外伝 黒曜と黎明 4
あまりにもジラルドが大きな声で噛み付くものだから。やっぱり気がつかれてしまった。狼が急に遠吠えを始めてしまい、こちらに向かって走ってくる。
「あーもう! ジラルドが大きな声出すから!」
僕は剣を抜いて、洞窟の入り口に向かって走り、狼に剣を振りかざす。
しかしすごい、何匹いるんだって言うぐらいあっちからもこっちからもくる。威嚇して距離はとられるし、剣の軌道は避けてくるし、そして背後から噛みつこうとしてくるし。
ジラルド達も戦闘体制に入っているけど減らない。そんな僕の横を風が通った。突風のようなそれに目をやると、空中を舞う木の葉みたいな動きをする黒曜君がいた。ものすごい速さの剣は、一匹一匹を着実に倒していく。
僕はロジェが酒場で言っていた言葉を思い出した。一瞬でシュババッ! って言うのは、これかと。あのヤバい奴って、黒曜君のことかと。
誰もが彼の動きと強さに目を見張っていた。ジラルドも、内心びっくりしているに違いない。
「多いな……」
黒曜君が何匹目かわからない狼を切り捨ててながら言った。そうだよ、多いよ。ちょっと多い。
「少し任せていいか」
「ええ! 抜けるの?」
黒曜君が後ろに下がる。いや、どう考えても一人減ったらきついよ。というか、多分君がいないとかなりきついよ。
「おうおう、ヒョロガリはもう疲れたのか!?」
ジラルドが煽るけど余裕なさそうだ。だってこんなに沢山の野獣相手にすることはない。煽られてもなんの反応もしない黒曜君は、本当に後ろに下がってしまった。
地面に剣を突き立て、どうするつもりかわからないけど、気にする余裕なんてない。
「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、風よ切り裂く霜刃となりて滅せよ」
まさかの魔術を唱えてて僕は驚いた。剣だけじゃなくて、魔術も使えるのかと。しかも攻撃系の魔術って、あんまり使う人いないんだよね。
「全員、後ろに飛べ! 今この時、我こそが世界の中心なり!!」
彼が手を前に突き出す。マナの柔らかな粒子の光に包まれて、光沢を持った黒曜君の黒髪が、白く輝いて見えたんだ。それは一瞬だったけれど、それぐらい何かものすごい力が集まって弾け飛んだんだろう。
目には見えないが、何かすごい塊みたいなものが通り過ぎる感覚。そして目にうつるのは、その歪んだ空気のようなものが刃になって狼の群れを切り刻んでるところだった。一瞬であたりは血だらけ、そして静まり返った。
「黒曜の霜刃……」
誰かがそう呟いた。そしてジラルドの仲間たちが各々に、すげぇすげぇと騒ぐものだから、ジラルドが怒っている。気に入らないんだろうなと思う、黒曜君のこと。
僕もあいた口が塞がらない。見た目から誰が想像できる? 武器も持ち歩かないで、さっき僕が渡した武器で簡単に狼をやっつけて、それで魔術まで使えるって。今までどこにいたの? っていう逸材。
「誰か出てきた」
黒曜君が呟くもんだから、みんな洞窟の方をみた。狼の死体にビビり上がってる男が一人、大慌てで洞窟の中に戻っていく。
「おーっと、やっぱり当たり?」
「どうしたんだギルバート、なんで中から人間出てきたんだ?」
ジラルドは状況を飲み込めてないみたいだけど。僕も飲み込めてるかといえば微妙。でも、何か悪いことをしている奴らが、意図的に狼の群れを作っている。っていうのは当たりっぽい。
全員木陰に再度隠れた。突撃っていう手もあったけど、相手側の戦力も目的も不明だし。洞窟とか狭いし暗いし。様子見をしていたら、中から数人の、いかにも薄汚い悪いことしてますって顔の男達が出てきた。一人背中に、女の子を背負ってる。
「黒曜君、当たりじゃない? あの子……」
って彼に声をかけようとして見たら、もうその場からいなくなっていた。気がついたら男達に向かって突撃してる。ものすごい速さと判断力だ。
「おい、続くぞ!」
僕が合図して、全員で木陰から飛び出した。




