外伝 黒曜と黎明 1
ギルバート目線の一人称
普段より軽い感じを目指しました。
「知ってますかギルバートさん! 最近やばい奴がいるんですよ!!」
僕が酒場で麦酒を飲んでいると、先程来たばかりのロジェが息荒く話しかけてきた。
「いやぁ、知らないな。どうやばい奴なのかな」
「なんか、こう一瞬で、シュババッ! って感じで、ゴォオオ! って感じだそうですよ!」
語彙力が皆無すぎて理解できなかったけれど、とりあず何かすごい奴がやってきた。ということだけはわかった。僕は麦酒をもう一口飲む。男なのか女なのかもわからない情報だが、ロジェはずっと体全身を使って説明していた。
「僕はあんまり興味ないかなぁ。でも、コンゴッソのギルドに登録してるんだよね? じゃあ、いつか会うかもしれないね」
本当に、その程度の気持ちしかなかった。「やばい」だとか「すごい」だとか、そんな情報ばかりでは判断がつかない。とりあえず今日は楽しくお酒を飲んで、明日ギルドの登録でも覗きにいけばいいか、と考えていた。
翌朝、お酒は残らずスッキリ起きれたことに機嫌を良くしながら出かけた。コンゴッソは少し土っぽい街だ。なんだかあらくれ者が集まる雰囲気もあるけれど、自由なのがいい。いい仕事も、悪い仕事も、たくさんある。腕さえあれば、何にでもなれる気持ちにしてくれる街だった。
「おはよーっ!」
ギルドの扉を明るく開ける。まだあまり人が集まらないこの時間が好きだった。依頼は朝一番に貼られるのだから、みんな早くこればいいのに。何故か、誰もが示し合わせたかのように少し時間がたってからくる。夜に遊びすぎて朝起きれないのかもしれないね。
「あ、ギルバートさん。おはようございます! 依頼、新しいの貼ってますよ」
受付にいるまだ幼さを残した少年。相手の名前なんて聞いたことがないけれど、毎朝会っているうちに、次第に親しくなった。
「さてと……」
僕はギルドの掲示板の前まで移動して、早速依頼の品定め。なになに……、害虫駆除、遠征の手伝い、掃除、鉱石探し、凶暴化した狼に占領された洞窟の一掃……これ前から貼ってるけど、報酬少ないからかずっとこのままだな。
これは、行方不明になった女の子探し。
よしこれにしよう。報酬がいい。僕は行方不明になった女の子探しの依頼に手を伸ばした。その時、別のもう一人も同時に手を伸ばしていたみたいで、意図せずに手が当たる。向こうもこちらを見るし、僕も向こうを見る。
真っ黒な髪で顔は見えない。色白の、見たこともない青年だった。僕よりかなり、って言ったら失礼かな。華奢な子だ。
「えっと、いいかな?」
「……いや、譲れないな」
え、譲らないの? 僕は慌てた。他にもいっぱい依頼あるんだから、別にこだわるようなものじゃないのではないかな? と、そんな事を言ったら僕もだけれど。意地になって、僕は彼を見る。
「いやいや、僕も譲れないかな」
「……悪いな、こっちもだ」
どうしたものか。依頼が被った時は大体話し合い。というかこんなにピッタリ被ることがないから、話し合い……だよね?
「どうしてその依頼じゃないとダメなの?」
「…………」
あれ、黙っちゃった。茶色の目で僕を見てくるけれど、何か言えない事情でもあるのかな。
「見ない顔だけど、君、名前は?」
「……ない」
「ナイ君……?」
「決めてない」
決めてない。なんてことあるの? 僕は思ったけどあえて言わなかった。
「えっと、僕はギルバート。じゃあ君はギルドになんて名前で登録したの?」
「黒髪の男」
直球な名前で登録したな。と僕は思った。確かに黒髪の男だけど、そんな適当に登録しても大丈夫なんだ。むしろそっちで僕は驚いた。なんでもありだとは知っていたけど、ここまでとは。
「えーっと、黒髪君? うーん……あ、黒曜は? 君の髪、綺麗だからね」
僕は視界の端に鉱石探しの依頼書を見る。中に小さく黒曜石って書いてあったから思いついただけ。それで適当な理由付けたてみたけど。だって流石に、黒髪君って変だと思うんだよね。
「好きに呼べばいい」
本当に、心底興味がない。そんな顔をしている。なんだか面白い男だな、と僕はこの時点でだいぶと彼に興味が出ていた。
「そうだ、そんなに譲れないなら。僕と一緒に受けないかい? 僕と組んだら二人同時に依頼が取れるよ」
すごく嫌そうな顔をしているのは気のせいではないはず。でもここまできたら僕も譲れなかった。
「……わかった」
「よし、じゃあ一緒に依頼受けに行こうよ」
渋々、といった表情の黒曜君を引っ張って、僕はギルドカウンターまで依頼書を持って行った。