28.ガラスの小瓶編 激痛
「シセルズさん! ここにいらっしゃいましたか!」
息を荒げながら必死に走ってくる兵士が1人。シセルズの前で止まり、敬礼をした。
「大変です! 救護していた、兵士がっ、突然苦しみ出して!」
怪我したものの手当をしたいたところ、胸元を抑え痛みを訴えだしたという。それがひとりふたりと増え、その異様な様に怯えだす者まで。
「救護班ではどうにかならないのか?」
もうすでに真夜中。シセルズは本当に慌ただしいと思った。昼過ぎに城下町で発生した怪物の対応から、一息つく暇もない。
「それがっ、異常なんですっ! 様子が変で、どうしていいかわからなくて!」
「今行く。スノウちゃんは、とりあえず今日は……」
スノウはシセルズの言葉を遮るように、自身の両頬を叩いて立ち上がる。未だ先ほどまで泣いていたのがわかる腫れた瞳には強い意志の灯火があった。
「わたしがいきます!」
いつまでも、泣いていても仕方ない。いつまでも、心をかき乱されていても、仕方ない。今できることを、精一杯したい。苦しんでいる人がいるなら、助けたい。強い瞳でシセルズをみると、彼はセフィライズとよく似た笑顔で頷いてくれた。
走ってきた兵士について走る。救護室に近づくと、廊下には何人もの呻き声や苦痛の叫び声がこだましていた。確かに異常な声だった。部屋の中にはベッドが並び、その上で泡を吹きながら失心しているもの、悶え苦しむもの、激痛に耐えるように身をよじらせるものが数名いた。それを、同じく怪我を手当された兵士や救護班の人間が必死に世話をしている。背をさすったり、声をかけたり、鎮痛剤として効くであろう薬を無理やり口に飲ませたりもしている。しかし、一向に激痛が収まらない複数名の兵士達の苦しむ様が、まるで地獄絵図のようになっていた。
「どうした、何があった!」
シセルズが一番手前の兵士に近寄りながら、周りのものに状況を効く。しかし全員が、突然に苦しみ出したと答えるだけだった。
「シセルズさん、わたしにさせてください!」
スノウはずっと、ためらっていた。セフィライズの静止を聞かず、癒しの術を使ってしまったせいで酷い事をしてしまった。ずっと、自分のせいだと思って、だからこれからは、彼の了承をとってから使うと決めていた。しかし目の前で苦しむ兵士を見て、今すぐにでも助けてあげたい。一人の兵士の手を強く握って、シセルズを見た。
「スノウちゃんがいいなら、俺は構わないけど」
判断に困った。シセルズは実際一度しか彼女の癒しの力を見ていない。カイウスの時は一度でだいぶ疲労感が出ていたようだが、それを気軽に使わせていいものなのか。セフィライズがいれば判断を仰げるかと思ったが、あいにく今はいない。
「わかりました」
スノウは苦しむ兵士の手を強く握る。心から、この人を助けたいんだと願いながら、気持ちをこめて精一杯、彼女は詠唱を始めた。
「我ら、癒しの神エイルの眷属、一角獣ユニコーンに身を捧げし一族の末裔なり、魔術の神イシズに祈りを捧げ、この者の穢れを癒す力を我に。今この時、我こそが世界の中心なり」
スノウの体から溢れるマナの輝きが、彼女の手から繋がれた兵士の体へ移動していく。光の膜ができるかのように広がり、そして最後の言葉で弾け飛んだ。
激痛に訴えていた兵士は、目を開けた状態で驚いていた。体はまだ思うように動かないみたいだけれど、しかしもう痛みは感じていない表情だった。
「大丈夫ですか?」
スノウは兵士へと優しく語りかける。ゆっくり頷くのを確認して、ほっとした。
「すげぇ。スノウちゃんは大丈夫?」
「はい、思ってたよりも、大丈夫です」
体内のマナが無くなったことで、疲労感はあったが倒れる程ではなかった。他に苦しむ兵士達全員、なんとか助けてあげられそうだとスノウは思った。
一人一人のところに歩み寄り、一人一人の手をとり、慈愛の表情で詠唱を唱える。一人、また一人と助けていく。しかし彼女はだんだん、立ち上がるのも辛くなってきた。最後の一人までなんとか終えきると、酷い疲労感で息が少し荒くなり、体を支えながら立ち上がった。
「お疲れっ!」
シセルズは彼女の肩を叩く。助けた人たちの穏やかな表情を見て、スノウは満足感に浸っていた。わたしでも、ちゃんと人を、助けることができる。その事実に嬉しくて、胸に手を当てた。
「どうしてこうなったかわかるか?」
苦しみのあまり癒された後に気絶したように眠ったものもいたが、起きているものもいた。聞いてみるも、本人も突然に、と言うのみで原因かわからない。シセルズは苦しんでいた兵士達の共通点を探した。
「ここにいるのは、全員あのタナトス……化け物にやられて負傷した奴らか?」
「はい、ですが直接触られたものと、逃げる際に負傷したものもいます」
苦しんでいた兵士達は、聞く限り全員が直接タナトスに怪我させられたものだった。しかし同じ条件で平気にしている兵士にも数名。何が違うのか、シセルズには全く判断がつかなかった。
タナトスに負傷させられたものの中で、一部がこうやって急に苦しみ出す。なぜなのか。今平気にしている兵士達も、時間が経てば似たように、激痛を訴えるのだろうか。
一人一人、痛みを訴えた場所が違うかと思えば、みんな胸だと答えた。心臓から身体中に何かが広がって、それが内側から外に向けてとんでもない痛みをもたらしているらしい。それが何かわからないと、全員同じような感覚を訴える。
「とりあえず、直接攻撃を受けた奴らは、必ず誰かと一緒に過ごせ。突然誰もいないところで発症しても助けてやれねぇからな。あと……」
言葉を繋げようとして、シセルズは気がついた。
直接、タナトスに攻撃されたのは、何もここにいる兵士だけではない。シセルズとほぼ同じくして、スノウも気がついてシセルズを見た。
「あいつ……!」
首を絞められたセフィライズは、今、多分一人だ。




