32.ガラスの小瓶編 食事
髪を洗ってきたセフィライズは白いタオルで水分を拭き取る。本当は伸ばしたくもない髪だが、今は肩ぐらいのところまできていてなかなか乾かない。面倒くさい事この上ないが、仕方ないと諦め半分で、必死にタオルで髪を挟んで拭いた。
シセルズは椅子に座るセフィライズの前に、スノウが作ってくれた具沢山のスープを置く。一見普通にみえるそれだが、シセルズには妙な匂いがしているように感じた。独特、というのだろうか。
「とりあえず、実食いきますか」
女の子が作ってくれた手料理。なんという魅力的な響きだ、とシセルズは食い気味に大きめの具をすくい食べた。正直ちょっと、切るの苦手なのかな、という印象を与える野菜のかたち。
一口……不味くはない。不味くはないのだが、なんとも言えない独特なあと引く苦味がある。そして鼻に抜ける、妙な爽快感。見た目は濃厚そうな野菜たっぷりスープなのに、何かがおかしい。
シセルズがどう反応していいかわからないままでいるのを、まだ一口も食べていないセフィライズが笑った。
「お前も食ってみろって」
「いや、食べなくてもわかるよ」
解せない。食べなくてもわかるわけがない。セフィライズの口に突っ込んでやりたくて仕方ない状態のまま、シセルズは二回目を口にした。やはり、なんだかよくわからない味がする。シセルズの表情にまたセフィライズが笑った。
「だから、お前も食ってみろって!」
不満だ。笑うだけ笑って食べないのが。スプーンですくったものを、突き出してセフィライズの前に持ってきた。
「ほら、食えよ」
「いいよ、まだ髪が濡れてるから」
「逃げんなよこら。ほら食えって」
仕方ないなぁという表情のセフィライズが、兄が差し出すスプーンを口に入れる。それを見て、シセルズがやった、という表情を見せた。
「どうよ?」
「何が」
「いや、味だよ」
シセルズの直球な言葉にセフィライズは苦笑した。たしかに、言いたことはわかる。独特な苦み、スープに似つかわしくない変な爽快感。しかしセフィライズは、この理由がわかっていた。
「彼女の地域の料理だからだよ。こういう香草を入れる風習がある」
住んでいた地域で育っていた作物、よく使われる野菜。どれも土地が変われば違ってくるのは当たり前だ。セフィライズは最初からわかっていた。そしてこのスープは、彼女の土地では滋養強壮として、相手を想って作られる薬膳に近い料理なのも。香草や薬効のある食材を使う為に、独特な風味になる。味は不慣れかもしれないが、彼女なりの想いがあったからこそ作られたもの。
セフィライズは濡れた髪をそのままに、拭くのをやめてタオルを首にかける。暖炉の前のソファーで眠いっている彼女を見て優しげに微笑む。
自らもそのスープを口にしてみた。妙な味、とはまさにこのことだが、これは彼女なりの優しさの味。
穏やかに微笑みながら食事をする弟を見てシセルズは安堵した。ああ、もうとっくの昔から、スノウに心の一部を開いているんだなって。
「安心した」
きっとそう遠くない未来。セフィライズが本当に、心を開く日がくる。傷の舐め合いみたいな、呪われてる自分達の関係も、存在も、きっと彼女が癒してくれるだろう。その道の先に行きつくのは、真っ暗だとしても。その瞬間、暖かい日向の上を歩けるのなら。それで救われるのなら。
「俺は満足だわ」
口に出してしまった。でも心から、よかったと思う。その先のことは、また考えればいい。今は、まだこの先が明るいことの方が、嬉しかった。
「何が?」
「ひみつー」
セフィライズが不思議そうな顔で首を傾げている。弟も大概何も言わないけれど、自分も同じぐらい何も言わないかもしれないとシセルズは思った。でも、ちゃんと、兄弟をやっていけてると信じて。
結局セフィライズはちゃんと最後まで完食したが、シセルズは残してしまった。
食後にセフィライズがお茶を入れるために湯を沸かす。使い込まれてはいるが丁寧に管理されたケトル。それで茶葉を煮出す際に、棚に置かれた乾燥させた香草を何種類か混ぜていた。
「お前、そういうとこあるよな」
実際自炊が長いのもあって、調味料が揃っているのはわかるのだが、明らかに必要ないであろう種類まで置いてある。だからスノウがあの独特な料理を再現できたのだろう。
「集めたくなるよね」
「いや、俺は興味ないかな」
管理しきれないから物は持たない派のシセルズと、ある程度管理ができるなら増やしたい派のセフィライズ。見た目が似ていても、性格や趣向は変わってくるもの。
「で、お前昨日は何が起きたんだよ」
シセルズは木製のコップに注がれたお茶を出され、それを手に取りながら言う。お茶を入れ終わって一息ついたセフィライズが目の前で飲み物に息を吹きかけていた。湯気が目の前で広がって消えていく。




