30.灯火の源へ 魂
ワルプルギスの夜。
世界樹から放たれるマナが可視化され、灯火を浮かべる日。
そして、死者との距離が近くなると言われる日。
スノウは長く伸びた金髪を手櫛で整え立ち上がった。身にまとうのは白き大地の民族衣装。手には無垢の枝を持ち、世界樹のたもとに立つ。
「俺が渡すのもどうかと思うけどさ」
隣に立つシセルズはひとつの小さな箱を取り出した。中からいたって素朴な指輪を取り出す。
「あいつ暇があったら、白き大地から盗られた品物を探しに行ってたから」
なんの飾りもない、普通の指輪。中に何か文字が彫られている。スノウにはそれが読めなかった。
「白き大地では子供が産まれた時、指輪を作る風習がある。普段はつけないんだけど。結婚した時、相手と交換する」
苦笑しながらシセルズはスノウの指にそれをはめた。
「内側に彫られてるのは、その本人の名前なんだ」
すぐに彼は白い糸を取り出し、その指輪と彼女がもつ無垢の枝を繋いで結んだ。
「セフィライズ・ファイン・オーデュリカ。たまたま見つけたのが自分の指輪だったみたいだ。これも、きっと偶然じゃないんだろうな」
シセルズはそのまま、水の中にローズマリーが浮いた瓶を取り出す。蓋をあけて、スノウの頭からそれをかけた。
「きっと、あいつなら渡すだろ。貰ってほしい」
濡れると少し肌寒かったのか、スノウが髪に触れながら両腕を抱く。シセルズは一歩前に出て、彼女の手を掴み、幹の前まで引っ張った。
シセルズはスノウの手首をつかみ、幹にてのひらを押し当てる。そのままでいるように指示を出して、一歩離れた。
「もう、いいんだよな」
前に立つ、彼女に。
シセルズは最後の質問を投げかける。
胸元に強く無垢の枝を抱えながら、スノウは振り返った。
「あいつに、また会おうって。あと……ごめんって、言っといてほしい」
スノウが頷いたのを確認し、シセルズは手を前へ突き出した。目を閉じて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズの子。いまここに彷徨える魂を輪廻へ戻し、再びこの地に器を授からんことを」
空中に浮遊するマナの灯火が強い輝きを放つ。スノウの周りに集まったそれはとてもあたたかい。次第に彼女の姿を光で包み隠した。
「今この時、我らはみな、世界の中心」
その言葉で、光は大樹の幹に吸い込まれていく。枝という枝に這うように昇っていく。その光の流れに沿って、彼女の魂もまたその深い流れにそって消えていった。
「さよなら。俺は……ずっと長く生きる。だから……必ず見つける。あいつより先に、俺が見つけるから」
テミュリエは昇っていく光に手を伸ばす。掴めないそれを握りしめ、胸元に押し当てた。
かつて、世界樹を脅かしたマナの穢れ。浄化の力を持つ一人の女性が立ち上がり、その消えかけの命を救った。彼女亡きあと、再び猛威を振るった穢れを自身の身に封じ込める事で抗おうとした一人のハーフエル。彼の身だけでは抗いきれず、自身の持てる全てを用いて≪穢れを払う白き使徒≫≪世界の中心≫≪王の写本≫を作り出した。穢れた器は七つに裂かれ、永遠の眠りにつく。
≪白き使徒≫は残存した災厄を払い、彼らは人と交わる事なく長きにわたり伝承を残す。
いつかこの世界に新たな世界樹が芽吹き、すべての穢れが消えた時。彼らの役目は終わるのだろう。
シセルズの机の上に紐でつながれた指輪と無垢の枝が置かれている。先端から徐々に細かなマナの輝きになって消え始めた。
「そっか」
無くなった無垢の枝。二つを繋いでいた糸ははらりと落ちた。残った指輪をシセルズは掴む。目の前に持ってきて、手のひらに落とした。
彼女の最後の言葉は「行ってきます」だった。
だから必ず、また必ず。
「また、絶対。会える」




