表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

「ご都合主義」とは「都合の良い展開」ではなく「作者の怠惰」がそうさせている!

作者: 甲田ソーダ

これはいわゆる「ご都合主義」というものに対して、私なりの意見・考えを述べたものである。


まず第一に。


・すべての物語には「ご都合」で成り立っている


どのようなジャンル・作品であれ、物語があればそこには必ず「ご都合」が存在することはわかるだろうか。

生まれてこの方、「ご都合」が本当になかった作品を皆さんは見たことがあるだろうか。


おそらくない。これは断言できる。


なぜなら作品はすべて作者の意図=「ご都合」によって作られるものであるからだ。

作者の「ご都合」が混ざっている以上、読者は必ずその「ご都合」に付き合わされることになる。

だから読んでいる最中は気付かずとも、振り返って何か「ご都合」的な展開はありませんでしたか、と聞かれれば必ずどこかに「ご都合」が含まれていることに気付くのである。


言葉だけで言っても果たしてそうなのか、と思う人もいるだろう。


そこでこのエッセイでは、できる限り具体例を用いて文章を説明したいと思う。


例)

「なろう」らしく人気のファンタジーのジャンルを例えに用いよう。

さて、「なろう」のファンタジーと言えば、やはり「異世界転生・転移」だろう。

そして「異世界転生・転移」といえば、「主人公が最初から強い能力を持っている」ことがよくある展開だ。この場合、よくあるのは「弱い能力と言われているけど実は強かった」だろう。

仲間や家族に裏切られ、勘当させられ、強い魔物がいる場所へと捨てられ、弱いと思われていた能力が開花する。強い敵をあっという間に倒し、そのうち未来の仲間、ヒロインを助ける冒険が始まる。


展開をまとめると。

異世界転生・転移して弱いと思われる能力を手にした主人公。

身近な人達に騙され、強い敵と戦わされ、真の能力が開花する。

そうして手に入れた力でヒロインを助けて惚れられる。


ざっとこんなものだが、見るからに「ご都合」でまとまっている。


「弱い能力」が本当は「強い能力」であることは言うまでもなく「ご都合」である。

ほかにも、「弱い能力が強い能力へと進化する」ということももちろん「ご都合」である。

ヒロインを助けて「惚れられる」ことも「ご都合」にも思う人もいるだろう。


ほら、見てください。

物語には「ご都合」ばかりがあるでしょ?


……と言っても、半分以上の方はおそらく納得しませんよね?


おそらくこの人達はこんなことを思われたでしょう。


『いかにも「ご都合主義」と呼ばれている作品の展開を持ってきて、「ご都合」があると言われても……』


はい、そう思った方の思うとおりでございます。


しかし、どうでしょう? 私は先ほどの例の中からこんな「ご都合」を引き出してみます。


『ヒロインと会う』


これは「ご都合」ではないでしょうか?


皆さんどうでしょう? 町を歩いていて、頻繁にヒロインに会ったことはあるでしょうか?


結婚なさっている方は自分のパートナーに会った瞬間があるはずですが、「その瞬間に描写をあてる」ということは「ご都合」ではないでしょうか?


話を現実から作品に戻しまして。


作品に出てきた()()()()キャラが物語の展開に対して何の意味もなさず、それ以降出てこない作品をあなたは知っていますか。


ないですよね。あるはずがありませんよね。


例)

十五歳の若い青年は「いってきます」と家を出た。

デパートで働いている女性はおばあさんに声をかけられた。

会社で今週の業績をまとめている渋めの男は「今日は何を食べよう」と考えながら仕事をしている。

高校生くらいの男女が手を繋いで町を歩いている。彼らはそれだけで幸せだった。


さて、このようなものが延々と続いて、「完」となったものは物語でしょうか?

ただし「すべてのキャラが関わることのないただの文字の羅列」であることは言っておきます。


これは物語ですか?

物語ではないですよね。


しかし、ここに一つの「ご都合」を入れてみます。


『これら文章はすべて時系列はバラバラですが、二人の男女の人生の羅列である』


という情報の「ご都合」を入れてみると、なんとなく物語のようにも思えるのではないでしょうか。


このように、物語の中に「ご都合」が含まれているというよりは、「ご都合」が存在して物語は作られる、といえるのである。


したがって、すべての作品はある意味で「ご都合主義」の塊と言えるだろう。


長々と説明してきたが、要は、すべての作品を「ご都合主義」として捉えることもできるということさえわかれば充分である。



・一般的に言われる「ご都合主義」の「ご都合」とは「展開の中の違和感」である


すべての作品が「ご都合」によって作られていることはわかったが、「なろう」等で言われている「ご都合主義」と先ほどまでの「ご都合主義」がズレていることは大丈夫だろうか?


一般的に言われている「ご都合主義」の「ご都合」とは、主人公がどこかのキャラに「会うこと」ではなく、最初の例である「強い能力を持つこと」である。


……う~む。しかし、だ。


この「強い能力を持つこと」を「ご都合」と言って排除してしまっては、ファンタジー作品を作る者とすればかなり苦しいものがある。


話の書き始めがなくなってしまえば、当然ながら物語は書けないわけで。

だからこれを「ご都合」と言ってしまうのは私としては異を唱えざるを得ない。


私の考えでは、これを「ご都合」とは思わない。


私が思う「ご都合」とは「作者の怠惰」なのである。

後ほど具体例を用いて説明するので、今は少し我慢して読んでいただきたい。


ほとんどの創作者というものは「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」を想像して書いていると私は思っている。


こういうシーンを入れたいな。

こういう終わり方をしたいな。

こんなことを主人公に言わせたい。

これを敵に言わせたい。

などなど。


物語を作る以上、必ず自分が伝えたいシーンがある。

しかし、物語というのは連続である。いきなり脈略もなく違うシーンに飛ぶわけがない。

純粋に敵と戦っている最中に主人公が突然「お前のことが好きだ!」と告白するわけがない。

女の子に告白するところで「俺はもう二度と負けねぇから! 文句あっか、海賊王!」とは叫ばない。


始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」を作るのはもちろん大事なことで、それがなければなにも始まらない。

だから物語を創作するうえで、これを意識して作ることは決して間違いではない。


問題は、その「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」をいかに、違和感なく繋げられるか、なのではないだろうか。

ここが創作するうえで最も難しいところなのである。


自分が伝えたいことまで繋げるためのシーンを作ることは、創作者としてはとても面倒くさいと思うし、そのシーンは作者にとっては「挟まれたどうでいいシーン」なのだ。

だから、ここを円滑に進めるのは大変難しく、時間もかなり要してしまう。


そこで行われるのが「作者の怠惰」なのである。


連続に物語を進められないから、断続的なシーンによって急な「情報」を持ち込む。

情報さえあれば、描写はなくても展開がなんとなく読者に伝わって物語は進む。


展開が読者に伝わる。


一見聞こえはいいが、言ってしまえば「読者が勝手に描写を補完しろ」となってしまっていないだろうか。

やはりそれが作者の「お粗末さ」であり、「ご都合」なのである。


『具体的には書かないけど、自分と同じ想像を読者もしておけ』

『奇跡ではないけど奇跡であること理解しろ。その逆も然り』


無理な話である。

こういった描写のない描写による違和感や、強引な展開が「ご都合」になってしまうのである。


と、ここまで言ってみたが、「結局どういうことなの?」と思う人がいるので、ここから具体例に入っていきたいと思う。


ということで。

私自身言葉だけではうまく説明できないし、自分自身で書いたことを理解もできないので一緒に整理しましょう。


今回はバトル作品を具体例に用いる。


まず「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」を決めるところから始める。

ただ注意点として、あくまでこれは具体例なので、おかしなキャラが出てきてもそういうものだと思っていただけると幸いです。


例)

始め(スタート):ネジが弱点の敵が現れた

終わり(ゴール):ネジを投げて敵を倒す


ここから中間を埋めていきたいと思いますが、主人公の状態も整理します。


主人公:ネジは持っていないし、魔法等で作ることもできない。ネジをどこかで見つけて投げるしかない。

本当であれば、もっとごちゃごちゃした設定が必要かもしれませんが、そこは「ご都合」で我慢していただけると幸いです。


さて、実際に中間を埋めていくわけであるが、中間にはネジを拾うことが必要不可欠である。

なので実際に入れて、文章にしてみる。


例)

主人公の前に敵が現れた。

主人公が下を見ると偶然、ネジが落ちていたので素早く拾う。


「うおぉぉぉぉ!」


そう叫んでネジを投げると、敵は


「ぐわぁぁぁぁ!」


と悲鳴をあげて倒れた。もうピクリとも動かない。


なんて幼稚な文章と思うかもしれないが、意外と「なろう」ではこういう描写が多いように思う。


こんな作品を読んでみて私が思いつく「ご都合」は以下の通りである。


・どうしてその場にネジがあるの?

・主人公の「足下に」ネジが落ちているのは?

・ネジが当たるまで、敵は黙っているのはなぜ。時間でも止まっているの?


パッと思い浮かぶのはこれらであるが、ほかにも挙げるのならば「弱点だからといって一撃で終わるものなのか?」です。ただ、今回はそういうものとして話を進めていく。


さて、まずは一つ目のご都合。作者の甘えについて。


・どうしてその場にネジがあるの?


戦っている場所がわからないのが原因だと思うのは当然である。

ただ、やはりその「戦闘場所」にだって作者は気を付けなければいけない。


『ネジがあってもおかしくない場所は?』


と聞かれて例えば私は「廃工場」を挙げる。工場ならネジがあってもおかしくない。


……しかし、工場といってもいろんな工場がある。

パン工場とか、ロボットの工場とか。

パン工場にもネジくらいあると思うが、イメージ的にはロボットの工場の方がネジのイメージが強い。

なので、ここで場所は「ロボットを作っていた廃工場」とする。


よし、これでばっちりだ。このシーンを入れてみよう。


と、思って作者はこのように書くだろう。


例)

主人公がロボットを作っていた工場にいると、敵が前に現れた。

主人公が下を見ると偶然、ネジが落ちていたので素早く拾う。


「うおぉぉぉぉ!」


そう叫んでネジを投げると、敵は


「ぐわぁぁぁぁ!」


と悲鳴をあげて倒れた。もうピクリとも動かない。


さて、これに違和感を感じる方、いるのではないでしょうか。いますよね。

なぜなら今、私は『場所は「ロボットの廃工場」である』という「情報」を断続的に付けただけだから。


だから、違和感を感じた方はきっとこう思う。


『ロボットの廃工場だからって、足下にネジが落ちてることはあるの?』


絶対に落ちてないとは思わない。高くない確率だが、落ちていることもあるだろう。

しかし、それはどうなんだろう?


少ない確率でも確実にすることができてしまう物語という中で、それをやってしまうことは紛れもなく「ご都合」とは呼べるのではないだろうか?


例えば、主人公達がいろいろ努力して針の穴に糸を通すような作業を積み重ねている様子があり、そうして生まれたたった1%の確率で倒す敵。確かに、これだって1%と言いつつも敵を100%倒すことになる。


しかし、今回のものとはまったくもって違う「ご都合」ではないだろうか?


「作者の甘え」によって生まれた「ご都合」と「作者が丁寧に描写した」うえで生まれた「ご都合」。

その作品が「ご都合主義」と言われるかどうかの差というのはここではないだろうか。


だから、私がさらにここから手を加えるとすれば。


例)

主人公がロボットを作っていた工場にいると、敵が前に現れた。


目の前に現れた敵に驚き、その一瞬を突かれた攻撃によって主人公は大きく吹き飛ばされた。

飛ぶ主人公の先には、壁に沿って木の箱が積まれており、それが主人公のクッションとなって箱の中身をぶちまけた。

木の箱の中身はネジのようだ。


主人公はその中の一本のネジを手に取った。


「うおぉぉぉぉ!」


そう叫んでネジを投げると、敵は


「ぐわぁぁぁぁ!」


と悲鳴をあげて倒れた。もうピクリとも動かない。


どうだろうか?


恥ずかしながら、私は本を出している作家ではないので、見る人が見れば「まだまだだ」と思うかもしれないが、先ほどまでよりは多少なりともよくなったのではないだろうか。


まだ最初の部分しか直していないので、後半に違和感があるものの、それなりの文章にはなったのではないだろうか。

少しでも話に膨らみがついたと思えてくれたのなら、それで充分である。


加筆したところが多いように思えるが、丁寧に書いただけで思っている以上に加筆はしていない気がする。

こればっかりは自分で体験するしかないと思う。


では、改めて加筆した部分を整理していくのだが。


やはり「ネジがある場所」をきちんと決めていきたかった。

だからそれを「ロボットの廃工場に置かれている木の箱の中」と自分の中できちんと定義した。


今回は「木の箱をぶちまけて、ネジを取り出す」という方法にするため、主人公にあえて敵の攻撃をくらうようにした。


それについても「どうして敵の攻撃をくらったのか」ということを考えた。

だから前半に「急に現れた敵に驚いて」という描写を入れ、「敵がそれを突いた」という描写もきちんといれた。

これだけでも、なんだか最初の文章より戦闘らしくなったように思えるだろう。


戦闘に関しても、書くのがうまい人は1つのシーンごとを入れているのではなく、あるシーンに繋げるために1つのシーン、さらにそれに繋がるためのシーンを丁寧に入れているだけなんだと思う。


だからいくつかのシーンを無理矢理入れるのではなく、1つ1つのシーンを丁寧に描写することで、より戦闘らしくなるのではないだろうか。


そして、加筆した後のすぐのシーンを見てほしい。


もともとは「足下にあるネジを拾う」だったが、前のシーンに合わせて「散らばったネジを取る」と変わっている。

このように丁寧に描写しているうちに、もしかしたら「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」が少し変わってしまうかもしれない。


しかし、それこそが「キャラが勝手に動いた」ということである。

キャラの心情、状況。それらを丁寧に描写することで「キャラが勝手に動く」に繋がるわけだ。

キャラが勝手に動くようになると、「ご都合主義」と呼ばれなくなると私は思う。


話がかなり逸れてしまったので話を戻す。


一つ目の『どうしてその場にネジがあるの?』を解決するつもりが、いつの間にか『主人公の「足下に」ネジが落ちているのは?』と『ネジが当たるまで、敵は黙っているのはなぜ。時間でも止まっているの?』も解決できるような答えが出てきている。

後半部分の修正は皆さんに任せるので、ぜひやってみてほしい。




さて、これですべての「ご都合」が解決した、とは思わないことだ。


「ご都合」にしないためには描写を丁寧に書く。

これは間違いないのだが、丁寧に書くとは一体どういうことなのか。


確認も含めてもういくつかの例見てみようと思う。


私は物語を創作する上で「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」を作ることは大切だ。

と、これまで述べてきた。


しかし、

始め(スタート)」が「女の子に告白するシーンを書きたい」に対し、

終わり(ゴール)」を「告白の言葉は「文句あっか、海賊王!」」が合わないことと同様に、

どう考えても「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」が結びつけるのが難しいとき、それを結びつけようとすると、それも「ご都合」になってしまう。


何を当たり前なことを、と思うかもしれないが、実は多くの作品がこの失敗を犯している。


例)

始め(スタート):弱い敵しか出ない森に行く

終わり(ゴール):強い敵を倒す


皆さんもよく見る状況ではないだろうか?


これって本来ありえない事態であり、これを当然のように書く作品のなんて多いことか。


スライムしか出てこない場所でいきなり中ボスが出てくるRPGを見たことがあるのだろうか。

歩いていたらイベントもなにもなく、急に野生のように中ボスが現れるゲームをやったことはあるのだろうか。


これがどれだけ無理な話をしているのか、おわかりいただけただろうか。


別にこのような始め方で書いてはいけない、とは言わない。


「文句あっか、海賊王!」で終わる告白も作ろうと思えば、作れなくはないだろう。

しかし、それを違和感なく話を進めるのがどれほど難しいことか。


つまり「始め(スタート)」と「終わり(ゴール)」を「弱い敵しかでてこない森に行く」と「強い敵と戦う」にしてもいい。

だがそれなら、その世界の設定やそのときの状況が本当に自分が書きたいことに適しているのか、を確認すべきなのだ。


例えば。


『ある出来事が起きたことで、そこにいないはずのボスが生まれ、移動してきた』

『このほかにも、各地で違うイベントが起きているという描写』


を入れるなど。


少なくともこれくらいは前後、もしくはその間に書き込まなければいけないはずだ。


急に本来出ないはずのボスが出てきたけど、そのイベントはこれ以降の展開にさほど関係ありません、なんてことはあるだろうか。

それこそ「都合のよい」ボスになってしまっている。


本来出てこないはずの敵が出たことで、周りは否応にも変化するはずなのだから、そういった描写をきちんと描かなければならないのだ。


川でマグロが釣れたら大変でしょう?

マグロだけじゃなく、自然と周りの環境も急激に変化する、しているだろう。

そういうことを理解して書いているのか?


これが丁寧に書くということなのである。


同様な例としてこんなものも挙げられる。


例)

主人公は魔物を狩るための剣を買いに、武器屋に入った。

しかし、主人公の手持ちは少ない。大した剣は買えないだろう。


「ん、店主。これは?」


比較的安い剣を探していると、縦に長いバケツの中に、鞘にも収められず傘のように入れられている剣が何本かあった。


「それらの剣はどれも9割引で、全部250Gだ」

「へぇ」


それらの剣はどれも刃が欠けていた。

しかし。


「これは……」


その中でも一本だけ、明らかに周りのものよりもひどく錆びていて黒く染まりきった剣があった。


なぜだろう。


主人公はその剣に強く惹かれた。

なにも考えずに手がその剣を掴むと。


『おう、俺様を選ぶとはいい目をしてるじゃねぇか』


声が聞こえた。


こういった展開もよく見る。

しかし、これも結局「ご都合」なのだ。

いったい何が「ご都合」なのか、皆さんはわかるだろうか。


武器屋に魔剣が置いていること?

主人公が魔剣に惹かれること?

主人公が魔剣を手に取ること?


どれも合っているようで、違うような気がする。


私の場合、武器屋に魔剣がたまたま置いていることにそこまで違和感はない。

主人公に魔剣に惹かれることも、だから、手に取ったことも私はそこまで感じない。


私が「ご都合」だと思うのは。


『明らかに他とは違いますよ、といわんばかりに魔剣が置かれている』ことだ。


さきほどの文章を読んでいると、魔剣の周りにある剣はどれも「刃が欠けてはいるが、魔剣ほど錆びているわけではない」のだ。


こんな想像をしてほしい。


今、あなたの周りには円状に100の店で囲まれています。

99の店は服屋です。1は武器屋です。


この武器屋、気になるでしょう?

だって他は服屋なのに、たった1店舗だけ武器屋なんですよ。

気にならないわけがない。気になって、ちょっと入ってみるでしょう?


これと同じなのだ。

周りとは明らかに違う雰囲気で置かれている剣なんておかしいに決まっている。


だから、もし武器屋に魔剣が安く売られている理由とその状況をきちんと説明しないといけないのだ。


『他にも錆びた剣を入れる』

『魔剣をそこまで錆びて見せない』

などなど。


また、おそらくだが。

このような典型的な間違いをする人はおそらく「ONE PIECEのゾロ」を連想しているのではないだろうか。


わからない方にも説明すると「ONE PIECE」にもこのような展開が存在するのだ。

適当な剣を武器屋で探していたら、妖刀を手にした。という展開があるのだ。


しかし、先ほど書いた展開とは似ているようで少し違う。


妖刀が安く売られていた状況とその理由や、妖刀であることに気付く理由が、きちんと説明されているのだ。


「なろう」でよくあるのは、後者は書かれていても、前者が書かれていないこと。

そこが「ご都合」のように思えてしまうのだ。



最後にもう1つ。

「ご都合」とは少し違うかもしれないが、「なろう」を読んでいて、私がどうしても気になってしまうところがある。


『作者はヒロインを都合のよいキャラとしか思っていないのではないのか?』


「なろう」といえば奴隷。いわゆる「奴隷のヒロイン」である。


なんとなく想像できると思うが「奴隷」=「人ではなく道具」という扱いを受けるため、そういった描写が多々出てくる。


悪役が「奴隷の○○は俺のものだ」とか「奴隷を使って何が悪い」とか言うシーンはよく見るだろう。

それに対し、主人公が言う台詞もだいたい決まっている。


『奴隷が道具じゃない』『○○はちゃんとした人だ』


別にそう言うこと自体はなにも悪くないし、まったく構わないのだが。

主人公が奴隷を道具と思っていないのは伝わる。

しかし、どうにもこの作者が奴隷(キャラ)を道具のように使っているとしか思えない。


言うまでもないことと思うのだが、作者と主人公って読者はほぼ同一人物のように読んでいる。

にもかかわらず。


「主人公≒作者」は第一前提として。

主人公は「奴隷≠道具」

作者は「奴隷=道具」


これが違和感でしかない。


「奴隷は道具じゃない」


よくある言い回しになってしまうが「言うのは簡単」だ。

主人公に言わせればいいだけ。難しくも何ともない。


この言葉に重さを乗せるためには、作者がこの奴隷(キャラ)をどれくらい大切に見ているのか、だと私は思う。


この奴隷を主人公のステータスとしてではなく、次の展開の道具として扱わなければ、きっと「都合のよい」キャラではなくなると思う。


今の奴隷についても、武器屋の話にしても。

このように一つにまとめることができるのではないだろうか。


要は『主人公の視点だけに立って、物事を進めるな』ということだ。


一人称で物語を進めてもいい。いいが、相手の視点にも立って一つ一つ描写をしてみてはどうだろうか。

それが「()()()()()」ということではないだろうか。




最後になりますが。


これまでの話を思い切ってまとめると。


『「ご都合主義」とは「都合のよい展開」ではなく「作者の怠惰」であり、描写を丁寧に書くことで一般的に呼ばれる「ご都合主義」の作品ではなくなる』


ということである。


今日、「なろう作品」という呼び名が侮蔑の呼称となっている。


「なろう作品」の特徴の一つとして「ご都合主義」が挙げられているが、この一つをなくすことができれば、少しでも「なろう作品」の評価が上がるのではないかと思う。


私は「なろう作品」がダメだとここまで言ってきたんではなく、少しでも「なろう作品」がよくなればいいと思ってこれまで書いてきました。


このエッセイで大きく変わることはないと思うが、少しでも「なろう作品」に良きものが生まれることを願うばかりである。




・本編はこれで終わりですが、ここから先はweb作家さん向けの書き方を具体例で提案します。かなり長い文章量となっております。


《追記》2020/04/19 (作家さん推奨)

感想欄にて「一話一話投稿するweb小説では、このやり方はうまくいかないのでは?」という意見をいくつかもらったので、それについて少し深く言及したいと思う。


これから先、「だ」「である」から「です」「ます」へと文体が変わります。

論文口調から人に提案するときの口調に変わったと思っていただけると幸いです。


・「1シーン」を作るために伏線を張ろうとすれば、全体がある程度完成させる作業となる。それだと1話を行き当たりばったりで作ることが多いweb小説ではかなりの負担と時間がかかってしまうのではないか。


という意見がありました。


確かに1シーンを基準に物語を作るこのやり方は、web小説では無理とは言いませんが、ほぼ不可能かと思います。


しかし、基本のやり方はこの方法ではないかと私は思います。


例のごとく具体例で後ほど明確に示していきますが、少々お待ちください。


1シーンから物語を構成しようとするのは、web小説では難しい。

しかし、1シーンから一話を作ることはできると思います。


この場合、伏線を張ることが少し難しくなってしまいますが、それでも一話ごとの内容は濃くなり、結果的に良い方向に向かうと私は考えています。


では、実際にどうやって作るのか、を私からの提案という形で紹介したいと思います。

これはあくまで私流のやり方なので、正しいという根拠は何もないことはあらかじめご了承していただけると幸いです。


それでは実際に一話を作ってみます。


いきなりすべての話でやってみようと言うのはさすがに苦ですので、戦闘の入っている一話を作ってみようと思います。




※実際に作ってみようと思いますが、ある程度の設定がほしいので整理してみます。

・一人称(主人公目線の)物語

・主人公=ヒロ 敵=エネミ(双方、剣士とします)

・魔法のない世界設定

・ヒロとエネミが戦う話

・前話について

『略)

今すぐ城に戻ろうと、来た道を引き返そうとしたところでだった。


「おい、どこに行こうって言うんだ?」


その声の主が行く手を阻むように空から降り立った。


「ここを通りたきゃ、オレを倒すことだな」


エネミはそう言って、俺の前に姿を見せた。


これ以降の例の中にある「※」は「私の考え・意見」で、( )は「作者の心情」表したものになります。




まずは、今話をどのような戦闘にするかですが、これは作者さんであれば書く前であろうとなんとなくイメージできているはずです。


例)

ヒロの攻撃(一撃)

エネミが倒れる(一撃で倒れる)

※要はワンパンで倒す、というイメージ。


こういう展開をよく「ご都合主義」と呼ぶ人がいますが、何度も言うように「展開」自体に「ご都合主義」も何もありません。だから、これを「ご都合主義」にしない書き方はきちんとあります。


まず、よくあるミス・事例が次のようなものです。


例)

(さぁ、エネミも出てきたことだし、ヒロとエネミを戦わせよう)

俺は目の前のエネミを見据えて、腰の剣を抜いた。


(かっこいい言葉でも言わせておくか)

「やめておけ。お前じゃ、俺には勝てない」

「はっ! やってみなきゃわかんねぇだろ」


バカな奴。


(よし、エネミに攻撃させて、返り討ちにさせよう)

エネミも剣を抜くと、腕を大きく振りかぶった。


「死ね!」

「遅い」


ズシャリ!


「だから勝てないって言っただろ」


もう聞こえていないとわかっているが、俺はそう言った。


わかりやすく文章だけにしてみますと、次のようになっています。


例)

俺は目の前のエネミを見据えて、腰の剣を抜いた。


「やめておけ。お前じゃ、俺には勝てない」

「はっ! やってみなきゃわかんねぇだろ」


バカな奴。


エネミも剣を抜くと、腕を大きく振りかぶった。


「死ね!」

「遅い」


ズシャリ!


「だから勝てないって言っただろ」


もう聞こえていないとわかっているが、俺はそう言った。


攻撃して倒すまでに17行、文字数にして145文字。

こういった文章を作ってから、作者さんはこう思うわけです。「あれ、全然文字数足りてないや」と。


普段は2000字、4000字と書いているのに、戦闘シーンが約150文字。あとの文字数どうしようかな。こんなことを考えるわけですね。


すると、今度はこうするのだと思います。


『いったん敵を殺さないで(峰打ち等々)、必要な情報だけ吐いてもらって、それから殺そう』

『ヒロイン達との会話でも増やして次に進ませよう』


これがダメなんです。これは「情報」の後付けで、文字数を増やしただけ。「描写」を増やしたわけじゃないんです。こんなことをしてしまうと「ご都合主義」と言われてしまいます。


それに加え、戦闘シーンよりも長くいらない描写を加えると、戦闘シーンの印象がさらに薄まってしまいます。

こうして「結局この話はなんだったの?」と読者に虚無だけが残ります。


「それじゃ、どうするの?」と、いうことで。


もう一度最初から私が作者の立場になって作ってみます。

イメージは先ほどと同じです。ワンパンで敵を倒します。


例)

まず、私ならいきなり戦闘に入らないかなぁ、と思います。最初の一文は、前話との繋ぎ目の分に私はします。


なぜなら、前話と今話を投稿する時間間隔はかなり空いているからです。


「なろう」を読んでいて、皆さんは「あれ、前の話ってなんだったっけ?」ってなったことはありませんか?

だから、それを少しでも和らげるために、私は前話の最後の一文を多少引用した文を最初に書きます。


前話は『エネミはそう言って、俺の前に姿を見せた。』でした。

だから、それを受けて私の最初の一文は。


俺の前に姿を現わしたエネミは不気味な笑みを浮かべていた。


こういったものにします。

ただそのまま引用するのではなく、「不気味な笑みを浮かべている」という多少の描写を加えました。

他にも。


「エネミは鋭い目つきで俺を見ていた。その目は仲間達を殺されたことへの怒りにも見える」

「空から現れたエネミだが、彼の手には前に見た鎌ではなく、真っ黒な剣が握られている」


と、敵の表情のほかに、その敵の格好や状況を表すような内容があるといいかもしれません。


では次は、剣を抜くシーンを、と思うかもしれませんが、剣を抜くタイミングも少し早いかと思います。


いきなり敵が現れたのに、まったく動じずに剣を抜いて「お前じゃ俺には勝てない」と言うのは、どこか「都合の良い」ように見えます。


「都合が良い」ことが少しでも感じられるのなら、逆に「この前に何らかの描写を入れられるのではないか」と考えられるようになればいいです。


この「ご都合感」は何の「違和感」なのか。


と考えると、やっぱり急な出来事に対し「動じていないこと」なんですよ。


機械ですら、急な出来事が起きれば、それに合わせて状況をもう一度考えるでしょう?

心があるなしにかかわらず、やはり急な出来事にはそれ相応の反応を見せます。


動じずにいられるのは「あらかじめ知っている人のみ」です。主人公はもちろん知らないのだから、何か反応を見せないといけません。


だから


咄嗟に仲間達を後ろに下がらせ、柄に右手を伸ばす。


しかし、エネミは何をするわけでもなく、ただ俺を見て嘲笑った。


剣を抜くには、当然ながら柄に触れる時間が必ずありますよね。

だから、まずそこまでで一つの文にして、なおかつ、その間も仲間を守るという描写も入れました。


このおかげで、主人公が強いだけでなく、仲間想いであるということが伝わったのではないでしょうか。


そして、その主人公の行動に対する敵の反応も入れることで、より文章が映像のようになってきたのではないでしょうか。


ここまで作者自身が書いていると、だんだんキャラに魂が入るように、次の動きが勝手に浮かんできます。


だから俺も仕返しとばかりに言ってやった。


「お前の癖はもう見切っている。お前じゃ、どうあがいても俺には勝てないぞ」


それでもエネミの笑みは止まらなかった。


「確かにな。だが、時間さえ稼げればそれでいい」


敵が不気味に笑っているということは、もちろんなんらかの作戦があるわけで。


わざわざ失敗例のように敵の命を長引かせて「情報」を主人公に与えなくても、自然な流れで「情報」を主人公に渡すこともできます。


さすがに、すべての「情報」を渡したらマヌケですので「何かあるよ」といった感じの情報量だけでいいんです。


あとから主人公達で考察させて正解に導いたり、主人公達が作戦に気付けず、苦戦を強いられる、といった展開がこれによってできるようになります。


つまり、これが伏線となるわけです。


もし、それでも敵に「やってみなければわかんねぇだろ」とどうしても言わせたいのであれば。

敵が冷静を失っている描写「仲間を殺されて怒っている」という先ほどの描写に差し替えて、もう一度作ってみたりします。


時間を稼ぐ、だと?


コイツらはいったい何を狙っている。


「どういうことだ?」


言った後で、意味のない質問だということに気付いた。


「はっ。テメェに言うわけねぇだろ、バカか」


そんなとき、爆発するような音が城の方から聞こえてきた。


「ヒロ様! あれを見てください!」


ヒロインが指差した方向を見てみると、あちこち黒い煙が城から上がっていた。


城で何が起きているのかはわからない。


しかし、急いで戻らなければ取り返しのつかないことになることくらいはわかる。


「どけ」

「どかねぇよ。言っただろ、時間を稼ぎに来たってよ」


と、ここまで書いてくると、もしかしたらこんなことに気付く人がいるかもしれません。


「無駄に話している時点で時間を稼がれているんじゃねぇか」と。


この場合、主人公の「ご都合主義」とは違って、今度は「主人公がマヌケ」という扱いになってしまいます。


「だったらよくわからなくてもさっさとエネミを倒してしまえばよかったのに」


と読者も思うことでしょう。


でも、これは仕方ないことなんです。だって、今までの流れにさほど不自然なものはなかったはずです。


主人公がマヌケのように思えてしまうのはあくまで結果論であり、人としての行動におかしなところはなかったはずです。


いやいや。それでも主人公をマヌケにしたくない、と思うのであれば。


これこそあとから足せばいいんです。


相変わらずエネミは不気味な笑みを絶やさない。


「ちっ……そうか。やられたな」


エネミは本当に作戦を遂行するための時間を稼ぎに来ただけ。


別に戦いの中だけで時間を稼ぐ必要なんてない。


それよりも、こうして意味深な発言を繰り返して、こちらの反応を楽しむ仕草をするだけで、それだけで十分な時間稼ぎになる。


こんなことになるならもっと前に……。


「……いや、そんなことを言ったところで意味がないか」


ようやく俺は腰の剣を引き抜いた。


これ以上時間を稼がれるわけにはいかない。


こうして主人公の心情を描写しながら。


仕方ないことだった。敵に意図的にそういう展開にうまく誘導された。


そのように書くことで、主人公のマヌケ感はそれなりに抜けたのではないでしょうか。


それと同時に、この敵キャラの印象を強めることもできたと思います。


ただのやられ役だけではなくなったのではないでしょうか。


また、失敗例では一行目で剣を抜いていましたが、今回はここまできてようやく剣を抜くことができました。


ちなみに、この時点でもう650文字でした。


失敗文よりも長い文字数だから良い、というわけではありませんが、剣を抜くまでの話がかなり濃くなっているでしょう。


失敗文は「書くべき描写」を省いた文であることがなんとなく掴めましたでしょうか。


「お前らが何を企んでいるのかはわからないが、そこを通してもらう」

「……おいおい。いいのかよ?」

「ブラフだ。意味深な発言で、俺達の動きを止めようとしているだけだ」


そう返すと、今度は小さく舌打ちをした。


「バレちまったか。それなりに時間を稼いだんだけどな」


エネミはそう言って腰を落とすと、自らの左手を黒い鞘の上に、右手で柄を握った。


「ただで通す気はねぇよ」


その構えは居合い術。


真っ向勝負したところで自分に勝ち目はない。一太刀も浴びせることなく死ぬわけにはいかない。


だから、エネミは防御を捨てたのだ。


自身の命と引き替えに、俺に一太刀でも浴びせようというわけか。


剣を抜いたからすぐに敵を斬って終わり、というのは「ご都合」の典型的なパターンです。


敵の描写を書くのが面倒くさい、難しい。気持ちはわかりますが、それでもここをきちんと書くかどうかが「ご都合主義」の大きな分かれ目です。


ましてや、ファンタジー作品の場合、一番の見所はやはり戦闘シーンではないですか?


「ほのぼのスノーライフ」をテーマにしていたとしても、やはり一番注目させたいシーンを二・三行で終わらせてしまうとそれだけで読者は「なんだこれは?」となってしまうわけです。


だから、まずは一番注目させたいシーンは、面倒くさくても難しくても、気持ちだけは丁寧に書いてみてはいかがでしょう。


別に難しい言葉を入れなさい、と言うわけではありません。

見事な言い回しをしなさい、と言っているわけでもありません。


私の場合、敵の最後の晴れ舞台は、とにかく敵の描写を細かく書きます。

拙い文章だとしても、敵や味方が今どういう体勢なのか、を書いてみてください。


そして、書いた後に「この文章で本当に読者に伝わる」だろうか、と読み直してください。


言い方はアレですが所詮「なろう」の作家さんの九割はド素人です。かく言う私だってその一人です。


稚拙な文章でも、そうして丁寧に書いた文章は、少なくともそのシーンに関しては「ご都合だ」とは思われないはずです。


「丁寧に書く」というのはたくさん書き方があって「これだ」とは言えません。


しかし「丁寧に書く」前段階は共通して「自分で読み直す」ことです。


読み直して文章に「違和感」があれば「ご都合」があり、読み直して「自分の甘さ」があればそこには「ご都合」が含まれています。


「無駄だ」


それでもエネミの刃は俺には届かない。


こうしてできあがった敵のきちんとした描写の後の主人公の台詞はかなり映えます。


主人公の絶対的強者感が、失敗例よりも強く伝わってくると思います。


描写の少ないときに出る言葉というのは、どうしても薄っぺらく聞こえてしまいます。


失敗例にある「死ね!」「遅い」は、どちらも強そうなキャラが言いそうな言葉であるのに、どちらも小者感が滲み出てしまうのは前の描写が弱いからなんです。


漫画で言う「ドン!」という場所に力を込めたいのであれば、まずはその前の描写を見直してきちんと描写できているか確認してみてください。


「無駄かどうかはやってみねぇとわかんねぇだろ!」


そう叫んだエネミは、剣を抜くと同時に大地を強く蹴った。


それと同時に、俺も一歩でエネミとの距離を詰めた。


「っ……」


エネミが驚いた表情を一瞬見せたが、それでもその手に一切の迷いも躊躇いもない。


何としても俺に一太刀を入れよう、ってか。


この書き方は完全に私流なのですが、「無双」作品では主人公より敵キャラに焦点をあてて書くようにしています。


主人公から見て、敵キャラの覚悟と必死さを表現することで、この戦いは普通の戦いではないことを強調します。

最強の主人公からすれば、どんな相手も弱く感じるし、戦闘もほとんど同じように思っているはずなんです。


だから、主人公が主人公のことだけを描写すると、全部同じ表現ばかりになってしまいます。

そこで、敵キャラの様子を描写すればそれなりに戦闘の差別化ができるのではないか。


そう考えて、私は「最強・無双」作品ではできるかぎり敵キャラに焦点を向けるようにしています。


それを踏まえたうえで、話を戻すと。


敵の描写というのは、先ほども言ったように語彙力がなくても、伝わる文章を書ければいいんです。


敵の描写というのは、すなわち。

『敵がどう動いたのか』です。


これをきちんと書いてみましょう。

全身の動きをすべて書かなくてもいいんです。


私の場合『顔(表情)』『腕』『胴』『足』と大きく四つに分けて、この内一つを最低でもきちんと書きます。


今回は敵の『腕』と『足』をきちんと書きました。


次に主人公の『足』を書いて、そして最後に敵の『顔』を書きました。

この書き方で、なんとなく映像が頭に浮かんできたでしょうか。


私は「敵の行動」→「主人公の行動」→「敵の行動」といったものを意識しています。

例えば「主人公の行動」→「主人公の行動」→「敵の行動」となってしまうと「敵はどうして何もしなかった?」という「違和感」=「ご都合」が生まれてしまいます。


これがいつでも絶対、というわけではありませんが、できる限り交互に主人公と敵の描写を書き込むことで「ご都合」が薄れるかと思われます。


剣を振り下ろす俺に対し、エネミは鞘から剣を抜く。


互いの剣、そして視線が交差する。


「「……っ!!」」




――鉄と鉄がぶつかり合って、透き通った音色が響いた。


「ご都合」とは話題がズレますが。


音についてです。

小説内で音が鳴るとき、ほとんどの方は擬音語・擬態語に頼ります。


先に言っておきますと、使ってはいけないというわけではありません。

よく「擬音語・擬態語はあまり使わないようにするのが文章」と聞きますが、逆に「擬音語・擬態語を使うと情景が浮かびやすい」などとも聞くのではないでしょうか。


結局どっちなんだ、と思います。私も今でも考えるときがあります。


しかし、それでも結論を出せ、というのであれば、描写が浮かび上がるのであれば使っても構わないと思います。


しかし、今回の失敗例のように「ズシャリ」という一単語では描写は全然わかりません。

そもそもどっちが斬られたのかもよくわかりません。


「主人公が勝ったに決まってるでしょ」と作者は思うかもしれませんが、それは後の文を見てからわかることであり、この単語だけでは描写はわかりづらいです。


だから今回「鉄と鉄がぶつかり合う音がした」とだけ書きましたが「キイィィン」と書いてもいいと思います。


ですが!

その後に改めて「鉄と鉄」もしくは「剣がぶつかり合う音がした」などと書いていただけないと、読者はよくわからなくなるのではないでしょうか。


「丁寧に書く」繋がりで話を少し逸らして語ってみました。


しばらくの静寂の後、次に聞こえたのは城からの爆発音だった。


「ヒロ様!」


ヒロインの心配そうな声とともに動いたのは、俺ではなくエネミだった。


エネミの剣はきれいに折られて、うつぶせに倒れるエネミの身体からは致死量以上の血が流れている。


我が身を犠牲にしたところで、俺にはその剣は届かない。


「わかってる。早く行くぞ」


俺の前にいるのはもはや、ただの屍だ。


「だから言っただろ。勝てないって」


俺はそう呟いて、仲間とともに城へと向かった。


ここまで来ると、そうそう「ご都合」が現れることはないと思います。最後の展開そのものに違和感を持つ人はそうそういないと思いますので。


このことからわかるとおり、やっぱり展開そのものではなく、展開と展開の間を気を付けるべきだ、ということがなんとなくわかったでしょうか。


そして、ここまで描写をしていくと、ここでエネミに感情移入してしまう方もいるのではないでしょうか。


少なくとも私は少し愛着が湧きました。


もともと「最強・無双」というストーリーでしたが、主人公にかすり傷程度つけてもいいかなぁ、と思ったほどです。


今回はそうは書きませんでしたが、もしこれを書きたい、と思うことができたとき「キャラが勝手に動いた」という感覚がわかると思います。




さて。

最初の失敗例と、最後にできあがった物語を比べてみましょう。


例)before

俺は目の前のエネミを見据えて、腰の剣を抜いた。


「やめておけ。お前じゃ、俺には勝てない」

「はっ! やってみなきゃわかんねぇだろ」


バカな奴。


エネミも剣を抜くと、腕を大きく振りかぶった。


「死ね!」

「遅い」


ズシャリ!


「だから勝てないって言っただろ」


もう聞こえていないとわかっているが、俺はそう言った。

★(145文字)



例)after

俺の前に姿を現わしたエネミは不気味な笑みを浮かべていた。


咄嗟に仲間達を後ろに下がらせ、柄に右手を伸ばす。


しかし、エネミは何をするわけでもなく、ただ俺を見て嘲笑った。


だから俺も仕返しとばかりに言ってやった。


「お前の癖はもう見切っている。お前じゃ、どうあがいても俺には勝てないぞ」


それでもエネミの笑みは止まらなかった。


「確かにな。だが、時間さえ稼げればそれでいい」


時間を稼ぐ、だと?


コイツらはいったい何を狙っている。


「どういうことだ?」


言った後で、意味のない質問だということに気付いた。


「はっ。テメェに言うわけねぇだろ、バカか」


エネミがそう言うと、突然、爆発したのか、音が城の方から聞こえきた。


「ヒロ様! あれを見てください!」


ヒロインが指差した方向を見てみると、あちこち黒い煙が城から上がっていた。


城で何が起きているのかはわからない。


しかし、急いで戻らなければ取り返しのつかないことになることくらいはわかる。


「どけ」

「どかねぇよ。言っただろ、時間を稼ぎに来たってよ」


相変わらずエネミは不気味な笑みを絶やさない。


「ちっ……そうか。やられたな」


エネミは本当に作戦を遂行するための時間を稼ぎに来ただけ。


別に戦いの中だけで時間を稼ぐ必要なんてない。


それよりも、こうして意味深な発言を繰り返して、こちらの反応を楽しむ仕草をするだけで、それだけで十分な時間稼ぎになる。


こんなことになるならもっと前に……。


「……いや、そんなことを言ったところで意味がないか」


ようやく俺は腰の剣を引き抜いた。


これ以上時間を稼がれるわけにはいかない。


「お前らが何を企んでいるのかはわからないが、そこを通してもらう」

「……おいおい。いいのかよ?」

「ブラフだ。意味深な発言で、俺達の動きを止めようとしているだけだ」


そう返すと、今度は小さく舌打ちをした。


「バレちまったか。それなりに時間を稼いだんだけどな」


エネミはそう言って腰を落とすと、自らの左手を黒い鞘の上に、右手で柄を握った。


「それでも、ただで通す気はねぇよ」


その構えは居合い術。


真っ向勝負したところで自分に勝ち目はない。一太刀も浴びせることなく死ぬわけにはいかない。


だから、エネミは防御を捨てたのだ。


自身の命と引き替えに、俺に一太刀でも浴びせようというわけか。


「無駄だ」


それでもエネミの刃は俺には届かない。


「無駄かどうかはやってみねぇとわかんねぇだろ!」


そう叫んだエネミは、剣を抜くと同時に大地を強く蹴った。


それと同時に、俺も一歩でエネミとの距離を詰めた。


「っ……」


エネミが驚いた表情を一瞬見せたが、それでもその手に一切の迷いも躊躇いもない。


何としても俺に一太刀を入れようってか。


剣を振り下ろす俺に対し、エネミは鞘から剣を抜く。


互いの剣、そして視線が交差する。


「「……っ!!」」




――鉄と鉄がぶつかり合って、透き通る音色が響いた。


しばらくの静寂の後、次に聞こえたのは城からの爆発音だった。


「ヒロ様!」


ヒロインの心配そうな声とともに動いたのは、俺ではなくエネミだった。


エネミの剣はきれいに折られて、うつぶせに倒れるエネミの身体からは致死量以上の血が流れている。


我が身を犠牲にしたところで、俺にはその剣は届かない。


「わかってる。早く行くぞ」


俺の前にいるのは、もはやただの屍だ。


「だから言っただろ。勝てないって」


俺はそう呟いて、仲間とともに城へと向かった。

★(1380文字)



どうでしょうか?

かなり物語としては濃くなっているように思えませんか?


展開は同じなんです。「敵を一撃で斬る」というシーンは変わっていませんよね?

ただ展開同士の甘い繋ぎ目をより鮮明に、丁寧に描写しただけで「ご都合」感が軽減されたように思えないでしょうか。


今回、一撃で敵を倒すということで、文字数としては約1200文字増えました。


なので、一話の文字数を基準にすると、まだ全然足りませんが。

例えばこれが何度かの斬り合いがあったら場合、文字数は確実に4000を越えることになり、一話の満足度は高くなるのではないでしょうか。


本編だけでは、1シーンを基準に前後を直す、といった印象を受けたかと思いますが、この追記では自分が想像(イメージ)する1シーンに向かうまでに「丁寧に書く」ことができたのではないでしょうか。


短編のエッセイにもかかわらず、今回こうして長々と書かせていただきました。

ここまでお読みになられた方々、大変ありがとうございました。


エッセイ内で、まだよくわからないところ、説明が不十分に思ったところ、まだまだあると思います。

私も自分のすべてを書ききれたとも思えていません。


その場合、感想欄に意見・質問をお願いします。

また、このエッセイをいくつか分けて、連載形式にしてそれぞれまとめてほしい、という意見があればそうしたいと思います。


大変長くなりました。これにて追記を終わります。



長々書いてしまいましたが、何か感想・意見・質問があれば遠慮なく書いてください。

返信も長くなってしまうかもですが、きちんと返したいと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 追記をよみました。 短編にするには、例が長くなりすぎでどっかで切ってほかの関係したテーマも追加して連載形式のシリーズ化してほしいですね。 ところで引き返そうとした理由と主人公(の属する国…
[良い点] ・すべての物語には「ご都合」で成り立っている これには賛同できます。事実、ヒロインと会うのも話すのもご都合でしょう。 ・一般的に言われる「ご都合主義」の「ご都合」とは「展開の中の違和感…
[一言] >『「ご都合主義」とは「都合のよい展開」ではなく「作者の怠惰」であり、描写を丁寧に書くことで一般的に呼ばれる「ご都合主義」の作品ではなくなる』 なるほどなろう系のご都合主義って言葉に違和感…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ