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29.灯火の源へ こころ




 夜が深まり、シセルズは一人でログハウスに戻った。暖炉の前で立ちすくむテミュリエを見つめる。音に気が付いた青年が振り返った。


「……話、終わった?」


「ああ」


「まさか、承諾してないだろうな」


 テミュリエにはわかっていた。きっと、王の写本(トリスメギストス)を使って記憶を彼女に見せる事も、彼女が会う方法をシセルズに聞く事も、そしてそれを教えてしまう事も。


「……会いたいって、思う気持ちを……止めるだけのものを俺は……持ってなかった」


 自分勝手にセフィライズの魂を蘇らせようとしていたシセルズ自身には、どうしても見つからなかった。同じ痛みを、知っているからこそ。


「てめぇ……!」


 テミュリエはシセルズの胸元を殴るように掴み引く。にらみつけて、今にも拳を顔へと打ち込みたくなる気持ちを必死に抑えた。


「全部教えたのか! 全部……! どうして、できないって、無理だって言わないんだよ!」


「俺が……同じ選択をする、人間だからだ」


「てめぇは人間なんかじゃねぇ! このくそ、マナの塊でしかないお前が、スノウは生きてる! 今を生きているのに!」


 テミュリエは堪えきれず、シセルズの顔面を殴り飛ばした。床に倒れたシセルズへ馬乗りになり、胸元の服を引きちぎらんばかりに握って、顔面に何度も何度も拳を落とす。


「やめてテミュリエ!」


 あとから戻ってきたスノウが慌てて間にはいる。危うく彼女の後頭部を殴りつけそうになり、テミュリエは振り上げた拳を震わせながら唇を噛んだ。立ち上がり、二人から離れる。


「大丈夫ですか!」


 スノウはシセルズの頬に触れる。唇から血が滲み、皮膚の下、内出血を起こしている場所もあった。

 スノウに支えられながら起き上がるシセルズは、いまだ気持ちを静めきれずにいるテミュリエを見る。


「ワルプルギスの夜……死者と一番近い日だ。それまでに、お前がどうにかするんだな」


 テミュリエは振り返り、強くシセルズを睨んだ。そばに座るスノウを見て、悔し涙が浮かんでくる。


「嫌いだ……俺は、原罪も、てめぇも……大っ嫌いだ!」


 テミュリエがログハウスから飛び出していく。スノウは追いかけようと体を持ち上げるも、止まってしまった。床に座ったままのシセルズを見て、彼の手を取る。ゆっくりと丁寧に治癒術をかけると、その痛々しい跡はすぐに消えてなくなった。


「……どうして、その……」


 スノウから見て、彼はテミュリエの拳を甘んじて受け入れているように見えた。きっとシセルズならば避けれたはずだ。反撃もたやすかったはず。なのに。


「……さぁ。それであいつの気が済むなら、いいのかなって」


 シセルズは言葉ではいい表せない罪悪感のせいで動けなかった。テミュリエのスノウに対する想いに、気が付いているから。さしずめ自分はスノウを地獄に引きずり込む悪魔にでも見えたのだろうと自嘲する。


 そうだ、最初から分かっていたのにスノウの手を引いた。わかっていて、そして最後の最後まで、彼女の手を引くのだ。シセルズは自身の拳を見つめ、それを額に当てる。


「ごめ……ん」


 すべての結末がこれだなんて笑える。そうシセルズは思いながら膝を抱えた。









 スノウはテミュリエを星空と街灯の光を頼りに探した。世界樹の大きな幹を一周して戻る時、先ほどはいなかった場所で、彼が世界樹を見上げて立っている。


「テミュリエ」


 声をかけながら近づいた。スノウのほうを見たテミュリエの目が真っ赤に腫れて、先ほどまで泣いていたのがわかる。


「ごめんなさい」


 彼女はテミュリエの手をとる。一緒にコゴリの実を取りに行った時、握った手はとても小さかった。思った以上に手が大きいことに、いまさらながら驚く。どうしてだろう、長い旅の中でずっと一緒にいたというのに。スノウの中のテミュリエは、いまだに小さな一二歳の少年なのだ。


「スノウ、一緒に生きようよ。やっと、世界が前に進んでいくのに。どうして」


「わたしは……心から想う人に、ただ会いに……いくだけです」


 ふわりとしたいつもの笑顔を向けられて、テミュリエは首を振った。


「もう忘れろよ! いないやつなんてどうでもいいだろ! 俺が全部、書き換えるから。俺がスノウをずっと守るから! 約束するから……俺を、選んでよ……」


 テミュリエはスノウの手を掴み、すがりながら言う。膝から地面に崩れ落ちて、彼女の体を支えに頭を下げた。


「お願い……スノウ」


「……ありがとう、テミュリエ。そして……ごめんなさい」


 わぁああっと声を上げて泣く、褪せたブロンドの髪の青年。頭を抱くように、スノウは手を広げた。頬に特徴的な尖った耳が当たる。かわいい弟のような感覚で接してきた。彼女にとってその気持ちは今も変わらない。


 夜風が世界樹の葉を揺らし、心地の良い音を静かな夜の公園に行き渡らせる。二つの月に照らされながら、しばらく泣き続けるテミュリエの頭を優しくなで続けた。






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