おてんば姫と気弱な勇者
姫って、クソつまんない。
毎日毎日椅子に座って、やれモンスターが襲って来ただの何だの、民衆共のどうでもいい愚痴聞かされ続ける。もうたくさん。
おまけに座り過ぎで痔になってしまった。
……サボりたいけどクソ大臣がうるさいしなあ。
「お父様」
「なに?」
「痔が痛いですわ」
「ワシのクリームを貸してやろう」
「死んでも嫌。テメーのクリームだけは」
「そっかあ」
あーつまんねー。
私、もっと姫らしい事したいんだけど。
姫らしい事っていったら、なんてったって「攫われ」よね。
囚われの姫……監獄の窓から、暗い夜空を見上げて、助けて勇者様! っつって! ね?
そしたら星空に願いが通じちゃって、白銀の鎧の超絶イケメン細マッチョ勇者様が、こう私をお姫様抱っこしちゃってさー!
かーっ! たまんねえなこりゃ!
やっぱ姫として生まれたからにはお姫様抱っこされてなんぼでしょ!
あーもう。誰でもいいから誰か攫ってくれないかなー。
そんな退屈な日々が続いていたら、なんか窓がぶっ壊れた。
入って来たのは、大きなドラゴンだった。
「グギャアアアアアアアア!!」
「お逃げください!」
「総員構え!」
魔王軍のドラゴンかあ。最近多いなあ。
……あ、いい事考えた。
槍を構える衛兵達の背中を踏み台にして跳び、ドラゴンの鼻っ柱に拳をめり込ませてやった。
「グッハアアアアアア!!」
「力の差は理解できたかしら?」
「……はい! もちろんでございます!」
「物分かりがいいのね」
「はい! 実は私、魔王軍に無理やり従わされてただけで、悪いモンスターじゃないんです!」
「なら私を誘拐しなさい」
「なんでッスか?」
「いいから」
「……かしこまりッス!」
「ちょ! 姫なにいってんの!?」
「お父様! どうか……どうかお助けください! 白銀の鎧の超絶イケメン細マッチョ勇者様なら、きっとこのドラゴンも倒せる筈です! ……ほら、とっとと攫えや」
「了解ッス!」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
そんなこんなで、ドラゴンに首尾よく攫われたのはいいんだけど……
「何なんだよこのクソみてーな洞窟はよお」
「ドロドロを育てる農場ッス。私達モンスターのエサになるんスよ」
「知らねえよ。ジメジメジメジメしやがってよお……姫を攫うっつたら普通、こう……塔的な所に監禁しとくってのが相場だろうがよお」
「そういうもんなんスか!」
「全く用意が悪いなあ。ホレ、肩もめや」
「はい! 喜んで揉ませていただきまーす!」
「あー極楽極楽ぅ……! ドラゴンにしてはやるじゃねえか」
「光栄ッス!」
しっかし……暇だなあ……勇者様まだかなあ。
「……あのお」
扉の向こうから、小さな声がした。
……誰だろう。
扉を開けて見ると、黒ローブのチビガキがいた。
「誰あんた?」
「あの……僕……姫様を助けにきた……勇者です……」
「はあ!?」
「……えっと……助けに来た勇者です……」
いや、どう見てもただのチビガキじゃねえか。
「帰れ!!」
「……そんな」
「お前は断じて勇者ではない!」
「……一応……王様から勇者の資格は貰いましたけど」
「そういう事言ってるんじゃないの。勇者って言ったら、イケメンナイスガイで白銀の鎧を身に着けてるのが普通でしょ? なんだその魔術師のジジイが着てるみたいな黒ローブは!」
「……金属の鎧を身に着けていたら、魔力がうまく集中できないので……」
「知らねえんだよそんな事は。とにかく帰ってちゃんとした勇者を……」
「――ひっ!!」
あ……なんか、泡吹いて気絶しちゃった。
「どうしたんだろ?」
「多分、私に怯えて気絶しちゃったんスね」
ドラゴンが、少し申し訳なさそうにしている。
「はあ……仕方ねえ奴だな」
面倒だけど、お姫様抱っこしてベッドに横たえてやった。
……全く……どこの世界にお姫様にお姫様抱っこさせる勇者がいやがるんだよ。
でも、結構体付きは悪くなかったな。
素質はあるかも。
「お姫様……私はどうしたらいいッスか?」
「勇者が起きた時また気絶したら困るし、どっか行ってて」
「了解ッス!」
「じゃーなー」
「あ、一つ言い忘れてたッス」
「なに?」
「あの大臣には気を付けた方がいいッスよ」
「あの口うるさいクソ大臣か……一応憶えとく」
「それじゃ、ばいちゃッス」
部屋を出て行くドラゴンの巨体を見送りながら、私はため息をつく。
……何か、白けちゃったな。
この分だとちゃんとした勇者様とか来てくれなさそうだし、とっとと帰ろう。
しかし、ベッドに寝そべってるこの自称勇者君……まつげ長いな。
結構可愛い気絶顔してるじゃあないか。
まだガキだから興味ないけど。
そんな事を思いながら何となく眺めていると、ふと、瞼が開いて私を見上げていた。
「姫様……?」
「起きたか。とっとと帰るぞ」
「あれ? 杖が……杖がない!?」
何か急に慌てだした。
「知らねえよ。どっかに落としたんだろ」
「そんな……!」
必死になって部屋中を探し回っている。
何となく扉を開けてみたら、
「おーい。あったぞー」
「本当ですか!?」
「ああ。折れてるけどな」
「そんな……」
「気絶した時に落として、ドラゴンが出る時に踏んじゃったんだろ。どうでもいいけど」
「うううううぅ……ううううぅ」
自称勇者という名のガキが、蹲って泣き出してしまった。
「泣くなよ。男だろ」
「だって……ううううぅ……杖が無いと……脱出できません……さっきのドラゴンみたいな……怖いモンスターも……いるんですよね?」
「あのドラゴンは私の手下だからビビらなくていいぞ」
「そ……そうなんですか」
「てか、どうやってここまで来たの?」
「テレポートで着ました」
「あれ高等魔術じゃなかったっけ?」
「はい。高等魔術なら一通り使えます」
どうでもいいが、魔術の実力はそれなりにあるらしい。
「でも……杖が折れちゃったから……今は中級魔術しか使えないんです……」
「チッ……仕方ねえなあ。私も手伝ってやるから一緒に帰るぞ」
「姫様……! ありがとうございます!」
「抱き付くな! 鼻水が付くだろ!」
「ううううぅ……ごめんなさい……」
くそ……なんて情けない奴だ!
誰が何と言おうが絶対こいつ勇者様じゃねえよ。
やがてチビガキは泣き止むと、折れた杖を大事そうに手に取って布切れに包んだ。
「ほら、お前が先導するんだよ」
「僕は……近接は苦手なので……」
何言ってんだこいつ。
「お前まさか、あろう事か姫に前衛張らせる気か!?」
「駄目ですか……?」
……この野郎!
「駄目に決まってんだろが! アホかお前は!」
「……ごめんなさい。でも王様が……姫様は近接戦闘に長けているとおっしゃっていたので……」
「あのクソオヤジ余計な事言いやがって。いいからお前が先導しろ」
「……はい……うわっ!」
ドラゴンが餌用に育ててるドロドロが、松明の明かりの下でウジュウジュと蠢いているのに、ガキは今更気付いたらしい。
頭を抱えてガクガク震えて、あからさまにビビりまくっている。
「ビビるなって」
「ひいっ! 助けて!」
……何でいちいち私の後ろに隠れんだよお前は。
「あーもう鬱陶しい!」
「助けて……! 殺される……!」
「ビビんじゃねえよ! こいつらはこっちから仕掛けなければ……」
「うわああああああああああああああ!!」
馬鹿が放った無数の火の玉が、ドロドロに降り注いでいってしまった。
「あーもうお前は……」
速攻でチビガキをぶん殴って気絶させたが……遅かった。
一斉にドロドロの大群が向かってくる。
うざいので正拳突きの風圧で弾き飛ばしてやった。
しかし、すぐに四方八方から新手が襲ってくる。
「キリがないなこりゃ」
嫌だったが、ガキをお姫様抱っこして薄暗い洞窟を駆けていく。
全速力で石の階段を駆け上ると、やっとドロドロは追ってこなくなった。
「姫様……」
「やっと起きたか。馬鹿ガキ……ん?」
壁の松明しかない薄暗い洞窟でも、奴の顔が真っ赤になっているのが分かった。このマセガキが。
「むっつりスケベかお前」
「ご……ごめんなさい」
雑魚ガキの癖に私をそんな目で見てやがったのか。
腹立つし説教してやろう。
「お前さあ……あの程度の雑魚にビビっててどうすんだ?」
「ごめんなさい……実は僕……実戦は初めてで……」
「魔法のお勉強だけして、勇者だって言い張ってやがったのか?」
「…………」
「あのなあ。お勉強できるだけじゃ勇者とは言えねえんだよ。勇気があるから勇者なの。あと筋トレして、装備もカッコよくしろ」
「……はい!」
「お、今の表情は少しだけ勇者っぽかったぞ」
「本当ですか!?」
「調子に乗るな」
「……ごめんなさい」
またビビられても困るので、妥協して横並びに洞窟を進んで行く。
やがて段々と周囲が明るくなってくる。
急カーブを抜けると、眩みそうになる程眩しい出口があった。
その向こうに、人影が立ちはだかっている。
「……姫様。お迎えに参りました」
口うるさくて金にがめつい、あのクソ大臣だった。
大臣は白仮面の怪しい連中を横並びに従えている。
この配置……まるで出口を塞いでいるようだ。
どうにもきな臭いな。
「おい大臣。お供の連中に仮面を取らせろ」
「……バレてしまいましたか」
音を立てて仮面が落ち、マントが投げ出された。
赤黒く染まった骸骨がむき出しになる。
「私と合わせて、一個師団に匹敵する戦力です。大人しくした方が楽に死ねますよ」
いつの間にか大臣は、角を生やして肌が紫に変色していた。
やはり魔王軍のスパイだったらしい。
「なるほど。ビビリなチビガキを救出に向かわせてお茶を濁したのも、お前の差し金って訳か」
「なかなか察しがいい。王宮を攻略するのに、あなたの力が邪魔で仕方なかったのです。こうして秘密裡に始末する機会を与えてくださったのは、とても好都合でした」
さっきからガキはへたり込んでしまっている。
……こいつを巻き込んでしまったのは、悪かったかもしれない。
「おいガキ。早く逃げろ。私が血路を開く」
「……嫌です」
「おい今更何言ってんだガキ」
「ガキじゃありません。……僕は勇者です」
そう言って、ガキは立ち上がった。
……仕方ない。やれるだけやるか。
「私が前に出る。お前はサポートしろ」
駆けだして、赤骨に拳を放つ。剣で受けられたが、膝蹴りで追撃して叩き折ってやった。
すかさず囲まれないように距離を取る。
その間に大きな火球が赤骨の一つを跡形もなく消し去っていた。
「やればできるじゃねえか!」
「あ……ありがとうございます!」
残り8。
突出した赤骨を正拳突きの風圧でよろめかせ、渾身の殴りで砕く。
剣を振りかぶってきた二体の力を流して同士討ちさせ、その隙に足払いで倒したもう一体の頭蓋骨も肘鉄で砕く。
「残り……4……」
……しかし……まずい。大臣が何かブツブツと唱えてる。
ガキが大臣に火炎弾を放って邪魔しようとしてくれているが、全て避けられてしまっている。
大臣を殴って詠唱を止めようとすると、赤骨が捨て身で襲ってくる。
なんとか赤骨を粉砕した時、大臣が黒く輝いた。
「うっ……ぐう……」
体が全く動かない。重力魔法か。
「ハハハハハ! いい気味ですね! 魔王様もお褒めくださる事でしょう」
「もう……逃げろ……ガキ……」
私が何とか呟くと、ガキは出口に向かって駆けだした。
……それでいい。
正直……ちょっとガッカリだが……もうこの際それでいい。
あいつは巻き込まれただけだし、勇者でも何でもないんだから。
ガキの背中が、どんどん小さくなっていく。
「ま、いいでしょう。今更計画がバレた所で何も問題はありません。姫を殺した後、すぐに魔王軍で総攻撃するよう手筈は整っていますので」
「…………」
「それでは……死んで頂きましょう」
歯噛みすると、ガキが立っていた所に土埃が舞い上がった。
風を切るような音と共に、踵を返して、こっちに向かってくる。
「うわあああああああああああああああああ!!」
ガキが風魔法で反転したと理解した時には、振り向いた大臣の左目に折れ杖が突き立てられていた。
「グウウウウウッ!」
反撃で黒ローブが切り裂かれたが、ガキはたじろがずに、もう一本の折れ杖も右目に突き立てた。
ガキは殴り飛ばされてしまったが、私の体は自由を取り戻していた。
そして私は、拳をコキコキ鳴らしながら、ゆっくりと大臣野郎へと歩み寄っていく。
「このクズ野郎……一応聞いとくが……覚悟は出来てるよなあ?」
「グッウウウ……こんな……ところで……」
グーパンでムカつく顔面をグシャグシャにして、連撃で容赦なく全身をハチの巣にしていく。
「グッ……ガッ……ギャアアアアッ!」
止めに腰を落としての正拳突きで、心臓を跡形もなく粉砕してやった。
後に残ったのは緑色の気持ち悪い血と臓物と、赤骨の残骸だけだった。
「姫様……」
飛びついて来た勇者を抱きとめる。
「やるじゃねえか。見直したぞ」
「うううううぅ……」
ドレスが涙と鼻水でビショビショになっていくが、今回は特別に不問に処してやろう。
「ケガはしてないか?」
「大丈夫です。姫様は?」
「……ちょっと肩が痛いな。そうだ! 折角だし、私をお姫様抱っこしてみろ」
「はい!」
しかし……駄目だった。
「ごめんなさい……ちょっと重いです……」
「やっぱお前勇者じゃねーよ! 筋トレして出直してこい!」
「ごめんなさい……」
「そんなに落ち込むな。素質はあるよ。多分」
「はい! 頑張ります!」
「ほら、とっとと帰るぞ」
「あの……」
「何だよ」
突然、勇者の表情から幼さが消えた。
真剣な顔立ちで、私をじっと見上げている。
悔しいけど……胸の鼓動が高まってしまう。
「姫様……」
「なんだよ」
「あの……杖の修理代って、経費で保障して貰えるんでしょうか?」
むかついたので殴った。
「何で殴るんですか……」
「いいから帰るぞ」
「……はい」
それから私はお父様に事情を説明し、軍備を固めようとしていた魔王軍の幹部を腹いせに暗殺しておいた。
その甲斐あってか、魔王軍の撃退には難なく成功したらしい。
しかし、それ以降も魔物の活動は活発で、陳情に来る民衆が多くてたまったもんじゃない。
私はいつも通り、クソオヤジと並んでクソ面倒くさい謁見の儀を強要されていた。
面倒くさいが、一応姫だしやっとかないとなあ。
「あーつまんねーな」
「もう少しの我慢じゃ。伝説の魔導書さえ見つかれば、忌々しい魔王城を粉々に破壊する事も容易いじゃろう。そうすれば、ワシらも大分楽になるはずじゃ」
「お父様……伝説の魔導書っていつ見つかるの?」
「知らんけど」
あ、いい事考えた。
「私、ちょっと伝説の魔導書探して来るから」
「ええ……」
「とにかく行くから」
「仕方ないなあ。無理はするでないぞ」
「はーい」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
私は城門の前に勇者を呼び出した。
「姫様……お久しぶりです……御用とは何でしょうか?」
「お前、素質はあるけどまだまだ弱っちいから、私が鍛えてやる」
「……えっ?」
「いいから、伝説の魔導書探しに行くぞ」
「……姫様と……僕の……二人で?」
「いちいち赤くなるな。このムッツリが」
「……ごめんなさい」
「いいから行くぞ」
「はい!」
彼方まで続く草原へと、洞窟で冒険した時のように二人で横並びに踏み出す。
久々に会った勇者は、少し背が伸びている気がした。