外伝 黒曜と黎明 5
黒曜君の速さときたらもう何で表現していいかわらかない。その身軽さも。あれかな、体が綿毛で出来てるのかな。それぐらい人間離れした動きで、女の子を背負ってる男の前に周り込む。
他の雑魚っとしたのは全部僕たちにやらせる気だよ。
「死にたくなかったら大人しく捕まれ」
「は? 何言ってんだ、素手のくせに」
その会話が聞こえて、僕はびっくりして雑魚の一人を踏み倒しながら見た。僕が貸した剣、どうしたの? って思ったら、そうか、詠唱の時に地面に突き刺してたっけ。って……なんで持って行かないの。
雑魚の一人がダガーナイフを振りかざし、黒曜君に切り掛かる。いくらなんでも素手でって、僕は慌てた。でもそれはいらない心配だった。説明できないからこの言葉を借りるけど、つまりシュババッ! って気がついたら、黒曜君が相手のダガーナイフを握ってた。そして首元ギリギリで止めてる。
「死にたくなかったら……」
「わかった! わかった、降参する」
黒曜君の、口では説明できない動きに圧倒されたらしい。僕でも降参するよ……。
捕まえた奴らを尋問すると、いかにもな連中の目的はやはり誘拐からの金の要求だったらしい。じゃあ何故三日も連絡してこなかったのか聞いたら。驚いたことに、頭の悪い手下が、さらってきた場所がわかんなくなってしまって、本人もまだ幼くて答えられなかった。というオチらしい。
ほとんど黒曜君の手柄みたいなものだけど、捕まえた奴らの身柄の引き渡しも、女の子の対応も、全部僕に譲ってくれたんだよね。ジラルド達の狼退治も。
目的が達せられたら本当に興味ないみたい。とりあえず彼は指輪が目当てということで、僕たちのねじろである酒場で夜に再会する話で別れることになった。
持ち逃げ? とか心配しないのかな。とは思ったけど、面倒臭いことはお前やれってことかな?
全ての手続きを終えたらもう夜。報酬をもらって僕は心がほくほくになりながら歩いていた。指輪もちゃんと頂いてる。なんの変哲もない、普通の指輪だ。
酒場に入ると、既にお客さんで溢れかえる中、端の席に彼がいた。
「お待たせ黒曜君。えっと、これでいいかな?」
「ああ、すまない」
受け取ったらもう用事がない。といった感じで立ち上がるのを、僕が止めた。
「奢らせてよ。せっかくだから」
「いや……」
「なに? 何かこの後用事でもあるの?」
「別に……」
これは押せば行ける。直感的に感じて、ぐいぐい押したらなんとか奢らせてくれることになった。
今日もらった報酬で、いっぱい飲み食いしようとあれこれ頼む。
「今日はすごかったね。君みたいな人、今までどこにいたの?」
質問にはものすごく答えたくなさそうな顔をする。仕方ないから、ある程度したらずっと僕が話してた。仲間の事、今までやってきた依頼のこと、あれこれ僕が一方的に喋るのを、彼は静かに聞いてくれた。
だからなんだか僕も話しやすくて、ついお酒も進んでしまった。
「ギルバート、ギルバート」
僕をゆする誰か、そして声。目を覚ましたら、そこにいたのは黒曜君だった。
「え、僕……寝ちゃった?」
飲みすぎてそのまま落ちたらしい。どうやら、もうお店を閉める時間。ということは明け方に近づいてるってことだった。
「待っててくれたの?」
「奢ってくれるんじゃなかったのか」
それに僕は笑った。そうだった。僕が誘ったのに申し訳ない。払おうとしたけど、飲みすぎて気持ち悪い僕の代わりに、結局黒曜君が払ってくれた。彼は僕を家まで連れてってくれるっていうから、そこも甘えることにした。
華奢な彼の肩を借りて、吐きそうになりながら戻る。コンゴッソはうっすらと朝焼けの光に照らされはじめていた。
よくわからないけれど、彼はきっと根は優しいんだろう。ただちょっと人と距離を置きすぎるというか、警戒心が強いというか。
「ここだよ……」
「部屋の中まで手伝うか?」
「いいよ、黒曜君も眠たいでしょ?」
僕はフラフラしながら家の扉に手をかけた。
「ところで……君の本当の名前聞いてもいい?」
立ち去ろうとする黒曜君を呼び止める。彼は振り返るも、ただ薄く笑うだけ。結局答えてはくれない。
黎明の空に、彼の黒髪がよく映えた。
「またね、黒曜君」
明け方のコンゴッソの街を去っていく彼の姿を見て、僕は家に入った。
黒曜と黎明 完
本作品を読んでくださり、ありがとうございます。
いいね・ブックマーク・感想・評価を頂けましたら、やる気がでます。
小説家になろうで活動報告をたまにしています。
Twitter【@snowscapecross】ではイラストを描いて遊んでいます。