31.ガラスの小瓶編 大丈夫
「大丈夫です」
スノウはシセルズに微笑みかける。彼の言っている事は、まるであの時、セフィライズが公園でスープを片手にスノウへ言っていた言葉と同じに聞こえたからだ。
「わたしは、わたしの意志で選びました。だから、後悔なんてしません」
胸に手を当てて、目を閉じる。シセルズも、セフィライズも、彼女の事を心配して、想って。だから言ってくれている。その気持ちが嬉しい。でも、選ぶのは自分自身。
「ありがとうございます。シセルズさん」
不安で、怖くて、見えない未来に怯えてる。そんな風に感じたから、スノウはできるだけ、安心できるように笑顔を見せた。何も心配ないんですよ、わたしは大丈夫ですよ、と伝わるように。どうか、彼らが、自身の生まれに思い悩まないように。
「そっか……」
ああ、スノウちゃんで、よかったな。シセルズはそう思う反面、複雑な気持ちでいっぱいになった。自分では伝えられない沢山の言葉。きっと、いつかセフィライズが伝えるんだろう。その時、どんな気持ちになるのだろうか。どんな顔して、伝えるのだろうか。その、いつかという日を、思いながら。
「よし、俺が起きたし。スノウちゃんが次に寝るんだな!」
戸惑う彼女のところまで行き背を押す。シセルズは、二階の寝室に連れて行こうかとも思ったが、以前シセルズが使っていたものとセフィライズが使っていた寝室だ。どちらもスノウには使いにくいだろうと思い、暖炉の前にあるソファーを動かす。シンプルに編み込まれた肌触りの良いクッションを取り除くと、先ほどシセルズが使っていた毛布を持ってきた。スノウをやや無理矢理寝かせた上から毛布をかける。
「俺がいいよって言うまで、目を開けたらダメだからね。はい、いーち、にー、さーん……」
スノウは申し訳なさそうな顔をしながらも、指示通り目を閉じた。次第に彼女の、困った表情がなくなり息が深くなる。きっとかなり眠かったのだろう。すぐに彼女は夢の中へ行ってしまった。
「お疲れ」
シセルズはトントンと優しく彼女の頭を触った。立ち上がり、体の凝りをとるように腕を伸ばす。深呼吸して腰に手をつくと、一息ついた。
「さぁて、セフィ。お前、起きてんだろ」
シセルズの足元、真後ろで横になっているセフィライズに声をかけた。反応を示さなかったが、しばらくたつと、彼はゆっくりと体を起こす。
「兄さんが変な話するから、起きるタイミング逃しただけだよ」
起き上がったセフィライズの顔に変な赤い跡がついている。顔を下に向けていたせいで、布の折り目が痕跡になっているのだ。シセルズはそれを見て笑いながら彼の隣に座る。
「どっから聞いてた?」
「……、関わらない方がってところから」
「あー……」
お互い言葉が止まる。何を言っていいかわからないままに、複雑な表情を見せた。
「俺たち、こんなんだもんな……お前が、なんでそう、なんつーか……あれ」
人を避ける理由。疎遠にする理由。きっと、シセルズと違って相手に対して真面目なんだろうと思う。適当に、まぁまぁな関係で、なんて言うのが出来ないから。考えてしまう、自分という存在が、どう影響を与えてしまうのかを。
「……スノウが自分で選んだのなら、もう何も言うことはない」
下を向きながら、体をまっすぐ起こして気持ち悪そうに髪を触っている。けれど、シセルズにはどこか嬉しそうにしているように見えた。
「大切にしろよ。お前みたいな根暗相手に、こんな珍しい子いないからな」
「根暗って……」
「事実だろ、ばーか」
シセルズは握り拳でセフィライズの頭を小突く。それをあしらうように手で払われた。自然と笑ったし、向こうも自然と笑っていた。暖かな気持ちになる、こうして普通に会話して、笑って。こういうのが、もっと他人と、自然にできるようになってくれればいい。
「お前、もう体は大丈夫か?」
「まぁ……寝た気はしないけど」
体はまだ痛む気がした。疲労感も取り切れず、夜遅くまで働きすぎてそのまま寝てしまった後のような感覚だった。
心臓のあたりを抑えてみる。あの不気味で急速な痛みはなんだったのか。体の中を、汚染されていくような不吉なものが全身へと広がっていくようだった。
「とりあえず、髪がやべー事なってるから洗ってこい。その後ほら、飯食おうぜ、スノウちゃん作ってくれたから」
ほらほらと背を叩かれた。髪にまとわりついた乾いた血が肩にぱらぱらと落ちて不快感が増す。セフィライズは立ち上がると体を伸ばし、わかった、と答えて髪を洗いに向かった。




