プロローグ
遠くに水平線が見える。深く透明な水が横たわり、オレンジ色に染まった空が映っている。その隙間に浮かぶ雲から光が幾層にも水面に伸び、虹が生まれている。
視線を陸地に戻すと遠くに草原が青くかすんでいる。足元に深緑の森が広がっており、丘から見る限りではごくごく平和だ。この風景は終りがないようで、死の狭間までこの姿なのだろうと思わせてくれる。
「……」
そろそろ時間だろうか。
神官は、そのままの足取りで小高い丘に位置する――水晶宮の奥へと〈碧き雷光〉の石を手に向かった。
水晶宮はその名の通りいくつもの水晶が寄せ集まってできている神殿だ。屋根に当たる場所も柱も壁も水晶でできている。
宮へのクリスタル・ロードも水晶が周囲にいくつも群生をしていた。〈道〉にあたる上り坂には強い波動を持つターコイズが敷き詰められており、青く染まっている。ここは神族のみに許された道でもある。
「早く夜にしなければいけませんね」
神官は鉱物で言うとアクアマリン――薄水色の瞳と腰まで伸びたシトリンの髪を持っていた。どちらも柔らかい聖なる光を帯びており、神官が動く度に鈴音が響く。
鈴の音をまとい、吐息から癒しの香こぼれる。涼やかで深い瞳は自愛に満ちて――それは神官が神族である証でもあった。
神官の体をゆったりと包んだ白いローブ・モンタント。高い立襟から胸元にかけてアラベスク模様の紅い刺繍がしてあり、どちらかというと色素の薄い神官によく似合っている。
そしてその神官は知っていた。これからこの大陸がどうなるのか。どんな未来が訪れてしまうのかを。
「このクソ困った時に合コンばかり行かないで下さい」
『合コンではない、異世界間交流会じゃ』
「同じです」
『色々な世界の神とな、仲良くなっておくのも良いもんじゃよ』
「それを合コンと言います」
『……一応ワシ、神なんじゃけど』
「それを言うなら私は神官です」
神官の前にいるのはこの大陸の〈神〉であり、水晶宮の主だった。
神は薄桃色の円球をしていた。直径15センチほどのローズクォーツだ。全方位の力を使えるため球体になのだが、宙に浮いているのはご愛敬。
「エロ玉でも神様なら〈夜〉の準備くらいしてもくれても良いんじゃないですかね。空の色を変えるくらい簡単でしょ。はい、電光の石」
『それより話を聞いて欲しいんじゃが……』
神官は電光の石を投げた。その石はいきなり出てきた神の手がキャッチした。
「はいはい、空の色しか変えられない神様、そこの玉座に置いて〈夜〉にしてください」
玉座といえば本来〈自己の社会的権威を誇示するため〉のものだが、ここではシンプルに石をそこに置く場所だ。ここに置くことで石の持つ潜在的能力が解放され、空の色を変え、〈夜〉にすることができる。また、石である〈神〉が鎮座することによって力を大陸全土に送ることもできる。
『じゃが、大切な話なんじゃ』
「交流パチンコで勝ったんですか」
『いや』
「では麻雀」
『それも違う』
〈神〉は身体をもぞもぞと動かした。
「ちゃっちゃと仕事してください」
『……例の人材不足の件なんじゃが』
「却下」
『今度は本当のことじゃ、今度は』
「あ~、それなら早く言って下さい。私はこれから大気に癒しの力を入れなければいけませんので」
神官は〈神〉と別の意味で大陸を維持するのに力を使う。〈神〉が居なくても大陸は存在するが、神官達が消えると大陸も消失すると言われている。
「今、危機的な人材不足なんです。壊滅的とも言えます。このままではこの大陸は立ちゆかなくなりますよ。なのにイタチ型の移民を受け入れろとかカピバラを捕まえたとか無茶ばっかり」
神官はすぐに信用はしなかった。今までこの〈神〉提案で数々の失敗をして来たからだ。
それを聞くと〈神〉は急に下卑た笑いを浮かべた。
『……実は異世界間交流会でのう、美人の神さんが新しく入ってきて』
ここで神官はケッと口を歪めた。
「醜い思いだし笑いですね」
正直、またかという気がした。
『いやいやいやいや、誤解じゃ。お願い最後まで聞いて。その美人さんがのう、不慮の事故で亡くなった魂の救済が間に合わないのぉとか甘い声で囁くんじゃ』
「……救済?」
『そこでワシはピンと来た。彼女は優しいお人でのう、心を痛めておるのじゃと。同じ神としてはそのまま困っているのを見過ごしてはいかんなあ』
「ええ、まあ駄目ですね」
神官はひとつ咳払いをした。
『じゃろ。ならば同じ神同士、融通をきかそうと、話合ったんじゃ。向こうの世界は我が大陸と同じく人型の生き物が多いようじゃし』
「……なるほど」
『おぬしは察しが良いのおぉ』
ピンクの玉はキラリと光り、神官は薄く微笑んだ。
「魂の横流しですね。その手がありましたか。それにしてもピンボイントでエロ玉に話を持ち掛けるなんて、やり手の女神ですねえ」
挨拶に行かなければいけないだろう。敵に回したくない。
「で、見返りに何を要求されました?」
『相変わらずどストレートな物言いじゃのう』
「本質を突くのは得意なもので」
『……うん。君はそう、だね……』
「すぐに募集文書いてプリントアウトして来ます!」
『え。え? 今?』
「善は急げというでしょう」
神官は水晶宮にある執務室に走って行った。
そして神と神官による極秘プロジェクトが始まった。不満を持ち亡くなった魂の受け入れだ。
〈求む、救い人。どうか我が大陸に力を貸して下さい。
今なら転生特典としてご希望の能力・武器等のご希望に沿うことができます。
さあ、あなたも新天地で第二の人生を〉
相手方の女神には異世界間交流会を通じて菓子折りと七カラットダイヤの指輪が手渡された。
読んでいただきありがとうございました。