魔術師希望様ご案内
その部屋には出窓があり、白いレースのカーテンが掛けられていた。ライムグリーンの落ち着く壁紙、フローリングの上には濃い緑のラグ。ベッドは青い草花の模様で統一されている。
洋風で十五畳くらいあるだろうか。キッチンはないので建物の一室と見るのが正しいかもしれない。前回の男よりはお金はかかっているようだ。貴族なのだろうか。
ゴミひとつ落ちていないのは几帳面というより誰かの手が入っている気がする。
「白井晃さんですね」
リュミ神官は静かに名前を呼んだ。
「あんだよっ」
目の前にいる男は混乱しているのか元からなのか、あくらを組み、絡んでくるような物言いをした。
「失礼しました。前回の転生者さんは大人しい印象の方だったので、そちらの世界はそんな住民ばかりかと思っていました」
「あぁん?」
男はツナギを着て髪をオールバックにしていた。彼は18歳当時、こんな格好をしていたのだろう。
「高校中退、28歳。暴走族〈夜露夜露〉の総長をしていたにも関わらずマザコン。仲間が更生して社会人になるも取り残され、目つきの悪さから派遣社員すらなれず親のスネをかじる。合っていますか?」
「……るせーわ」
なぜか返事が五秒遅れた。
「それが転生になんか関係あんの?」
「ただの本人確認です。私のことはリュミ神官とお呼び下さい」
「神官?」
「はい」
「へ~、スゲーな。オレ、本当に転生したんだな」
白井晃は手を強く握りしめた。
向こうの世界は個人差が激しいようだ。
髪は妙にべったりと光っているが、あれは種族の違いだろうか。それともやはり身分の違いか。それとも地域格差か。
今回は彼らの世界をもっと詳しく調べるつもりだった。だが転生者の二人目が意外と早く見つかってしまい、時間が取れなかった。結局、理解と呼ぶまでは到達しなかった。
「前世でアホの子と馬鹿な奴、両方言われているようですけれど、本当の所はどちらなんですか白井晃さん」
「る、るせー」
やはり疑問は早いうちに本人に聞いておいた方がいいだろう。
「それでバイクはナマハXT1200Zに乗っていたのはナマハ音楽教室に通っていたからですか? 眉毛がないのは部族の掟でしょうか?」
「……う」
「ママお手製のシュークリームが好物だったらしいですけどどんな味でしたか? 仲間が影で『頭の軽い成金総長』と呼んでいましたが向こうの人型は頭の重さに差があるのでしょうか? で成金って?」
「……」
なぜか白井晃はうつむき黙り込んでしまった。
やはり威嚇はするが大人しいタイプか。きっとあの星の人間は基本そうなのだろう。
「ここではなんですので」
リュミ神官は外に出て説明することにした。
そよぐ風に甘い香りが漂い、深呼吸したくなる。空は薄い藍のグラテーションがかかり、夜の雰囲気を醸し出している。
ちゃんと今日は仕事をしているようだ。
リュミ神官は胸を撫で下ろした。
「なんで家がガレージなんだよぉっ!」
外に出ると白井晃はすぐに叫んだ。
扉を開けて振り向くと自宅の車庫になっているのが不思議のようだ。
「なんでと言われましてもねえ」
「家がねえ!」
「それは魂のみの転生ですから。ただ寂しいだろうと、いつも入り浸っていた場所の外側をコピーしました。あ、シャッターに見えますがドアになっていますよ。ノブがあるでしょう、そこを開けると先ほどの部屋に繋がっています」
「お、魔法なの?」
「魔法といえば魔法ですが……おもてなしの心を大切にした結果です」
「スゲーよ、魔法だぜっ」
白井晃は腕を高く上げ、ガッツポーズをした。よほど嬉しいのだろう。
「オレさ、大魔法使いを希望してんの」
「はい。古臭い不良から大魔法使いにジョブチェンジですね」
「あ、うん。まあ……喧嘩はマジ強かったんだよ。でも痛てーだろ。痛てーからさ、魔法でバンバンやっつけるのに憧れてんのよ」
「そうですか」
「ステータス・オープン!」
白井晃は前回と同じ言葉を叫んだ。やはりこの言葉にこだわりがある世界なのだろう。一応、口に出さずとも念じれば出る仕様にはしてあるが。
「おっ、地・水・火・聖魔法から闇魔法、空間に召喚など全属性オールМAX! おまけにレペルも999!」
「あの」
「オレ様、完璧じゃんっ」
「ここ魔法禁止です」
「――は?」
「いえね、見て下さい。この緑に覆われた大地。こんな所で使ったらどうなるか想像して下さいよ。使える者は使えますが、神職以外の一般人には禁止令が出ています」
「……」
「転生前の星より酸素が多いんですよ、この大陸。どうせ解説書は読んでいないでしょうから説明すると、うちの大陸は宇宙空間に風船が浮かんだようなものなんです」
リュミ神官は指で丸を描いた。
「そこに水が三分の一程度入っていて、この大陸が浮かんでいる。イメージできますか、ラピ×タみたいなもんです」
「ジ×リかよっ」
「森林が大部分で、地面には土と砂がそこそこ。村は7つ8つありましたかね。もちろん中世ヨーロッパ風ではありません。ちなみに私は進撃の×人の方が好きです」
「そっちかよっ」
白井晃は頭を抱えてその場に座り込んだ。
「希望に沿うって書いてあったじゃんかよぉ」
「小さい文字で期待には沿えませんと入れ込んでありましたが」
「悪徳保険屋かっ!」
「うーん。ご不満なら魔界を紹介しましょうか」
「え。あんの?」
「この水晶宮がある丘の反対側にあります。大陸の端で大きさは東京ドーム8万個くらい」
「想像できねーな」
「私もドームを見たわけではないので確信はありませんけどね。一応、魔界は強固な結界が張ってあるのでこちらの森林や大陸には影響がありません。魔法、使いたい放題です」
「じゃオレ向きじゃん」
「転生募集をかけたのは一応こちらサイトなんですけれど、押し付けは可能です」
「……なんかモヤモヤするけど言葉が見つからない」
「トップの魔王はエンシェント・ドラゴンです。が、将軍他は人型も多いです。半魔獣というか耳やしっぽが付いている人がいますね」
「……それ良いかも」
「近くになんか大会があるとか聞きましたけどね」
「行くっ。絶対行く」
「ではこの書類にサインをお願いします」
リュミ神官はゆったりとしたロープの中から200枚ほどの紙と500枚を超える魔界説明書を取り出した。
『――で、今回の転生者は魔界に行ったんじゃな』
〈神〉は不満げな声を出した。
『ワシの出番なかったな~』
「仕方ないですよ。間違って魔法を使われたらこちらは被害を受けますし。それにもう来てしまった者に帰れとは言えないでしょう。横流しルートは極秘なんですし」
『それもそうじゃな』
「家ごと転移魔法で送っておきました」
『ん? 確か向こうは完全な学歴社会じゃが』
「ええ。バリッパリの学歴社会ですね。魔法はみんな当たり前に使えますから、学業で抜きんでるしか生き残る道はありません」
『教えた、それ?』
「行きたくなくなったら困るでしょう」
『……うん。君らしいね……』
「誤解しないで下さい。ちゃんと学校に入れるように転入手続きはしましたから。それに魔界語は難しいので、教科書は彼の星の共通語にしてもらっています」
『それは良いことをしたわな』
「はい。全部英語です」
リュミ神官はいつものように花のような笑みを浮かべた。
『ところで魔界から〈第2065回環境魔法の地域格差についての弁論大会〉の招待状が来ているんじゃが――』
「行きません」
読んでいただきありがとうございました。