33.ガラスの小瓶編 推理
セフィライズは昨日の話を振られて、少し考えた。あまり思い出したくないところもあるが、痛みの広がり方は本当に唐突だったと思う。何が原因なのかは全くわからず、今までに経験のない速度で全身に波及していった。
シセルズがタナトスに攻撃を受けた一部の兵士達の症状を説明すると、コップに口を付けながら視線を落として考える。しかし、答えは出なかった。やはり共通点が、見つからないのだ。
「そういえば、この小瓶覚えてる?」
セフィライズはタナトス化した二人目の兵士の部屋から持ってきたガラスの小瓶を出した。すかさず、リリベルから回収した中身の入った小瓶を並べる。やはり、ガラスの小瓶自体は全く同じものだ。
回収した経緯を兄のシセルズに追って説明する。スノウの友人であるリリベルとエリーが酒場で出会った男性から譲り受けたものであること。二人とも、おそらく一度以上は口にしていること。エリーだけがタナトス化したこと。
「まぁ、状況証拠が少ないだけに、怪しいのはとりあえずコレってことになるよな。あとでそのエリーって子の部屋を確認させてもらうけど」
もしエリーの部屋で、同じ小瓶が見つかれば確実性が増すということになる。シセルズは中身の入った方の小瓶を開けてみる。匂いを嗅いでみると、確かにインクの匂いではなかった。どこか嗅いだことのある匂いだが、思い出せない。
シセルズの手から小瓶を受け取り、セフィライズも匂いを確認してみる。彼は鉄のような、香りがする気がした。
「なんだろうな」
一滴、セフィライズは手の甲に落とした。黒い色の液体かと思っていたが、やや透け感のあるかなり濃厚な紅色だった。その一滴を、セフィライズはためらいもなく舐めた。
「ばかっ! お前何やってんだよ!」
慌てて弟の手から小瓶を奪い蓋をする。何事もなかったかのように舐めた後、少し考えるように口を動かしている。その後お茶を飲んですました顔をするものだから、なおさら腹が立った。
「ふざけんなよ。もしかしたらこれが原因かもって言ってんのに、舐めるとか、正気か?」
「すでに飲んだことのあるリリベルがタナトス化してないわけだから、一滴ぐらいなら問題ない」
「いや、そーいう問題じゃねぇって!」
心臓に悪い。本当にやめてほしいと心から思いながら責めるのだが、全く響いていないらしい。
「味はやっぱり、一滴じゃわからないな」
「いや、飲むとかいうなよ! これは俺が預かるからな!」
シセルズは小瓶を素早く自身の腰ベルトについたポーチの中にしまってしまう。流石に飲まない、とセフィライズが言うが全く信用できなかった。仮に弟がタナトス化したら、正直誰も止めようがなさそうだし、なんだったらこの国終わりそうだと本気で思っていた。
「とりあえず、俺は戻って他の兵士がどーなってんのかとか、エリーさん? の部屋とか確認してくるわ」
問題があれば従者が慌てて知らせに来るはずだから、きっと昨晩から朝にかけては何事もなかったのだろう。しかし事後処理が残っているのは事実。シセルズはあまりだらだらとこの場所にはいられないのだ。
立ち上がりって背伸びをする。それにセフィライズがついていこうとするのを止めた。
「お前はここにいるんだよ」
「なんで」
「お前、スノウちゃん置きっぱなしか? ここはお前の家だろ。面倒見ろ」
「いや、寝てるから……」
「残れ」
シセルズはものすごく不満そうな顔をして見せるセフィライズの額を、指で小付いた。
「ちゃんと言うこと聞けよな」
「……いくつだと思ってんだよ」
子供の頃から、何かしら絶対的な指示を出すときは大体額を指で軽く小突く。そのあと指差して、わかったな? と言った趣旨の言葉をつなげるのだ。まるで子供扱いに、セフィライズはかなり不服そうな表情を見せてくる。しかし何も言い返したりはしない。その姿が本当に昔から変わらなくて、シセルズは少し可愛く見えてきていた。
「俺から見たら、お前はいつまでもガキだよ。じゃ、お兄ちゃんはお仕事に行ってくるから、お前は今日はゆっくり休め。夕方戻ってくるからな」
「わかった」
出ていく兄を見送ったあと、セフィライズは自身の手のひらを広げみる。握ったり開いたりしてみたあと、首を軽く動かしてみたりして、体調の変化を確認した。
「なるほど……」
話に聞いた通り、小瓶の中の液体を一滴舐めただけだが、寝た気がせず全身にまだ疲れが残っていたのが嘘のように無くなっている。気持ちも明るくなるし、体が軽い気もする。しかし、自然にではない。無理やり仕向けさせられているような感覚。妙な違和感と、そして変な飢餓感が胸の辺りに、しこりのように存在していた。それが、もう一度あれを飲みたい、と思わせる何かだと気がつくのに、あまり時間は掛からなかった。
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