26.灯火の源へ 答えを探す
「成功しようがしまいが、俺は興味ない。でもな、それは最大の禁忌だ。どれだけマナが穢れると思ってる。穢れたマナは瘴気となって世界樹を蝕む。どういう結末か、お前ならわかるだろ」
穢れは世界樹を枯らす原因となるものだ。人の心を蝕み、大地を汚染し、不死者を生み出す。
「やっと世界樹が芽吹いた。またそれを枯らしたいのか」
「世界樹が枯れるとか枯れないとか、そんなものは興味ない」
「お前がなくても!」
テミュリエは思わずシセルズに掴みかかりそうになった。スノウがすぐに彼の腕を掴む。はぁと短く息を吐き、彼女の顔を一目みて座りなおした。
「シセルズさん……世界樹は、セフィライズさんが残したかった、未来だと思うのです」
彼が続けたいと思った世界。見たかった未来そのもの。
「それを、脅かすような事は……わたしは、してほしくありません」
世界樹の存在さえもなくなったら、もはや彼はなんの為に。そう思うとスノウは胸が痛かった。
「辛い気持ち、とてもよくわかります。でも……もう少し、考えてください。もう少し……セフィライズさんの想いを、尊重して、ほしいのです」
スノウの言葉に、シセルズは目を見開いた。
そうだ、今も昔も、何も変わらない。セフィライズの為なんていう言葉で着飾って、結局は。
わかっていた。ずっと。言われなくても心の奥底で、全て理解していた。これはシセルズ自身のわがままであり、身勝手な行動だという事も。
成し遂げられなかった後悔。生き残ってしまった苦しみ。それらから逃げたい。何かをすることで免罪符にしたい。
わかっていた。わかって、いたのに。
「ハハ……全部……俺の……」
乾いた笑いが出た。何かにとり憑かれていたようだ。ソファーの背もたれに体重をあずけ、天井を仰ぐ。
「……いつも、なーんにも見えてねぇのは……俺もか、なぁセフィ。そうだろ……」
――――周りを見ろって、あいつに何度も言ったけど。それは、俺にも言えた事だったんだなって
なんだったのだろう。本当に、どうにかしないと。なんとかしてやらないと。その焦りがずっと心臓に張り付いて離れなかった。
しばらく天井を仰いだまま動かないシセルズを、スノウは黙って待った。彼女の手元にある無垢の枝を見つめながら思う。彼はきっと、兄にこんな事をしてほしいとは思ってない。
続いた世界。この未来をきっと、幸せに生きてほしいと願うはずなのだ。
「髪、すごい伸びたな」
シセルズがぽつりと呟いて、スノウは自然と髪に触れた。あれからずっと伸ばしている。だからこの長さを、シセルズは知っているはずなのだ。きっと今、やっとスノウを真っすぐに、見る事ができたのだろう。
「見たかっただろうな……スノウちゃんの、その」
長く伸ばした髪。スノウはなんだか恥ずかしくなって、うねる金髪を撫でつけた。
「燐光の、谷で……えっと……」
会った、と言えるのだろうか。スノウは戸惑った。思い出すとまた、会いたい。伝えたい言葉がたくさんある。わたしのせいでごめんなさいと謝って、その後にしたい話がまだたくさん、たくさん。
「枝だけ、掴んだわけじゃないんだろ」
シセルズは彼女の持つ枝を指差した。
「いいえ……枝だけ、掴みました。本当に、その……一瞬、だけでした」
「……会いたい?」
スノウは顔をあげた。目の前には優しく微笑んでいるシセルズがいる。その目じりがとても彼に似ていて胸が詰まった。
「あ……」
会いたい。声に出してはいけない。
会いたい。絶対に、口から出してはいけない。
会いたい。
でも……。
スノウは口元を押さえた。目の前にいるシセルズが、ふとした瞬間彼に見える。それぐらい彼らは似ている。
「会いたい?」
もう一度問われ、視界がゆがむ。気が付けば涙がいっぱいに溜まって、目じりから流れ落ちた。
「……会いたい。会いたい、です」
膝を抱えて泣き出す彼女の隣で、テミュリエは複雑な表情を浮かべる。スノウの背をさすりながら、シセルズを睨みつけた。思い出させるな、会いたいと言わせるな。そう念力を送り付けるかのように。
「ちょっと、スノウちゃん借りる」
シセルズは王の写本を片手に立ち上がった。スノウの肩を軽く叩き、外に行くように合図する。彼は先にログハウスから出た。
テミュリエは王の写本を使って何をするか、容易に想像できた。そして、二人の間でどんな話が行われるかもだ。
去っていく彼女を止めたい。テミュリエは振り返って手を伸ばす。しかしもう、彼女はいなかった。




