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26.ガラスの小瓶編 揺れる




 セフィライズはスノウに兵舎で起きた事を話した。またあの黒い化け物が発生したこと、それを断ち切ったら人に戻ったこと、その兵士が持っていた物がスノウの見た小瓶と似ていること。スノウはその話を黙って聞いていた。


 彼らはリリベルの部屋の扉を叩いてみた。これでいなければ、探しに行かなくてはいけない。しかし、かなり時間を開けて不安そうな顔の彼女が出てきた。目の前に普段なら深くフードを被り髪を隠しているはずのセフィライズが、そのまま立っている事にとても驚いて敬礼するのに間が空いてしまう。


「これに見覚えはあるか?」


 彼はガラスの小瓶を取り出し彼女の前に出す。それを見て、すぐに何の話かわかったのか表情が曇った。


「はい、えっと……」


 リリベルは戸惑いながら部屋の奥から小瓶を持ってくる。中に液体のはいってるそれは、セフィライズが手にもつものと全く同じ形だった。


「これをどこで?」


「昨日の夜、城下町でエリーと食事をしている時に、知らない人から貰いました」


 リリベルの説明によると、エリーが最近疲れている話を聞いていたところに、初老の男性から話しかけられた。色々と親身になって話を聞いてくれる男性に好感を持って過ごしていた最後に、目の前に出されたガラスの小瓶。説明によると体力回復、気持ちを向上させるという。怪しいものじゃないとその初老の男性が自身の飲み物に一滴混ぜて飲んでみせてくれた。

 お酒の入っていた二人は、直前まで親しく話していたのもあり、自身の飲み物に一滴、混ぜて飲んでみた。すぐに体が軽くなり、気持ちが落ち着いた。辛いこと、悩んでいたことが嘘みたいに感じなくなり驚く。今後困ったら使うといいと渡された小瓶を受け取った。とのことだった。


「回収させてもらってもいいかな」


 セフィライズが説明を省いたせいでリリベルは何の話か理解していなかった。隣にいたスノウが慌てて今までの経緯を説明する。驚いた表情をした彼女は、とても戸惑っていた。無くなってしまっては困るのだろう。しかし、同意する他ない。差し出されたそれを彼は受け取った。


 その時、扉に何かをぶつける音がした。リリベルの部屋から見て反対にあり、内側から激しく打ち付けられているようだ。その衝撃に、木製の扉がミシミシと音を立てて、今にも破壊されそうになっている。

 スノウはその部屋の住人が誰か知っていた。リリベルの友達のエリーの部屋だ。

 セフィライズはリリベルに部屋に戻るよう指示を出すと、彼女はすぐに扉を固く占める。


「下がって」


 嫌な予感がした。彼女をその場から離れさせ、セフィライズ自身も距離を取った。軽く周辺を見渡すも武器になりそうな物がない、仕方なく両手を前に構えた。


 ぐしゃりと木が裂けて曲がる音と共に、扉が破壊された。中からゆっくりと出てきたのは、やはりタナトス化した人間。黒いヘドロを巻き付けて、項垂れるようにして二足歩行で出てくる。その音に気がついて、何人かの女性従者が部屋から出てきた。


「部屋に戻れ!」


 セフィライズは叫んだ。しかし同時に異常な瞬発力で、部屋から出てきた一人の女性従者に飛びかかる。両手で体を力強く壁に押し付け、裂けたように広がった口で首元に噛み付いた。


「ぎゃぁああ!!」


 首を噛みちぎられる、骨が折れる音。断末魔のような叫び声が聞こえ、スノウは恐怖で震えながら一歩下がった。石の廊下に血溜まりが広がっていく。

 素手で対応できるような相手ではない。もう一度周囲に視線を向け、再び何か武器になりそうなものを注意深く探す。タナトスが首を噛みちぎりながら女性を喰らう、その向こうの側に壁面の飾りとして掲げられている剣がちらりと見えた。


「絶対に近づくな」


 スノウにそう言い残し、タナトスに向け走った。セフィライズに気がついた化け物の手が伸びる。壁を蹴り、勢いをつけ空中を舞うように避けた。タナトスを飛び越え反対側に立ち、剣を壁から外す。

 それを構え、セフィライズが斬りかかろうとしたその時。


「殺さないで!」


 スノウは思わず叫んでいた。タナトス化しているとはいえ、スノウがよく知る人物かもしれない。殺してしまったら、きっと人に戻る。怖かった。また彼が、人を殺してしまうのが。

 スノウの言葉に一瞬動きを止めてしまった。その隙に、タナトスの両腕が伸び、セフィライズの首を掴む。恐ろしい腕力で彼を持ち上げ、壁に頭を叩きつけた。


「セフィライズさんっ!」


「ぐっ……!」


 衝撃で剣を落とす。廊下に落ちる金属音が異様に反響した。壁に押し付けられ足は床に届かず、強く首を絞めつけられ息ができない。壁に叩きつけられた衝撃で、額から血が滴って落ちた。

 首を締め付けるタナトスの腕を掴み、力をこめて引き剥がそうとするもできそうにない。足を壁に当てて、なんとか離れようともがく。身体中の酸素が足りない。四肢に力が入らなくなってきた。


「セフィ……!」


 スノウの後ろで声がした。走ってきたシセルズは勢いよく跳躍し、自身の剣でタナトスの腕を切り落とす。

 床に崩れたセフィライズは、激しく咳き込み肺に空気を送った。


「ゲホッゲホッ……!」


 セフィライズは首にしがみついたまま黒い粒子を撒き散らす腕を引き剥がして地面に投げる。その切断物はすぐに人のそれになった。


「大丈夫か?」


 セフィライズは足りてなかった酸素を体に生き渡させるように激しく呼吸を繰り返す。首元のあたりの酷い違和感が取れない。

 シセルズは、しゃがみ込み呼吸を整えるセフィライズのそばに立ち構えた。

 腕を切り落とされたタナトスは、まるで痛みなど感じていないかのように、ゆっくりと体を動かして二人の方に向く。


「兄さんは手を出さないで。俺がやるから」


 まだ荒い呼吸のまま、走り出すかのような体制で剣を拾い握る。兄に殺させたくなかった。きっと、これはスノウのよく知る人物だと思ったからだ。手を汚すのは、自分だけでいい。


「下がって!」


 叫んだ瞬間にセフィライズは壁面を蹴り、反動を使って高く跳び上がった。思い切り振り下ろす彼の剣は、的確にタナトスの首を跳ね飛ばす。胴体から外れた首は勢いよく壁に叩きつけられ、潰れた音を出しながら床に落下した。黒い粒子を撒き散らしながら崩れる胴体。そしてその首は、スノウが思っていた通りの人物に、リリベルの友達、エリーの首になった。


 目を見開いて絶命し、半開きになった口からは血を流している生首の視線が、スノウを見ている気がした。

 彼女はどうすればいいかわからなかった。赤黒いそれが、わかりやすく彼の制服を染め上げる。彼の銀色の髪と、色白の肌もまた同じように。そこに絶命したエリーの首が転がっているのだ。彼の持つ剣から、血液がぽたりぽたりと滴り落ちている。


 怖かった。とても、怖かった。


 口元を抑え、体の震えが我慢できず、スノウはその場から逃げるように走り去った。


 わかっている、わかっていて剣を振るった。

 彼女が癒しの神エイルへの信仰心が厚いことを理解していたし、彼女にとって、死は何よりも重いことをわかっている。

 それが彼女のよく知っている人であればなおのこと。コカリコの街で、死に瀕する女性を必死に助けようとしていたスノウの姿を今でも覚えている。目の前の死に、必死に抗おうとしていた。彼女が動揺するのもわかる。だからこそ、シセルズには殺させたくなかった。彼女が畏怖や嫌悪を感じる存在は、自分だけでいいと、そう思ったから。


 スノウの反応を見て、シセルズは察しがついた。最初に公園で人の首をはねた後、セフィライズが心を欠いてしまった顔をしていた理由も。


「お前、わかってただろ。なんで、俺にやらせなかった! 全部自分で抱えるつもりだったのか!」


 シセルズは下を向いたまま立ち尽くしている弟の胸ぐらを掴んで壁に押し当てる。


「なんで何も言わねぇんだよ! セフィ! 聞いてんのか!!」


 再び壁に押し付け、叫んでも何も反応を示さない。黙ったまま視線を落としている弟に、シセルズは舌打ちをした。


「頭、手当してもらってこい。後の処理は俺がやる」


 手を離すと壁にもたれかかったまま俯いて動かない。しかし今、弟のことを丁寧に対応している場合ではない。しばらくそのままの状態で触れないことにしたシセルズは、その場の収束の為に指示を出した。






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