34.夜の街編 自炊
日が昇っても大きな針葉樹の群れに阻まれ、少ししか明かりが入らない。太陽が傾けばもう部屋は薄暗くなる。ダイニングは玄関からすぐ目の前の場所にあり、無垢の木で作られたテーブルと椅子が四客。そしてすぐ横に壁付けのキッチン。その右奥には二階に続く階段が、左奥には暖炉とソファーが置かれた居間だ。
小さいけれども、居心地のいい、いたって普通の家。灯りは魔導人工物ではなくランプを使う。セフィライズは油を継ぎ足して、各所のランプに火を灯して回った。
白き大地には魔導人工物は存在していなかった。こうして油を継ぎ足し、火をわけて回るのだ。自然とろうそく作りが盛んになり、名産品として出荷などもしていた。魔術に長けていたはずだというのに、何故かそれを活用しようとはしていなかった。子供の頃、それが何故かということを考えることなどなかった。しかし今、ランプに火を灯し終わりながらふとセフィライズは思う。何故なのか。
灯りをわけ終わり、ろうそくをキッチンの端に置く。先程終業の知らせが聞こえてきた。多分そのうちシセルズがここに帰ってくるだろうと思った。振り返ると暖炉の前のソファーではいまだに彼女が眠っている。本来居るべき人ではない彼女の存在に、不思議と違和感を覚えることはなかった。
何か作業をする音が聞こえだし、スノウは目を覚ました。なんだかいい香りがする。辺りは魔導人工物では再現できない柔らかな光で包まれていた。暖炉の薪が燃え落ちる小さな音が優しく聞こえる。
ゆっくりと起き上がり、振り返るとキッチンで何か作業をしている彼の姿が見えた。まだスノウが起きた事に気がついていないのか、ナイフで野菜を切ったりしている。じっと、その姿を見つめて、言葉を探した。
殺さないで、と思わず叫んでしまって彼に怪我をさせてしまった。死に怯えて、逃げ出した。それからちゃんと面と向かって話してない。なんと声を掛ければいいか、答えが見つからないでいると彼に気が付かれてしまった。
「ん、おはよう」
「……おはよう、ございます」
目が見れなかった。怖いとか、そういう感情ではない。気まずいのだ。そしてとてつもなく、恥ずかしくて、胸が痛い。
「あの……お身体は、大丈夫ですか?」
ソファーから体を起こし、足を床につける。そのまましばらく足元を見てしまい、彼の事が見れないでいた。
「だいぶね。もうすぐ兄さんが戻ってくると思うから。何か飲む?」
スノウはゆっくり立ち上がり、少しずつ彼に近づいてみる。ガラスピッチャーの中に、香草とレモンの輪切りが入った水をコップに注いで手渡してくれた。受け取る時すら顔を見ることができずに、下を向きながら頷いた。
スノウのその仕草に、セフィライズもまた視線を落とした。まだ、何か思うところがあるんだろうと察しながら。
お互い無言になってしまう。ちょうどその時扉が開いて、少し肩に雪を積もらせたシセルズが帰ってきた。
「ぉ、スノウちゃん起きたの。大丈夫?」
「あ、はい。おかえりなさい」
シセルズはコートを叩いて雪を落とし、ブーツも払う。セフィライズがタオルを投げて渡すと、それを受け取って軽く雪を拭いた。しっかり落としておかないと、室内はすぐ濡れてしまう。
「おー、晩飯できてんの? お前の料理は久々かもな」
ちょうどその時、スノウのお腹が鳴った。それにシセルズが笑って、肩に手を置く。ほらほらと促されるままに彼女は椅子に座らされた。
シセルズはセフィライズの横にいき、料理を覗き込んだ。ちょうど皮付きの鶏胸肉が皮目から焼かれ、ぱちぱちといい音と匂いがする。パリッと焼きあがったそれを皿に並べ、平行して作っていたルバーブの塩味コンポートと、蒸したジャガイモを添えた。
「相変わらずうまいな」
「兄さんの方が料理は上手だよ」
「料理は、ねぇ」
ほかは違うと言った含みのある言い方が気になった。実際少し大雑把なところがあるほうが、料理は美味しかったりするのは事実。
スノウは黙って聞いていると、目の前に料理が並べられた。先ほど仕上がったメイン料理の他、ラブスコウスというじゃがいも、玉ねぎ、牛肉を塩コショウとローリエで煮たものと、アスパラガスにハーブがたっぷり入ったオランデソースがかかったもの。そしてスノウが作ったスープだ。
「俺は面倒臭いから、大盛りにして自分で取ればいいと思うんだけどね。なんだったら肉なんて、別にフライパンごと出せばいいし」
シセルズは洗い物減るじゃーん、と嬉しそうに言いながサワードゥブレッドをナイフで切る。しかし好みの問題で、セフィライズは分けて出す方が好きだった。洗い物も別に苦にはならない。
スノウは手伝った方がいいかとソワソワしていたが、シセルズが先に食べていいよと促しながらカトラリーを手渡してくれた。確かにほぼ丸一日何も食べていなくて、すでにお腹が空きすぎてよくわからなくなってしまっている。
「我らの神エイルと多くの命の糧に、感謝致します」
両手を祈るように指を絡ませながら手を合わせる。シセルズは珍しいものでも見る目でスノウを見ていた。




