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第1話 空想の世界

「ねえ、どう思う? 伊織くん」



 九月。と言っても、まだまだ夏はここから動きたくないと言わんばかりに駄々をこね、暦の上ではすでに秋だというのに暑い日が続いていた。

 

「どう思う? ってさっきの夢の話だよな?」

「それ以外に何があるっていうの?」


 大人になって振り返った時に、一般的に“青春時代”と言われる時期を過ごしているわけなのだけれど、如何にもこうにも過ごしている最中はそんなのこれっぽっちで、夏休み明けすぐの教室には青春の輝きなんていう活気は存在せず、皆は口を揃えて「夏休みが恋しい」とぼやいた。

 ところが一人だけ別次元の人間がいた。

 俺は彼女の元気のない姿を見たことがない。


「ねえ〜、本当に聞いてた? 伊織くん」


 それが、先ほどから俺に嬉々として夢の内容を語ってきた彼女、神崎風莉(かんざきかざり)である。


「ねえ、神崎さん」

「あー!」


 神崎風莉は、百人に尋ねたら百人が口を揃えて「美少女だ」と答える(と思う)ほどの恵まれた容姿を持った少女である。クラスに暗黙の了解として存在する“カースト制度”などには一切興味が無いらしく、俺のような存在が曖昧な人間にも気さくに話をしてくれる、中身まで聖母のよな女の子だった。

 十八の女の子にしては、若干子供っぽいところも彼女の魅力の一つであると言え、あ、違う、そうじゃなくて、俺がこんなに彼女のことを細かく説明するのは決して、い、い、異性として意識しているからだとかそういう話ではなく、



「どうして、苗字にさん付けなの!」

「え?」

「伊織くんは、どうしてまだあたしのことを神崎さんと呼ぶの? と聞いているわけなんです!」



 どうしてって、それは君が神崎さんだからであって、



「そうじゃなくて!」

「何が言いたいんだよ」

「夏休みが終わりました、つまり二学期が始まったというわけなのです! 」

「それで?」

「……仲もそれなりに深まったな〜って思ってたんだけど?」



 名前で呼べってことか?



「神崎さんだって俺のこと“伊織くん”って呼ぶでしょ。ならおあいこなんじゃないの?」

「それは、伊織くんが綾人って顔してないからいけないんじゃない!」

「すごい否定するな?!」



在籍こそしているものの、いるのかいないのかわからない程度の俺が、神崎さんともあろうお方を呼び捨てなんかにできるわけない。


「相変わらず、自己肯定低すぎなんじゃないの〜? 伊織はさあ」


昼休み。神崎さんに絡まれるままに昼飯を共にしていた俺たちの席に、新しい顔が二人加わる。


「おまえこそ、その自信はどこからくるんだよ」


神崎さん目当てで俺にくっついてくる龍ヶ崎と、


「いーや? いおりんはそのぐらいがちょうどいいって〜! ねえ? 風莉」

「もう! 陽子ちゃんったら!」



神崎風莉のセコム、雪ノ下陽子だ。

まあ、冷静に考えてみればクラスでいるのかいないのかわからないような奴が男女で昼飯を食べるなんていうことはまあないわけで、カースト制度で見たら俺は、中の……下? くらいなものだろう。だがもし、万が一、俺が上位の人間として生きる世界があったとしてもおそらく神崎さんのことは神崎さんと呼ぶに違いない。それに、そんな御都合主義のパラレルワールドなんて俺に限って存在しない。それに、だ。名前で呼ぶのは、か、彼氏彼女の関係になってからってものだろうに……!


「ねえねえ、ところで二人は何の話をしてたの? また風莉の思いつき?」

「思いつきじゃないもん!」

「思いつきじゃないよ。夢の話聞いてた」

「はあ?! おまえさ、神崎さんの夢の話とか何聞いちゃってるわけ?!」

「俺が聞いたんじゃないよ。神崎さんが」

「別に伊織くんだから話したってわけもないわけじゃないけど。龍ヶ崎くんはパラレルワールドとか信じる?」

「……え?」

「おい、今ちょっとひいただろ龍ヶ崎。いおりんは許せるけど、龍ヶ崎、テメーはダメだ」

「陽子さん怖えよ!」

「風莉はさ、嬉しいんだよね」

「え?」

「いおりんは真面目に聞いてくれるもんね? 風莉の話」




みんなは特に相手にはしていないようだが、今回ばかりは神崎さんの夢の話はバカにできない。と、俺はみんなが話しているのを聞きながら考える。作家志望らしい彼女は、時折こうしてみんなに物語の構想を話してはバカにされている。が、しかしだ。

今回の話はそもそも、空想の世界にとどまらない。

知っている。俺は知っている。そもそもあり得ない話なのだ。俺以外の人間がもう一つの世界に干渉するなんてあり得ない。


「あたしはね! あり得ない世界を、あり得る世界として描くのが夢なの!」


神崎さんが高らかに宣言する。


「だから、いいもん! 」

「はいはい。風莉の夢は大作家先生だもんね!」

「あーほら、また馬鹿にしたあ!!」




あり得ない世界を、あり得るようにする?

いやいや、それは空想の世界を空想にとどまらせないという作家の表現であって、だからといって、神崎さんが両世界を行き来する理由にはならない。しかし、彼女はそれを夢として認識していたことも少しだけ気になる。まあ、無理もないか。


片側の世界の人間がもう片方の世界に迷いこんで来たことなんて今までなかったし、おそらく今回神崎さんが迷い込んで来たという事実はなんらかの偶然によるものだと推測される。

いつだって両世界は決して交わらないことによって均衡を保って来たのだ。




俺ひとりを除いて。




伊織綾人は鍵である。

それは人間であって人間ではないことを意味する。そもそも、鍵といってもなんのための鍵なのかいまいち理解していない。今回のように、彷徨い人をどうにかするのが役割なのだろうか。

それすらもわからない。




俺は何ひとつ、世界の構造を知らないのである。







ただ一つ言えることは、俺は俺のことを知りたがっているということだった。

何のための鍵なのか。俺の、存在意義を。

その謎を解くには、


「だからさ〜今回のはあたしが考えたお話ってわけじゃなくて、夢をね?」

「神崎さん!」

「へ?」




「今日、一緒に帰れるかな。その……二人で」




神崎風莉の存在が何かのヒントになるのは間違いなかった。


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