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勇者希望様ご案内

 元は白だったかも知れないカーテンが小さな窓に掛かっている。陽の光は入ってこないだろう。

 古ぼけたタンス、そしてささくれだった畳に万年床がぽつんと置かれている。

 キッチン付き六畳一間にはそれだけしかなかった。


「う、うぇ?」

 布団の前に正座している青年はどこか不安そうで、自分の手を開いて閉じてを繰り返している。と思うと顔に手をやり、頬を撫でだした。


「そんなに不思議ですか」

 この部屋に一番不似合いであろう神官が聞いた。

「ええ、まあ……」

 どうも目の前の男は自分の置かれている立場が理解できないらしい。転生だから仕方がないか。あちらの神には最低限のことしか伝えないようにお願いしてあるしわからないことがわからないのだろう。

「この転生にあたり説明書というか解説本読んでいただけましたよね」

 神官はにっこりと笑いかけた。

「あ……はい」

 どこか曖昧な返事だが、まあいい。サインはもらっている。

「そこに書いてあった通り、転生後、身体は男性18歳という年齢にセットしてあります。基本的に同じ人型ですが異世界ゆえ根本的に違います」

 ここで神官は当たり前の顔をして「わかりますね」と聞いた。

「いきなり魂の依り代を変えるのはストレスが大きいので、身体は生前の若き日になっています。顔や身体的特徴はもう少し経てばこちらに馴染みますが、そこはご理解下さい。周囲の環境に慣れてもらうにはこの方法が一番なんです」


「あの、それでこの部屋は……」

 男は周囲を見渡した。

「少しでもリラックス出来るように生前使っていた場所に似せています。持ち出せないのでコビーしたと考えて下さい。汚れた靴下7足色違いと洗濯前のパンツ3枚は衛生上、不可と判断しました。風呂はそこの台所のシンクで大丈夫でしたね。共同のトイレは無理なので外にあるバケツでどうぞ」

「……」

「33歳独身彼女なし、社畜。週六で手取り15万円。気弱で断れない加瀬健吾さんは勇者希望ですね」

「……嫌がらせですか」

「声だし確認です。二次元アイドル育成オタの加瀬健吾さん」

「嫌がらせですねえ!」

「初対面の方にまさか」

 神官はその曇りなき瞳を細めた。

「よくいらして下さいました。私はこの大陸で神官を務めさせていただいてますリュミエール・アルフレッド・ジュウと申します」

「……」

「長いので略してリア充と――」

「リュミ神官と呼ばせていただきます」

「はあ」

 リュミ神官、リュミ神官と神官はつぶやいた。なるほど役職だけよりも親しみやすいし、ちょっとカッコいいかも。

 神官は自分の新しい呼び方が気に入った。

「ではその名前でよろしくお願いいたします。後の話は部屋の外に出てからにしましょうか」



 部屋の扉を開けると少し上に水晶宮が目に入った。小高い丘の中腹だが、ここからでも十分周囲が見渡せる。

「空の色が今、桃色でしょう。あれはうちの神があなたを歓迎している証拠ですよ」

「あ、疑ってすみません……で、あれは」

 加瀬健吾は今出て来た場所を振り返りながら言った。

「ええと石垣の上に五層天守閣、白漆喰と黒漆塗の下見板。確か向こうの世界では家をシロと呼ぶんでしたよね」

「かなり……誤解はある気がします」

「一応、外側は見た目にこだわりましたよ。素敵でしょう」

 加瀬健吾は謙虚なのだろう。感動しているのか視線を定めることなく汗をだらだらかいている。

「……城が家……外にバケツはある……けどシロ……でもバケツ……」

「あ、ちょうど神様が来ましたよ!」

 リュミ神官が声を上げた。


『いらっしゃ~い』

 機嫌が良いのかローズ・クォーツの丸玉はふらふらと風に浮かれて乗っている。また前夜に異星間交流会でパチンコでもしていたのだろう。

『どう? 家は気に入ってもらえたじゃろうか』

「みたいですね。それから私のことはリュミ神官と呼んでくださいね。考えてみれば役職呼びは無機質ですから」

『あいわかった。リュミ神官じゃな』

「はい。エロ玉」



『――で、仕事の話はしたのじゃろうか?』

「まだです」

『じゃ、ワシが直々に説明しようかのう』

〈神〉が音もなく加瀬健吾に近寄る。と、彼は反射的にか一歩引いた。

「今、驚きましたね。それっぽく見えませんが、あの桃エロ玉が神様というのは本当です。この大陸の神は形を持たないので器として鉱物を依り代としています。今は水晶の一種です。以前は確かフローライトでしたね」

『じゃったなあ……』

「蹴ったら欠けてしまいましたよね」


「今、さらっと凄いこと言われませんでしたか?」

「は?」

「だから蹴るとか割れるとか」

 加藤健吾は自身の世界〈神〉と違いすぎて混乱しているようだ。

「そうですかねえ」

 やはり文化ギャップはまだ埋められていないなとリュミ神官は思った。

『そういえばワシ可哀想だ』

「誰の同情引いているんですか。フローライトは硬度がありませんからねえ」

『いや、この際は硬度関係なくない? ワシ、神様だから』

「ん~丸いものって見てると無償に蹴りたくなりますよ。ねっ」

「いや。ぼくに同意を求められても」

 リュミ神官はにっこりと加瀬健吾に微笑んだ。



『じゃ、仕事の説明はワシがするね。ここから一帯が見渡せるじゃろ』

「は、はい」

『ワシらが頼みたいのはあの森林の向こうの草原及び土がむき出しになった場所、そこに住む〈カチョー〉という魔獣を退治して欲しいのじゃ』

「健吾さんの世界で言うダチョウと似た形をした生き物です。良かったですね、社畜時代にイジメられた課長だと思ってやっつけて下さい」

「……」

「健吾……加瀬健吾さん?」


「す、ステータス・オープンッ!」


 加瀬健吾は何を思ったのかいきなり大声で叫んだ。

 すると空中に透明なカードが現れた。


「やった! レベル999の勇者。他のもMAXだし、剣聖に神の加護スキル付き!」

「ちょっと驚きましたよ。『びっくりするほどユートピア!』と叫びそうでした」

 リュミ神官はその反応に思わず一歩下がった。

「ありがとうございます。ありがとうございます! 勇者に転生した実感がいきなり湧いて大きな声を出してしまいました」

「謝らなくても結構です」

「あ~ぼくは勇者になって仕事を任される身になったんだな~」

「転生おめでとうございます」

「改めてお礼を言わせて下さい。夢だったんです、チートの勇者! カチョーか……倒しまくるぞ」

「私どもと致しましては魔獣を退治していただければ嬉しいです。やっつけた後は指定の場所に持って来て下さいね。あ、それとあまり強くはないですけれど、素手では無理なので武器もご用意しております」

 リュミ神官の後に〈神〉が言葉を続けた。『聖剣エクスカリバーじゃ』


「え、ええええええええええええっ!」

 加瀬健吾――勇者・加瀬は目を見開き、狂喜の雄たけびを上げた。

「聖剣エクスカリバー!」

「そんな凄いものなんですか?」

「もう憧れそのものですっ。リュミ神官はご存じないのですか?」

「私は神職ですので武器関係はまるで知らないのですよ。これは〈神〉からのささやかなプレゼントでしょう」

『そう。ワシからの贈り物じゃ。剣身には黄金で打ち出された二匹の蛇の姿。あふれる気品と殺気。あの草原と森の境目に置いてある。地面に刺さっているが、勇者殿なら抜けるじゃろ』

 丘からゆるやかな道を下にたどれば針葉樹の森に到達する。そこから道沿いに四十分ほど走れば草原に出るだろう。

『一本道だから間違いないわい。ワシがこんな球体をしているからここに持って来ることは出来なんだが。すまんのう』

「いえいえいえ。行ってきます。聖剣までいただけるなんて。ご期待に添いますよ」

 勇者・加瀬はやたら大声で宣言するように口にした。自信に満ちあふれ、炎のオーラが見えるようだ。


 リュミ神官は小さく「どういうツテで」とエロ玉にささやいた。

『異世界間交流会でのう』

「やっぱり……」

 この会話ははしゃぎ過ぎている勇者・加瀬健吾には聞こえていないようだった。




「それにしてもエクスカリバーなんてよく見つけられましたね」

『異世界間交流会もまんざらじゃないだろ。ま、アーサー王とは無関係の世界のシロモノだが、本物は本物じゃよ~』

「あ、昨日配達して来た剣がそれですか?」

『なんじゃ。知っとったのか』

「確か367キロありましたよね。クロネコニャマトが五人かかりで運搬して来ました。ちなみに受領印を押したのも、あの場所に刺すようお願いしたのも私です」

『そうなの?』

「ええ。私一人では重くて運べませんでしたから。ニャマトさんに頼みました」

『……あ』

「彼〈勇者〉ですからね……まあ」

『……』




『コホン。それよりステータスナントカで出る透明のカード……あれは何じゃ?』

「さあ?」

『さあ、って分かって作ったんじゃないのか』

「私はただ転生者の希望で文字を刻んだだけなので。何が書いてあるのかまでは存じておりません」

『う~ん……まだ相互理解は進んどらんな』

「もしかしたら一種の身分証明書のつもりかもしれません」

『なるほど。顔写真もあったしな。で、レベル999とかいうのは?』

「……生前の年じゃないですかね」

『スキルとかいうのは?』

「……自己紹介の一種」

『ワシもそう思う~』

 そういえばあちらの世界でカードゲームが流行っていたようだった。もしかしたら自分のオリジナルカードが欲しかったのかも知れない。

「彼はさみしがり屋だったのですね」

 リュミ神官は遠い目をして微笑んだ。

読んでいただきありがとうございます。

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