28.灯火の源へ 消滅
シセルズはわかっていた。無垢の枝が生え始めていたら、もう遅かれ早かれ魂は消滅する。
弟の魂は根に留まっていると思っていた。そしてスノウのおかげで確信に変わった。シセルズ自身の器をセフィライズの魂に譲ろうと強く思えた。
助け出す、唯一の方法だと。成功の可能性が限りなく低いとしても、もうそれしか思いつかなかった。
しかしそれは禁忌の魔術。穢れを呼べば世界樹が枯れるかもしれない。結局、この世界のどこにも、無垢の枝になりつつある魂を救う方法など存在しないのだ。
「方法は、本当にないのでしょうか」
「俺の器にあいつの魂を入れれば」
「それは……」
「わかってるって。……もう、俺の知ってる限りでは、ない」
スノウは無垢の枝を握りしめる。セフィライズの魂の一部。
「……魂だけを、飛ばして……その場に行く事は、できますか」
スノウから発せられた言葉に、シセルズは驚かなかった。彼女ならそれを言うと思っていたからだ。だからその質問の答えも準備できていた。きっと、テミュリエが聞いたら嫌がる答えだ。
「できる」
しかしそれは、この世界での死を意味する。魂が離れた器は急速に劣化する。すぐに戻せば助かるかもしれないが、長く魂だけを浮遊させる事はできない。行けば最後、戻っては来れないのだ。
「それは、穢れを呼びますか?」
「いや、ただ魂を循環に戻すだけだから、穢れたりはしない」
シセルズはスノウがこの先何を言っても、受け入れるとは言えなかった。セフィライズならきっと、いや絶対に止める。この世界を生きてほしいと、誰よりも願っているはずだからだ。
「わたし……」
「スノウちゃん。諦めろって、俺は言えない。俺が諦めなかったからだ。でもな、もしスノウちゃんがそれを選ぶのなら……やるのは俺だ」
魂を循環に戻すだけなら、きっとできる。戻った魂はまたこの世界に新しく、器をもって存在することができる。
シセルズが無垢の枝になりつつある彼の魂を開放し、その魂を持った新たな人がこの世界に産まれてきたとしよう。そしてその同じ魂の人を、探し出せたとしよう。しかしその人にスノウが聞きたい質問をしたとしても、答えてはもらえない。魂は同じでも、もうセフィライズだった時の記憶がないからだ。
「シセルズさん、わたし……気が付いた事が、あるのです」
スノウはぽつりぽつりと、自身の指をからめながらつぶやく。
「この世界の全てに、セフィライズさんはいました」
どこに行っても、何を見ても、どの時間でも、彼はそこにいた。
もういないと、わかっていてもそこにいた。
「わたしは、最後に言われたんです。愛してる、と。その……言葉の意味を、もう一度、聞きたいのです」
ただ、会う事はできない彼に、聞きたい。どうしても、どうしても。
シセルズは目の前で無垢の枝を胸に押し当て下を向くスノウを見つめる。弟が最後にスノウに残した言葉は、あいつらしくないと思うものだった。彼女の心に刻む何かを残すような奴じゃない。それでもその、愛しているの言葉を伝えたのは。最後の、自分勝手だったのかもしれない。
「諦めろと……俺が言うのは間違ってるのはわかってる。でもスノウちゃんは今を生きてる」
「でも、会いたい……もう一度、声を聞いて、答えを、聞きたいのです」
「だめだ。それは死ぬっていうのと、同じ意味だ」
スノウはゆっくりと目を閉じ首を振る。違うと小さく呟いた。
「やっと、いるとわかった場所は世界樹の根だった。だからそこに……会いにいく、だけです」
「だから、それは」
「会いたい、会いたい! わたしは、会いたい……!」
首を振ると同時、涙が宙を舞う。ボロボロと大泣きする彼女の手が、シセルズに伸びた。
「会いに、行くんです……世界中のどこにでもいて、世界中のどこにもいない。もう生きてはいないと、理解しています。亡くなった方だと、わかっています。でも、思い出が、記憶の全てが、忘れられないものが……胸を、押しつぶして止まないんです。会いたい、いまも、とても」
死ではない。器を抜けて、魂だけになって。それでしか会うことのできない彼に、ただ会いにいくだけなのだ。
「シセルズさんは……同じ痛みを、知る人……だから」
スノウは柔らかく微笑んだ。その言葉は、シセルズが白き大地で放ったもの。
言葉を探した。彼女の想いを、諦めさせる何かを。
ただ、会いに行くだけといった彼女の、その選択を止める事は果たして、間違っている事なのだろうか。




