31.灯火の源へ 命の宝石
巨大な光の粒子の流れの中に、スノウはいた。体の自由が利かないまま、押し流されていきついたのは、一つの世界樹の根の上だった。
「今度はちゃんと、魂だけで来たんだね」
スノウの耳元で声がした。今まで、眩しくてよく目を凝らさないと見えなかったそれが、ちゃんと妖精の姿をしてる事が最初からわかる。何人もの妖精がスノウの周りに集まって、彼女を押した。
「さぁ、還ろう」
「あの、わたし、セフィライズさんのところに行きたいのです」
「魂は戻らないとダメだよ」
小さな妖精に押され、抗う事もできず。どこかに連れていかれそうになる。やっとここに来たのだ。どうしても、彼に会わなくてはいけない。
「お願い……!」
もがこうと手を伸ばす。それすらも押し込められた。このままではただ魂が輪廻に戻っていくだけになってしまう。
その時、彼女のその手を誰かがとった。途端に妖精たちが離れていく。
スノウの手を取ったのは冥界の神ウィリだった。
「我が手を放すまで、絶対に離れるでないぞ」
そう言って微笑むと、スノウの手を引きながら根の上をゆっくりと歩く。彼女はいくつかの空間を通り抜けて進んだ。
「我は、来ると思っておったのじゃ」
「わたしが、ですか?」
「そう。エイルならば、同じことをしたじゃろうから」
懐かしい思い出。自身の身を投げうつ事をなんとも思っていないエイルは、常にイシズの事を考えていた。きっと彼女ならば、器などただの入れ物だと笑い飛ばして迎えに来る。彼女ととても似ているスノウならば、同じ選択をすると信じていた。
「あの頃、我は何もできなかった。ずっと、見ているだけじゃった」
きっと、世界が終わるその瞬間まで何もしなかったのだろう。
萌黄色に染まる鮮やかな草原、白鉛の崩れた建物、白茶色の幹に浅緑の葉が揺れている。
スノウはその大地にゆっくりと降り立った。ウィリの手から外れ、その先にある世界樹の根を目指し走る。離れていてもわかる、茶色の根から白い枝が広がっているそこへ。
「セフィライズさん!」
以前に見た時より、枝が広がっている。根に囚われてない左腕には蔦のように枝がまきつき、背中から首にかけて太い枝が上を目指していた。名前を呼んでも目を閉じたまま無反応。彼の左腕を掴む。
「セフィライズさん、わたし、会いにきました! お願い、目を覚まして!」
必死に腕を引いても根から引きずりだせるわけもなく。諦めて体にまきつくそれを引きはがそうとひっぱってみるも、びくともしない。
そんなスノウの姿を見ながら近づいてきたウィリが、彼女の隣に濃紺の髪を散らしながら座った。根に手を伸ばし触れると同時、目を閉じる。彼女の体が内包した光を揺らめかせ始めた。
世界樹の根が次第に細かな光の粒になり、セフィライズの体から剥がれていく。支えをなくした彼はゆっくりと倒れた。それをスノウは両手を広げ全身で受け止める。萌黄色の芝生の上に寝かせ、大きな声で何度も名前を呼んだ。
しかし、目を覚ます気配はない。既に体のいたるところから白い無垢の枝が生え、地面の中にまで伸びている。
「セフィライズさん、お願い……枝に、ならないで」
スノウは彼の頬に手を当てる。やっと会えたのに。やっと言葉を交わせるのに。
「スノウ。これを飲ませてみよ」
ウィリが彼女の後ろに立ち拳を差し出した。スノウが手を広げると、落とされたのは美しい透明な宝石。ウィリと同じく光を内包し、七色の揺らめきを放っている。
スノウはすぐに疑うことなくそれを口に含む。そしてセフィライズの唇へと、自身の口を押し当てた。宝石だったそれは、口から移動する瞬間、どろっとした液体に変わり、彼の中へとゆっくり溶けていっく。
「ん……」
一瞬にして無垢の枝が消えた。手に巻き付いていたそれも、地面を割って伸びていた枝も。全てだ。
「あぁ、よかった。ウィリさん、ありがとうございます!」
そういってスノウが振り返ると、そこにウィリの姿はなかった。
ウィリが差し出したのは自身の命そのものだった。彼女は自らの意思でその存在を終わらせたのだ。
ウィリはエイルの死後に荒れていくイシズを諫める事もせず、ただ同調した。≪世界の中心≫を作ると聞いた時、それを止める事もせずむしろ手を差し伸べた。ただ話を聞いて、ただ反対せずそばにいて、そして何もしなかった。何かを模索する事もせず、イシズの魂を代償に得た≪世界の中心≫に込められた≪大いなる願い≫が発動するのをただずっと待っていた。
何もしてこなかった自分。何もできないまま見送ってきた自分。永遠の黄昏を生きながら、何かできたのではないかという後悔をずっと抱えていた。
イシズとエイルの分身のような二人を、ただこのまま見ているだけで終わらせたくなかった。いままでの全ての後悔を、願いを込めて。




