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27.灯火の源へ 木陰



 外はすでに夕方。傾いた西日が周囲を橙に染め上げていた。先を歩くシセルズに追いつく為、スノウは小走りに進む。西日に染められた銀髪が輝いて見えた。その後姿すら、彼女の記憶の中の彼と重なる。

 シセルズは世界樹の根元へと進む。巨大な幹に繋がる根も大きく、それを乗り越えて昇っていくと、丸太のように太い手ごろな枝の上に座った。葉のこすれあうさざ波の音が心地よい。枝から伸びる新芽、細い枝を彼は折った。

 やっとシセルズに追いつき、スノウはゆっくりと腰掛ける。すぐシセルズから枝を差し出され、反射的に受け取った。スノウが持つ真っ白な無垢の枝に重ねてみる。本当に、世界樹の枝から色をなくしてしまったと言ってもいい程、同じ木の枝に見えた。


「俺を追って、世界を巡ったんだろ。どうだった?」


「どう……世界は、とても……生き生きとしていて、きれいで、明るくて……」


 あの頃、世界樹がなかった頃。今思えばどこも活気がなくて、世界の色は死んでいたように暗かった。その時にはまったく気が付かなかったというのに、今一度巡った世界と比べると、見違える程違う。

 スノウは隣で静かに聞いてくれているシセルズを見る。≪世界の中心≫を目覚めさせてしまった。彼を死に追いやったのは自分だと、懺悔にも似た言葉を吐こうと手を伸ばす。


「それで、スノウちゃんの見た世界に、セフィはいた?」


 彼女が発するよりも先に、シセルズから質問をかぶせられる。伸ばそうと上げた手を胸元へしまった。


「……い、いま……」


 いました。

 いませんでした。

 はたしてどちらが正解なのか、スノウにはわからなかった。


 地平線の向こうまで続く草原。高くそびえたつ白い雲を飾った空。星が今にも振り落ちそうな程に煌めいた夜。顔を見せ始めたばかりの太陽がまぶしい朝焼けの空気。一緒に歩いた街も、道も。世界のどこを見ても、彼はいた。


「俺は、いたよ」


 そう言って、シセルズは笑う。そしてもう一度、彼はスノウに聞いた。


「いた?」


「……いました」


 スノウが答えると、シセルズは嬉しそうに笑う。膝に乗せた王の写本(トリスメギストス)を立てて置き、その背からナイフを抜き出した。


「でも、会えなかった」


「はい」


「スノウちゃんは、今でも会いたい」


「……はい」


 その返事とほぼ同時、シセルズはナイフで自身の左手を切りつける。浅く入ったそこから、鮮血が滴り落ちた。


「我ら、世界を創造せし魔術の神イシズに祈りを捧げ、王の写本(トリスメギストス)に刻まれし欠片を映せ。今この時、我こそが世界の中心なり」


 スノウがシセルズの行動に驚き手を伸ばすよりも先に、彼は詠唱の言葉をつづる。分厚い魔導書のそれが空中へと浮き上がると、白い頁がものすごい速さでめくられていく。そして、何も書かれていないとある白紙で止まった。

 マナの輝きが見える。王の写本(トリスメギストス)から発せられるそれは、彼らの目の前に大きな光の塊を作った。それが発光しながらゆっくりと人の形を成し、そしてそれは紛れもなくセフィライズの姿をしている。

 等身大の彼だった。目の前で、マナの輝きに包まれて立つのは。


「セ……」


「スノウちゃん、危ない落ちる」


 シセルズは手を伸ばし今にも飛びつこうとした彼女を掴んで止める。


「これは、俺の記憶の中の、あいつだ」


 王の写本(トリスメギストス)は、血を注いだ者すべての、それまでの記憶を残す。その力を使い、スノウに見せたのは幻想にすぎない。


「こんな形でしか、会わせてあげられないなって」


 もっと最初から、間違いに気が付いていれば助けられたのだろうか。どこで失敗したのだろうか。シセルズは目の前に立つ記憶の中のセフィライズに頭を下げた。


「シセルズさん、あの……ありがとうございます。もう、その……」


 こんなにはっきりと会えて嬉しいはずなのに喜べない。それはこれが、触れる事ができない記憶だとわかっているから。


「辛くなるだけだったか」


 シセルズが宙に浮く王の写本(トリスメギストス)に手を伸ばし、頁を閉じる。目の前にいたそのマナの光は消えてなくなった。


「いいえ」


 スノウは目を閉じた。記憶の中を巡る。彼はいた。世界の全てに。そして今目の前で見た彼も、彼だった。会うことができない彼。

 スノウは無垢の枝を持ち上げる。いまだ世界樹の根に囚われたままのセフィライズを想った。


「シセルズさん、セフィライズさんはまだ、根に留まっている。でもこのまま」


「このまま留まり続けたら、魂は枝になり消滅するだろうな」


 

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