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25.灯火の源へ 願い



 暖炉の前のソファーに彼らは座った。ものすごく嫌そうな顔をしているテミュリエは、目の前にシセルズがいても見向きもしない。スノウから黙っておとなしくするようなだめられたからだ。

 薪がぱちぱちと音を鳴らし、炎の揺らめきが安らぎを与えてくれている。しばらくそれを眺めながら無言の時間を過ごした。

 スノウはゆっくりとシセルズを見た。暖炉の火が瞳にうつり、まるで銀の中にはちみつが落ちているかのように揺らめいている。この輝きを、何度か見た事がある。


「シセルズさん、その……」


「どうして、って。言いたいんだろ」


 スノウは膝の上で両手を絡め、その指を見つめる。今一度シセルズを見ると、暖炉に向けられてた目はスノウを見ていた。


「生き返らせたいと、思ったから」


 シセルズの言葉に、テミュリエが反応を示した。食って掛かりたくなる気持ちを押さえたのか、不自然なため息を何度か吐いている。


「あの……」


 テミュリエから聞いた話では、それは絶対に不可能だ。しかしシセルズはそれを成し遂げようとして今まで動いていたのだとしたら、別の方法があるのだろうか。


「俺はずっと、あいつは世界樹の根にまだ留まってると思ってた。産まれた時から≪世界の中心≫と共にあって、子供の頃なんてほんとにたぶん、あいつの魂は器の表層には上がってなかった」


 種子に器の表層を取られ、魂はそれに絡みつかれて動く事ができない。だからまるで、生きた人形のようにただそこに存在していた。閉じ込められた魂を押し上げて、人間にしてやりたくて。それでもやはり、ずっと共にあったそれが。


 良くも悪くもセフィライズの魂を捉えて離さないのではないか、と……。


 スノウはシセルズの話を聞いたとき、思い当たる事があった。崖から落ち、普通ならば絶対に死んでいたはずの怪我を負った彼。泉のほとりでウィリと会話した時の、その言葉を。


 ――――魂が抜けておらんからじゃ。片割れが絡みついて離れられないのじゃろう


 その時、片割れというのがスノウには何かわからなかった。しかし今ならそれが、世界樹の種子だという事がはっきりわかる。


「スノウちゃんがワルプルギスの夜に見たと聞いて確信した。セフィはまだ、根に留まっている」


 シセルズは無垢の枝をくるくると回し、ゆっくりとスノウへ返した。


「これが、証拠だろ」


 ここに無垢の枝がある。スノウが手渡したそれを、セフィライズのものだとは一言も発していなくてもわかる。これはもう、紛れもなく弟が、根に留まっている証拠だ。


「でも……器は、どうするのですか」


 スノウの質問に、シセルズは驚いていた。すぐに隣に座るテミュリエを見る。

 彼は少しバツの悪そうな表情をしながらシセルズを睨み返した。


「赤ちゃんでも魂があります。そもそも関係のない器には入る事ができないと聞きました。だから、生き返らせるなんて」


「あるじゃん。一番いい、器が」


 シセルズは自身の胸に手を当てた。


「ここに、ほら」


 スノウは目を見開いた。その言葉の意味が、すぐにわかったからだ。


「俺たちは血のつながった兄弟だ。まったく無関係ってわけじゃない。ちょうどいいだろ」


「……よく、よくありません!」


 スノウは勢いよく立ち上がった。シセルズの器から魂を追い出して、セフィライズの魂を入れる。つまりそれは。


「死ぬって言ってるのと、一緒じゃないですか!」


「違う。弟に器を譲るだけだ」


「そんなの……!」


 スノウはしばらく言葉が出ないまま立ちすくんだ。何度か深呼吸をしていると、テミュリエが彼女の手を引くので、ゆっくりとソファーに座りなおす。


「俺は、成功するとは思えないね」


 スノウの隣で、彼女の背を軽くさすりながらテミュリエは言った。


「血の繋がりがあったとしても、その器に一番適しているのはお前自身の魂だ。それを無理やりはがして、別の魂が定着するとは思えない」


「……あぁ、だからこれは……俺が、そうしたいからだ」


 可能性が限りなく低い。それもシセルズはわかっている。わかっていて、それをしようとしている。


「俺は、自分が許せない。いったい何のために、何の、為に……」


 ヨルムの封印という存在を、リヒテンベルクに教えたのはシセルズだ。セフィライズがどう思うかなんてわかっていた。それでも≪世界の中心≫を持たないシセルズと、それを持つ弟ではできる事が違う。どんなに頑張っても、替わってやる事など不可能だ。

 アリスアイレス王国を裏切り、セフィライズの信頼を踏みにじり、スノウを巻きこんで、結局何も得る事ができなかった。















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