10:00
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終業式が始まり、しんと静まり返る講堂には、心地よい外からの風が吹き抜ける。汗をも攫っていきそうなそれに、少しばかり眠気が沸き上がった。必死に抑えようと、弱い力で頬をつねった。
既に学校長の話や生徒指導、連絡事項などの諸々は終えてしまった。式ももう終盤で、あと少しで解放されるだろう。
しばらくして、講堂の窓という窓に、自動でカーテンがかけられた。途端に辺りは暗くなり、風に揺れたカーテンの向こうから差し込まれた光が頼りだ。前方の壇上に、ゆっくりと下りてくるのはホワイトスクリーン。
ばちんと、スクリーンいっぱいに光が落ちた。そこには、見慣れた姿があった。白銀の長い髪を十五センチはあるだろう黒のバンズクリップで留め、真っ直ぐ垂らした横の髪は左側だけ耳にかけている。銀に縁どられた黒曜の瞳。雪のように白い肌が、不気味なほどの美しさを演出していた。
彼女の姿が映った途端に、辺りの生徒は一斉に感嘆の声を上げ、拍手をした。人間でいうと見た目年齢は二十歳前後。しかし、その実年齢は有に百歳を越えていると聞く。彼女は――神の一柱なのだ。
「兄様――クロガネ様の代理として、お話をさせていただきます。序列四十八情のシロガネと申します」
銀の着物に帯は黒。帯紐もまた銀色。白銀の神シロガネは、この日本という国で五番目に位が高い。権力もあり、美貌もある、とても人気な神様だ。
「本日は今一度、神と人とのつながりを再確認するために、少し話をしましょう。人は私たちに信仰心というエネルギーを、そして私たち神は貴方たちに守護を……相互に支えあって生きています。それは今から何千年も前、私たちが想像すらできない古の時代から始まります。」
慣れた手つきで、両の手の爪先から白い氷が水のように生まれた。そして、シロガネの話の進行と同時に形が変わっていく。人を模したものと、神の象徴である円が氷によって描かれ、彼女の話を補助するように動いた。
シロガネが話をするときは必ずと言っていいほどこの話が入る。何回聞いたかはわからない。既に四回は聞いていることは間違いない。
「切っても切れない縁、それが私たち神と人なのです。そこにどんな生物も入ることはできない! ええ! できない! いけないことなのです! 縁を切るなんてことは! 絶対に! ……こほん、失礼」
シロガネの感情の高ぶりと連動し、氷はしゅわしゅわと音を立てて溶けた。神と人の縁は切れないと豪語する姿もまた、四回は見ている。
「神の序列、ええ、ご存知ですか? 六情六柱を頂点とし、十二情十二柱、二十四情二十四柱……と、ピラミッド型に構成されています。もし、ここのピラミッドの外にいるような存在――悪神ですね。その悪神を見つけた場合、日本神学協会第四支部、ニチヨンの方に連絡をしてください。連絡先は生徒手帳なり掲示板なりに書かれているでしょう。近頃、悪神の隠蔽数が増えています。見つけ次第、つぶ……まあ、この話はいいでしょう。とにかく、気を付けるように」
僕と、目が合った、気がした。シロガネの黒い瞳に射抜かれたような。
ずきりと左脇腹が痛み、抑えた。そこには、僕の〝友人〟が居る。それは、シロガネの言葉を借りるなら〈ピラミッドの外にいるような存在〉、つまり。
言葉を思い浮かべない方がいい。彼女が本気で映像を通し、僕を見ているとしたら見つかってしまう。
「我々神は、いつもあなた方の傍にいます、あなた方を全身全霊で守ります。我々もあなた方の信仰心のおかげで今こうして息ができています。全ての神を代表して、感謝を。」
鋭い視線に耐え抜いて、ようやっと彼女は微笑んだ。綺麗に貼り付けられた笑みで、話し始める。
「さて、八月四日には、一年に一度の宴、神政祭が始まります。土地神による大事な祭事であるため、か・な・ら・ず、出席してください。」
神政祭もあと少しだ。僕が何かすることはないけれど、寝坊だけしないようにしなければいけない。それこそ、シロガネが強く念押ししたように、欠席なんてことをしたら怪しまれるどころか、家から追い出されてしまう。
「日々此れ精進。夏季休暇を軽んじてはいけません。休みのうちも己を鑑み、内省することで、良き日が訪れることでしょう。以上、四十八情が一柱、シロガネでした。より一層の躍進、期待しています。それでは、御機嫌よう」
ぷつりと切れた映像。すぐさま開かれる各所のカーテン。外から光が差し込まれた。ああ、明るい。今の時点で午前十一時十五分くらい。この後は表彰と、校歌を歌って終わりだろう。