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30.ガラスの小瓶編 消耗




 シセルズは自身の装備からナイフを取り出す。ためらわず、左腕を切り付けた。髪と目の色を変えていても、彼はセフィライズと同じ白き大地の民。血液は、マナに変換される。


「頼む」


 血液が一滴一滴、滴り落ちている。シセルズに促され、スノウは頷き再び手をかざした。助けたい。伝えたい事があるから。言葉で表現できるかはわからないけれど、どうしても、どうしても。

 もう一度笑いかけて欲しいと、思うから。


「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣(ユニコーン)に身を捧げし一族の末裔なり。魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の汚れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」


 シセルズの血液が淡い光の粒子になっていく。マナに変換されセフィライズの体を包むと、柔らかくて、暖かくて、優しい、光が弾けた。スノウは自身の体も、回復した実感を得る。

 その瞬間、シセルズが急に崩れ落ちそうになり両腕で体を支えた。


「大丈夫ですか!」


「やっべ……すげぇ持ってかれんじゃん、これ……」


 身体中から血液をごっそり持っていかれたような疲労感だった。急激に血がなくなりめまいと頭痛が酷い。

 スノウの今の技術では、誰からマナを貰い、どこまで使うのか、操作できない。意図せずに、セフィライズの傷と痛みを、自身の減ったマナを、シセルズの怪我を癒やしてしまった。


「スノウちゃん、ごめん。俺、だめだわ……」


 シセルズは床に倒れ込む。そのまま意識が混濁して溶けていった。スノウがシセルズに何かを言っているようだが、もう彼には聞こえない。


 いつも平気そうにナイフで自分を切っていた。その後魔術を使っても平気そうにしていた。こんなに持っていかれるなんて知らなかった。でも、それはあいつが、()()だからなのかもしれない。

 シセルズは沈む意識の中で、そう思っていた。









 

 シセルズが目を覚ますと朝だった。部屋にやわからな朝の光が差し込む。暖炉の前のソファーや、ラグに光の斑点が揺れていた。外からは鳥の囀る声が聞こえる。

 昨日の夜はいろんな事がありすぎて、なんだか記憶が曖昧。目覚めた後もぼーっと目の前を眺めて、そしてそれが暖炉だと認識した時、ここがどこか、ということを理解した。起き上がると掛けられた毛布がずり落ちる。手を動かすと何か柔らかいものに当たった。それが自身の弟だと気がつくのに少し時間がかかった。


「セフィ?」


 少し揺すってみるも、反応はない。しかし何事もなかったかのように静かに寝息をたてている。ほっとした。心から、よかったと安堵の表情で見る。


「シセルズさん、おはようございます」


 声がした方を向くと、食事の支度を整えているスノウが立っている。朝の柔らかな光に当てられて、彼女の金髪はふわふわと輝いて見えた。


「よかった、大丈夫ですか?」


「あー、うん。俺、すっげぇ寝てた?」


「大丈夫ですよ。むしろ私が使いすぎたせいで、ごめんなさい……心配しました」


 切り付けたはずの腕には、怪我がなくなっている。彼女の癒しの力は本物だと、シセルズは自身の体で再認識した。同時にセフィライズの頭を触ってみる。相変わらず髪についた固まった血液はポロポロと砂利のように落ちてくるが、傷口は見当たらなかった。


「すみません。ベッドに運ぼうかとも思ったのですが、わたし一人では出来なくて……寒くなかったですか?」


 見れば暖炉の火は燃えたまま。昨日の真夜中からずっと、だとしたら火を見ている人が必要だ。寝ている時は暖炉の火は落とすものだ。仮にも火事になる可能性がある。


「スノウちゃん……寝た?」


 聞かれてスノウは戸惑った。寝てないですよ、と答えるわけにはいかない。しかし、寝ましたよ、と答えるのは不自然だ。どうしようかと言葉を詰まらせていたら、シセルズが少し噴き出して笑った。


「似てるよ、そういうとこ。こいつに」


 そう言って、自身の弟の顔にかかる髪をよけてやる。寝顔は昔から変わらない、子供みたいな顔して。セフィライズも、嘘が苦手で、言葉によく詰まる。すぐに発言しない時は大体誤魔化したり、嘘をつく解答に困っている時。


「お腹すいてませんか? 勝手にお借りしました」


 彼女が鍋のスープをかき混ぜる。配給の二斤分はあるかというパン取り出し、ナイフで切り分けていた。それを無垢の木の皿に乗せ、無垢のテーブルの上に並べる。


「なぁ、スノウちゃん。昨日の、話だけどさ……」


 シセルズはスノウのセフィライズへの気持ちを、どう思っているかの話をしようかと迷った。弟の事が好きだと、気がつかせてしまった。今ならまだ、引き返せないか。無かったこと、できないだろうか。


「こいつ、こーいう奴じゃんか。言いたいこと言わねぇし、自分から何でも抱え込むし、ひとりで、解決しようとするしさ。スノウちゃんがこの先、セフィといたら傷つくんじゃないかって、俺……心配になって」


 シセルズは知っている。この先を。行き着く未来。今なら、まだ、間に合うから。今なら、まだ。


「俺達に関わらない方が、幸せだったって……思う日が、来るかもしれない。後悔、するかもしれないから」


 わたしはセフィライズさんの事が好き。

 そう言った彼女の言葉を、止めるべきだった。気持ちを認識させるような事を、言わせるべきじゃなかった。弟が隠していること、逃げていること。

 必ずやってくる。いつか。

 それを伝えるのは、シセルズではない。だから言わない、言えるわけがない。

 今なら弟が言いたかった言葉がわかる気がした。傷ついて欲しくないから、大切にしたいから、疎遠にするんだって。あいつなら言いそうだとシセルズは思った。


 スノウはシセルズが何を言いたいのか考えていた。きっと彼が言いたいのは、白き大地の民という、生まれのことだろうと思った。それならば、彼女は何も気にならない。ただ、見た目が少し違うだけ。それに何が問題があるのだろうか。

 セフィライズが剣をふるい、それによって人が死ぬ。衝撃を受けたのは事実。怖かったのも、事実。

 スノウは胸に手を当てる。思い出す、たくさんの記憶の欠片。彼は、本当はとても、優しい人だ。









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