古が始まってもう七人も休んでて……なんか、怖いでしょ? 絶対に何かおかしいの! もしかしたら、神隠しが起こってるかも……」

 神隠し。時たま起こる、神による犯罪行為。道徳的意識も求められる昨今の神々の決まり事の一つとして数えられている。主な目的は強制的な信仰獲得で、神隠しにあった人間のほとんどは精神に異常をきたすという。

「神隠しねえ。もしそうなら、ヨツユ様が黙ってないだろ」

「そう思ってるし、信じてる! でも……怖いのは怖いし、」

 土地神の監視がある以上、簡単にそこらへんの神がわらわらと好き勝手できるはずがないのである。僕たちの住む土地を統べるヨツユは、温厚で清流のように澄んだ心を持つ水神だ。他地域からの信奉者もいるからこそ、力も強いわけであるが、川北の言う通り、黙っているわけがないのだ。

 中でも、僕のクラスで最もヨツユ信者なのは目の前で怯えている三石なのだけれど。そんな彼女が怖がっているのだ。土地神ヨツユにばれないように行動をしている神がいたっておかしくはない。

 三石は川北の言うことをしっかりと聞き届けながらも、ついにその不安が頂点に達したらしい。少し語気を強くして、肩を震わせて言った。

「ふ、二人とも、もしよかったらでいいの! いいんだけど、途中まで一緒に帰ってくれないかな……!」

 クラスにはもう誰もいない。巫女稽古に参加するのは、僕たちの学年で三石ただ一人。仲のいい女友達を危険に晒すわけにもいかず、かといって一人はきついということだろう。

「俺、パス。この後、用事あるから」

 ……こいつ! 川北はこう見えて本人が本気でやばいと思った時は後先考えないで行動できるタイプだ。神隠しが起こっている可能性を切り捨てたんだな。

「用事ったって、お前のは自作PCの部品漁りだろ」

「俺にゃ、大事な用件だって! お前の骨董品収集と一緒さ~」

 祖父の代から脈々と受け継がれる数多のコレクションと、川北の自作PC。天秤にかけられるものではない。ここは僕が折れるしかない。というかそもそもの話、三石の話にも興味がある。怖がっている人を放置して一人で帰るほど、肝は据わっていない。

「そうか。……じゃ、僕じゃ心もとないかもしれないけど、」

と、僕が話し終える前に、三石は勢いよく僕の両手をとってきた。彼女の目がきらきらと光っている。

「ありがとう、鍛冶場君……! 今度しっかりパフェ奢ります!」

「あ、いや、パフェはいいや……」

 僕、甘いものはそこまで好きではないし、気持ちだけで充分なのだ。友達が喜んでくれるなら、少しばかり寄り道したっていい。

 早速、移動しようということで、この後趣味に没頭するらしい川北も一緒に校門を越えた。僕たちは学校前のバス停に着くと、そこで川北とは別れた。彼はそのまま真っ直ぐ進み、普段僕も乗る電車に乗車することだろう。

 バスが来るまであと十五分。今日が猛暑じゃなくてよかった。

「公神館って今どこにあるんだ?」

「海近く。バスで二十分くらいで着くよ」

 学校から海までは、それなりに近い距離にある。公神館という場所は祭事前に街のどこかに設置される施設のことで、収容人数や外見も少しずつ異なっている不思議な建物を指す。まるで生きているようにも見える公神館の実態は何一つ分かっていない。ただ、移動式の便利な建物としか知らされていないのが現状だ。

「今日は巫女稽古は何時から?」

「今日は十四時半から! 少し早く始まって、長く練習するんだって」

 それでもまだ始まるまでに一時間ある。恐らくだけれど、三石は一人で練習するために早く向かうのだろう。ストイックで真面目な彼女だからこそ、巫女に選出されたのかもしれない。それに何より、彼女が心から踊りを愛し、ヨツユという神を愛しているからとも言える。

 さっき自販機で買った緑茶をあおり、ぼうっと道路の蜃気楼を眺めた。ああ、なるほど。夏は確かに、まるで誰かに連れていかれてしまいそうな蜃気楼があるんだったなあ。

 あと八分。果たして僕は何事もなく家に帰ることができるのか。なんだか、そんな気持ちは放り投げだしたくなった。


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