外伝 黒曜と黎明 2
さて、依頼内容はいたってシンプル。ある富豪の娘が突然姿を消した。自らか、誰かが忍び込んだのかもわからない。唐突にいなくなったらしい。
そうそう、彼に報酬の話もしなければいけない。依頼書には、銀貨三百枚とあともう一つ、不幸を遠ざけるまじないがかけられた指輪、だそうだ。どうしてこんなものを、と思ったが、それは後で聞くとしよう。
「えっと、金は半分で……」
「いらない」
「え?」
「私は指輪だけでいい」
お金いらないの? と僕は思ったけど。本人がいらないというなら、それでいいかな。でも、どうしてって聞いたほうがいいだろうか。しかしかなり警戒されているし、すごくなんかこう……壁を感じるから、聞いたところで答えてはくれなさそうだ。
「えっと、じゃあ一緒に行こうか」
とりあえず、依頼者の富豪の家へ向かうことにした。
歩く時も一定の距離を開けてくるから、なんだか変な気分だ。そりゃぁ、うん、今日初めましてで一緒に組もう。なんて感じだから、他人っていうのはわかるんだけど。そこまで開けなくてもいいんじゃないかなと思う。
むしろ一緒に仕事するわけだから、お互いをもう少し知り合ったほうがいいと思うんだよね。
「えっと、黒曜君は、どこの人?」
聞いてみるけれど、またものすごく嫌そうな顔、あと心底面倒臭いといった顔をした。そんな露骨に表情に出さなくてもいいんじゃないかなと僕は思う。
「最近、ここにきたの?」
しかし彼は答えなかった。会話する気がなさそうだ。なんか、面白い男だなと思ったけど、とんでもない人を誘ってしまったかな。
コンゴッソは貿易で一時期とても栄えた。移動の中心地でもあったから。今は壁ができてしまって、人の移動も物の移動も極端に減ってしまったけれど。だからコンゴッソの中でも裕福な人たちが住む地域は、最近家も土地もあまり気味なんだよね。その中でたくましく生き残ったやり手の富豪だけが残ってるって感じかな。
その地域に入る時は、一応門番みたいなのもいて、依頼書見せたらすぐ通してもらえるんだ。用事がなかったら入れない場所だね。
どこもかしこも大きな屋敷。何故か僕が先導して歩く形で目的地に着いた。屋敷の人に言ったらすぐに中に通してもらえたよ。いろんな調度品が飾ってあるのに、なぜ指輪なのか。と、いうかお金以外の報酬があるのは珍しいんだよね。
通された部屋でしばらく待つ。ソファーに二人並んで座るのに、彼は一人分以上開けて座った。ここまでくると露骨で笑う他ないな。
「お待たせしました」
やってきたのは、行方不明になった女の子のお父さん、つまり依頼主だった。娘がいなくなった状況を、あれこれと説明してくれた。要するに、三日前に夜おやすみなさいをして、朝おはようをしたらもういなくなっていたらしい。お金持ちなだけに、娘の肖像画を描かせているみたい。それも一緒に持ってきて見せてくれた。
茶髪がくるくるの、いたって普通の女の子だ。名前はソフィア、年齢は五歳とのこと。
「あの、どうして指輪なんですか?」
「娘に不幸がないようにと、私がかなり探して見つけた貴重なものなんです。ですが結局娘がこのようなことになってしまいまして」
つまり、いらないからあげちゃえってことだよね。そこまで聞いて僕は理解できた。
「あとから聞いた話だと、白き大地から盗掘されたものみたいで。売るにもちょっと……」
「内密に処分してほしいってことですか?」
「出所として口外しないでいただければ、オークションで高値がつきますよ」
なるほど。自分達の名前では売れない。でもあとは勝手にどうぞ。ってことね。
ここまでの会話、黒曜君は一切話さないままだった。しかし指輪の話になると、途中から意識が向いてるのだけは気がついていた。
「……指輪、見せていただけませんか?」
喋ったと思ったら指輪のことだった。そんなにその指輪に高値がつくなら。彼にあげるなんて了承するんじゃなかったかな、と今更後悔した。
見せられたのはいたって普通の指輪だった。内側に何か文字が彫られているけれど、僕には全く読めない。彼は目をこらしてそれをみていた。
「読めるの?」
「……いや」
あ、嘘だ。僕は直感的に思った。というか、顔に出ている。無口だけど、全部顔に出るからわかりやすい。
次に娘さんの部屋を見せてもらった。これもいたって普通の子供部屋だ。あ、もちろんお金持ちの人の、っていうのはつくけれど。
黒曜君は窓際まで歩いていく。僕は室内に荒らされた形跡がないのが不思議だった。やはり、自分で出ていったのだろうか。五歳の子が、一人で出て行くだろうか。
「……多分、連れ去りですね」
窓を開け放つ黒曜君はさらっと言った。




