24.灯火の源へ ログハウス
木漏れ日に照らされたログハウス。以前よりも周囲の草が広がり、外壁には蔦が這って広がっている。雪が吹きすさぶ世界で、ぽつりと佇むその家はとても孤独と静寂がよく似合った場所だった。今もまだ、そのままだ。
スノウはログハウスの扉を開ける為に、丸太でできたステップを上がる。ドアノブに手をかけ、少し止まった。もう誰もいないとわかっていても、ノックをしたくなったのだ。声を出して、いらっしゃいますか、と言いたくなってしまった。
「入りますね……」
静かに呟いて扉をあける。さびれた金具の音が響いた。一歩入る。長く誰も住んでいない家の匂い。目の前には四人掛けのテーブルセット。その向こうには壁付のキッチン。何も変わらない。
変わったのは世界だ。
テミュリエはスノウのすぐ後ろから入った。そして左の奥、暖炉のあるほうを見る。本来なら消えているはずのそれが、煌々と揺らめいていた。
「スノウ!」
テミュリエは目の前にいるスノウの手をひき、彼女の前に立って身構えた。誰かがいる。この家に。
「誰だ、そこにいるのは!」
暖炉の明かり以外暗くて様子がわからない。一人の影がソファーから立ち上がった。
「お前こそ、弟の家に何か用でもあるのか」
「シセルズ、てめぇっ!」
全身の毛を逆立て今にもとびかかろうとしたテミュリエを、スノウは全力で止めた。
「テミュリエ、お願いちょっと待って!」
スノウはずっと、シセルズが何を考えているかわからなかった。しかし思い返せば、彼と深く話したことはない。
「お願い、テミュリエ。少し、話す時間が欲しいのです」
何を考え、何を想ってこんな事をしているのか。セフィライズもあまり自分の事を語りたがらない人だった。彼とは違い、陽気で明るいシセルズもまた、本心はひた隠しにしている。どこか他人を寄せ付けない彼の、心の近くに行かなければ。でなければまた繰り返してしまう。同じ過ちを、また。
「シセルズさん。わたし……」
「ごめんなスノウちゃん。痛かっただろ」
シセルズは白き大地でスノウを傷つけた事を謝罪した。しかし後悔はなかった。あの時、そうしなければすぐに追いつかれていたはずだ。
「でも、もしまた邪魔をするなら。今度は容赦しない」
「違います、シセルズさん。わたし……は、あなたと……話がしたいのです」
スノウは前に進んだ。暖炉の光を背に立ち、ほとんど顔が見えないシセルズに、一歩。
「話す事なんてない」
「いいえ。あります」
スノウはさらに前へ進む。シセルズは少し後ずさった。
「……俺にはない。ごめん。スノウちゃんと話すと、苦しくなるから。だからもう、ほっといてほしい」
決して何も語らなかった。スノウと話す事を拒んでいた。彼女の姿が視界に入るのすら苦しかった。理由は明らかなのだ。
きっと、弟は彼女を愛した。そして彼女もまた、弟を愛してくれた。なのにその彼女は、たった一人でいる。弟のいない世界を、生きている。
「わたしも、苦しいです」
スノウはついにシセルズの前に立った。無くなってしまった右目を隠す眼帯。その左側にある目はまさしく、白き大地の民特有の銀の瞳。髪は絹糸のように美しい銀色。何よりもその顔立ちは、とてもセフィライズに似ている。
「シセルズさんは、とても……似ていらっしゃいます。だからとても、苦しい。でも……わたしは、ちゃんとシセルズさんを見ていますよ」
スノウはシセルズの手を両手で包む。持ち上げて、その手のひらに無垢の枝を置く。
「だから、シセルズさんもちゃんと、わたしを見てください。お話、しましょう。語れなかった、言葉を……たくさん」
その無垢の枝が何か、シセルズにはすぐにわかった。まっすぐそれに目を落とし、そして目の前の女性を見る。最初に会った頃の、まだ幼さが残っていた彼女はもう、すっかり大人の女性の顔をしていた。
「スノウちゃん……」
涙が溢れた。無垢の枝を握りしめ、シセルズはその場に座り込む。
セフィライズが消えた時、シセルズは泣かなかった。泣けなかった。
込み上げたのは悔しさだけ。助けられなかった、抗えなかった。何もできなかった。
続く未来を見せたい。生きる事が楽しいと、もっと生きたいと、思えるようにしてやりたい。そしてすべてに、必ず抗ってみせる。そう強く決意したというのに。
「ごめんな……ほんとに、ごめん、な……」
自身の身勝手な理由でスノウを巻き込んで、そして彼女をも不幸にした。何も、できなかった。だから。
「大丈夫。一緒に」
その闇の中を、一緒に歩いていきましょう。
同じ光を、想いながら。




