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外伝 彷徨う心




 アリスアイレス王国第一王子のカイウスの呪いを浄化したスノウは、翌日すぐに別の依頼を受けた。それはカイウスとリシテアの父親であり、現アリスアイレス王の治療だった。

 齢四十のアリスアイレス王は随分と長い間、床に伏している。しかしそれを知る者は少ない。必要な儀式などは影武者を立て、ほとんどの公務は二人の子供であるカイウス王子とリシテア姫が執り行っていた。

 国民にすら伏せられているのは、二人の母親であるユージュリアが早々に亡くなってしまったからだ。国王までも若くして床に伏したとわかれば、動揺は免れない。


 アリスアイレス王の寝室は暗い長い階段を上った先、鍵をかけられた扉を二枚程超えたところにあった。薄暗い部屋に窓はなく、ほの明るい照明の魔導人工物(アーティファクト)のランプが置かれているだけ。

 スノウを案内したのは、セフィライズの兄であるシセルズだった。


 スノウはゆっくりとベッドへ向かい、横になる国王の顔を覗く。やせ細り、色白で、四十とは思えない程老いきった男性だった。スノウはその国王の手を取りすぐに分かった。これは、病気ではないという事に。

 いや、正確には()()だ。スノウの治せない種類の。


「あぁ……会いたかった。ユージュリア」


 しわがれた声で手が伸びる。スノウはそれを包むようにして触れた。

 ユージュリアとはカイウス王子とリシテア姫の母親の名だ。


「どうしてカイウス様が先だったか、考えたらわかるだろ?」


 シセルズが壁にもたれながら言った。この場所に近づくのは、身の回りの世話をする者の他はもう、二人の子供とセフィライズとシセルズぐらいしかいない。呪われると思って近づかないのだ。実際には移る病ではない。


「心の……お病気ですか」


「王后が早くに亡くなられてね。それから、ゆっくりと壊れてしまわれた」


 亡くなった愛妻を探すように城を徘徊し、徐々に他人がわからなくなり、次第によくわからない事を話すようになった。公務に支障が出るようになり、周りの者達は呪いだと不気味がるように。そしてまるで閉じ込めるかのように今、この部屋で安静に過ごしている。


「わたしでは……」


 怪我や骨折は治せる。マナの穢れも浄化できる。しかし心の病は彼女に癒す事はできない。


「わかってる。でももしかしたらって、言って聞かないから。だから一度だけ頼むな」


 言って聞かない、それはリシテアの事だった。スノウは頷き、言葉を紡ぐ。彼女の体の中からマナの輝きが集まり、ベッドの上のアリスアイレス王を包みはじけた。しかし目の前の男性の目に、光は戻らない。うつろなまなざしで、何かよくわからない戯言を何度も何度も繰り返し続けているだけだった。


「陛下、お騒がせしました」


 シセルズはベッドの真横まで移動し膝をついた。手を胸にあて、頭を深く下げる。そしてすぐスノウの手をひいて部屋を出た。無言のシセルズに連れられて、アリスアイレス城内の室内庭園の端まで戻ってくる。

 スノウはなんだか、シセルズがとても辛そうに見えた。その背中を眺めながら、なんと声をかけていいか戸惑う。


「……ここまで戻ってきたら、もう大丈夫だよな? 陛下の事は他言無用な。お疲れ様」


 リシテア様に報告に行くと言って去ろうとするシセルズを、スノウは気が付いたら呼び止めていた。不思議そうな表情で見つめ返されるも、まだ言葉は準備できてない。


「なんか、不安になった?」


 シセルズが突然優しい声を出す。そしてそれがセフィライズの声色にとても似ていて、驚いた。彼は少ししゃがんで、スノウの目線に合わせてくれる。大きな手をスノウの頭の上に乗せた。まるで子供をあやすかのように、優しく微笑みかけられる。


「あの、その……」


「ん?」


「お、お辛そうに、見えたので。何か、シセルズさんがとても……」


「あ、あぁ俺? んあー……いや別に、なんていうか全然辛いとかそういうんじゃなくて。なんていうか、ちょっと、思い出すなって」


 国王が元気だった頃の事だろうかとスノウは思った。シセルズは腰に手を当て、遠くを眺めている。


「あいつも、あんな感じの時期があって。いや戯言とかは言ってなかったけどなんていうか。生きてるのに死んでるみたいな、さ……」


「あいつ?」


 その質問に、シセルズは答えなかった。ニカッと笑って背を向けられてしまう。


「誰でもなるのかもしれないなって……」


 大切な人が亡くなって、その事実を受け入れられず壊れてしまった国王。

 己に課せられた運命に、何もする手立てがないと知ったら人は、誰でも。


「その……でもその方は今、お元気なのですよね?」


「まー元気っていうか。そうだな、ちょっとマシぐらいな」


「それなら、よかったです。生きていれば必ず、明けない夜はないですから」


 スノウは自然と指を絡め、祈るように手を繋ぎあう。口元に当て、目を閉じた。シセルズの言うあいつは、きっと彼の大切な人だ。


「その方に、これから多くの幸せがありますように」


 そう言ってスノウは微笑んだ。それを見て、シセルズは驚いたような、戸惑うような表情で目を丸くして、しかしすぐに吹き出して笑った。


「ハハ、スノウちゃんなら。うん、スノウちゃんになら任せられそうだ」


 スノウの肩を叩き嬉しそうに笑うシセルズからは、愛しく思う気持ちが溢れ出ていた。








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