21:00
洋風に装飾されたエレベーターを降りて、すぐのところに通された。部屋番号は四〇五。洋館のように建物の中央部分が吹き抜けになっていて、コの字型に部屋が配置されている造りをしていた。
「ここがこれから君の泊まる部屋だ」
扉を開けて中に入ると、僕の八畳の部屋が、三つほど入りそうな広々とした空間がひろがっていた。来客用らしく、ソファもベッドも、ホテルのようだった。キッチンも小さいながらあり、どうやらトイレやお風呂もこの一室にまとめられている。絨毯は落ち着いたネイビーで、高校生が泊まる雰囲気ではない。
「広い……」
「狭いより広い方がいい。これから夏休みの間は、ここに泊まるわけだし?」
「えぇと……?」
「腹減ってるだろうから、冷蔵庫に梶井の作ったお弁当入ってるから。日は朝の八時までに身支度をして待っておくように。持ち物はなしだ。返事は?」
「わか、りました」
それだけ言って、鈴呂さんは「じゃあ」と手を振って部屋を出ていった。一人取り残された僕は、一先ず冷蔵庫の中のお弁当を食べることにした。まげわっぱの弁当箱には達筆な文字で「鍛冶場くんへ」と書かれていた。傍らには、インスタントの味噌汁があり、それも一緒にいただこう。お湯を沸かそうと、ポットの中に水を入れ、数分待つ。
あの梶井さんがお弁当を作ってくれたということは、この事態は想定済みだった証だ。お腹はとても空いているから、ありがたいことだ。こうして僕に時間を割く理由は、僕のためではないことはわかっている。けれど、ここ半年、自分が作ったお弁当しか味わった記憶がないからこそ、少しだけ嬉しくなった。
ポットのお湯が沸きあがった。ピピッと電子音が鳴って、僕は急いで味噌と具を入れたお椀にお湯を注ぐ。こんなにも早く動けるのは、お腹が空いているからだ。あの二人の前ではまったく腹の虫も湧かなかったのに、今になってそれが不思議なくらいに食欲がある。どうやら、予想以上に僕は普通に彼らの前で緊張していたのだ。
それにしても――と、思案する。僕は彼らに目をつけられた。ひっそりと生きていくことは美徳ではないにしろ、僕にとってはどうでもいいこと。目立つことも、隠れることも、生きるには変わりない。しかし、彼らは僕を今と違う人生に連れて行こうとしていることはなんとなくわかった。神を救うなんて大それた目標を立てて、僕を鈴呂や梶井さんのように世のため人のため神のためを謳って活動をする仲間にしたてようと言うのか。
なりたいものや将来の夢なんてない。あればきっと容易くザガンを切り捨てられた。鈴呂さんにあの時、「斬ってくれ」と言えたのだ。
成り行きは苦手だ。自分が嫌だの一言が言えない人間だと再確認せざるを得ないから。
己の足が自発的に進まない限り、僕はきっと何者にもなれない。予想だけれど、梶井さんは僕がそういう人間だと見抜いている。だからこそ、救済の話題を持ちかけたんだ。僕の足が少しでも動くように、まじないをかけた。
「はあ、なんで、」
よくわからないけど、居心地が悪いところに来てしまった。そう思った。
〈なんでっテ、ろくろがヘマしたかラ、だろウ?〉
頭の中で声がした。ザガンだ。さっきまでの梶井さんへの態度とは大違い。落ち着いていて、やる気のない声色だ。いつの間にか、ザガンは光の粒になり、砂嵐に巻き上げられるように、僕の左腕にある神紋へ帰っていった。
〈俺様、さすがに疲れタ!〉
「だね。僕も疲れた」
〈十年ぶりの再会が変な神様の腹ん中たア、思わなかったゼ〉
「久々の外はどうだった?」
〈面白かっタ! でもヨ、雲行きは怪しいナ。お前はよかったのカ?〉
「なにが?」
〈ココに世話になること。生きた心地がしてねェだロ?〉
「仕方ない。……って割り切るしかない。僕は、逃げないよ」
〈へーへー、お供するゼ。そんじャ、俺様は寝ル〉
「うん、おやすみ」
少しだけ温くなった味噌汁は、きっと飲みやすいだろう。僕はまた一人で、夕食を食べるのだ。その日食べたお弁当は、卵焼きの塩加減が丁度よくて美味しかった。




