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夕顔の町  作者: 住之江京
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 青い空。緑の草原。雲は無い。

 黄色い砂利道が草原から山へと駆け上っている。

 こんなところぼくは来たことがないから、きっとここは家からはずっと遠くにあるところなんだろう。

 家からずっと遠くなんだったらここまでは何か乗り物で来たはずだけれど、見回したって電車もバスも通っていないみたいだから、きっとぼくはここまで車で来たんだろう。

 けれど車は見当たらない。大方、後ろにある森の中にでも、パジェロだかレガシィだかがとまってるんだろうとは思う。けれど残念なことにぼくはブルーバードが好きだった。

 ぼくは免許を持っていないから、ひょっとするとタクシーで来たのかもしれない。

 けれど財布を持っていないから、きっとぼくは無賃乗車をして、それでこんな場所に放り出されたんだ。

 青い空。緑の草原。相変わらず雲は無い。

 と、視界の中に突然に白が混じった。

「こんにちは」

 白がそう言った。

「こんにちは」

 ぼくは白い鍔広帽子、白いツーピースを着た、知らない女の人に挨拶をした。

 そういえば、ぼくは、着たこともない真っ白なシャツと見たこともない真っ白なジーンズをはいていた。

「隣、いいですか」

 女の人はぼくが座る隣に腰掛けた。

「いいですよ」

 ぼくはそう答えた。

「私は車で来たんだと思います。だけど私のセレナが見当たらないんです」

 女の人はそう首を傾げた。お互いブルーバードには乗れなかったらしい。ぼくは彼女に同情を含んだ共感を覚えた。

「大方、後ろにある森の中にでもとまっているんだろうと、ぼくはそう思いますよ」

 ぼくは後ろを見遣った。

 後ろにある森の中には、確かにセレナがとまっていそうだった。

「私が生まれる前から家にいたんですよ、あのセレナ」

 女の人はセレナの思い出を語り始めた。十三歳の誕生日、セレナがこっそり練習していたヴァイオリンを弾いてくれたという辺りで、ぼくは少しだけもらい泣きしてしまった。愛しそうにセレナを語る彼女を見て、不意に、ぼくは自分のレコード・プレイヤーが壊れてしまった時のことを想像したのだと思う。泣くような話じゃないのに目が潤んで、それを隠そうとして目蓋を合わせると、ついに涙は零れ落ちた。

 どうしても、探して、見つけてあげたい。そのセレナはどんな色をしているのだろう。なんとなくだけれど、きっとこの人のセレナは、紺色のセレナだとそう思った。

「貴女のセレナは、紺色のセレナですか」

 そう訊いた。

「いいえ、丸太ん棒の絵が胴腹に描かれているセレナです」

 そう、答えられた。

 それはセレナじゃない。何だったかな。

 二人ともわからないから、空を見上げた。青い空。雲は無い。張り付いたような青に、何も貼り付いていないのはどうかと思い、石を投げたら穴が開いた。

「ところで、貴女の名前は何と言うんです」

 ぼくは小首を傾げてみせた。それは無意識だったけれど、彼女の方がぼくより幾らか年上に見えたから、可愛らしく振舞った方が利益があると考えたのかもしれない。

「キイロ」

 妙に口をはっきりと開く喋り方で、そういった。まるで走り始めた新幹線のガラス越しに、声の届かない相手へ伝えるような口の動きだった。

「そう、キイロさん」

 ぼくも同じように、目一杯、口を横に開いて「キイ」と言い、突き出すように「ロ」と発音した。

「キイロ、でいいです」

 彼女はまたはっきりとした口の動きで、そう言った。

「わかった、キイロ」

 口の動きに気を取られて、ぼくは声を出すのを忘れていた。

 ところで、わかっているとは思うけれど、勿論このキイロとのくだりは夢オチだ。

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