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夕顔の町  作者: 住之江京
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 ぼくはあの町へ行った。ヘチマの町、ぼくとミドリの出会った町。ヒツジのぼくが死んで、工場長と身体を取り替えて、工場長だったヒツジが眠っている町。

 町にはまだ月が落ちていた。ぼくの背丈の四倍ほどの高さで、いくらかが地面にめり込んでいる。あの時は三日月か半月だと思っていた月は、実はそのどちらでもなく、二十七日月のようだった。それともこれは三日月が落ちる途中で向きを変えてしまったのかもしれないけれど、クレーターの柄を覚えているわけでもないぼくに、わかることではなかった。

 土人形はあの時、自分達の望んだように、地面に還ることができた。今でも彼らの声が足元から聞こえる。しかしあの頃と同じで、何を言っているのか、何を言いたいのかはまるで理解できなかった。

 ぼくはぼくの死んだ辺りに足を向けた。ちょうど月の根元から、スキップで北に十歩進んだところだ。

 工場長の骨はもう、残っていなかった。

「お疲れ様です、工場長」

 ぼくは地面に座り込んだ。

「ああ、サワキ君か。久し振りだね、何年振りかな」

 地面は目玉の形に砂山を作り、ぼくを見上げた。

「ぼくが死んで以来です、ヒツジの暮らしはどうですか」

 耳の形の砂山に向けて声をかける。

「サワキ君。人と話すときは、相手の目を見て話しなさい」

 口の形の砂山がそう言った。動いて崩れた砂粒が口の穴に滑り落ちるのが気になったけれど、ぼくは素直に目玉の形の砂山に視線を合わせた。目玉は満足したように瞬いて、こう言った。

「すこぶる快調だよ。すっかり身体中の毛が、砂色に染まってしまった」

 ぼくは安堵した。もし自分の身体が他人に迷惑をかけたのだとしたら、それはぼくの本意ではないから。

 それからぼくらはお互いの近況を報告し合った。

 ぼくはミドリと別れたことを話し、工場長はモグラに身体を掘られてとても痒かった話をしてくれた。

 モグラの話は興味深かったけれど、工場長は頑としてぼくの身体を返してくれようとはしなかった。



 帰り道、虚空がぼくに訊いた。

「ここが君の生まれた町」

 虚空はここに来るのは初めてなのだろう。何せ、ここには今までずっと、いろんなものが詰まっていた。

 そのほとんどがなくなったのは、昨夜、ミドリと話をしてからだ。

 ぼくは彼女にとっても、他の誰にとったって、とりわけ特別な存在ではなかったのだから。そうやって心の中で言葉にすると、むしろ心が落ち着いてゆくのを感じた。

「それはそう、確かにその通り」

 ぼくはそう言って、もう一度、町を見渡した。

 ダイヤモンド製の人形だったミドリの欠片はもう、一つも残っていなかった。あれはたった一つを除いて全て、お金が好きな人達が拾っていって、売り払ってしまった。

 残った一つから芽が出て、葉が出て、今のミドリが生まれた。ミドリはそうやって何度も死んだり生まれたりして、今までやってきたらしい。今のミドリもいつか死んで、バラバラになって、その内の一つから芽が出て、葉が出て、そうしてまた新しいミドリが生まれるのだろう。

「悪くない町だね」

 虚空は言った。ぼくの部屋では見たこともないほど、虚空の姿は大きくなっていた。

「君に誉めてもらえて、嬉しいよ」

 ぼくは家に向けて歩き出した。

「皮肉だよ」

 虚空は空中からそう言った。

「お互いにね」

 ぼくは地面の一点から叫んだ。

 土塊はあの頃よりずっと激しく、足にまとわりついてくる。土人形は強欲だ。きっとぼくの今の身体も、ぼくの前の身体と同じように、食べてしまおうというのだろう。かつての地面はこれほど欲深くはなかった。土人形が地面に還ってから、こんなにも酷いことになってしまったのだ。

 夕顔の町へ帰ろう。

 ぼくは久方振りに、四つ足で駆け出した。ヒツジの時は当たり前だった四つ足が、こんなにも走り難いものだなんて、思ってもみなかった。

 家に帰ると、レコード・プレイヤーも既に戻ってきていて、独りで食後の昼寝としゃれ込んでいた。

 ぼくも自分のベッドに戻り、目を閉じる。

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