21.灯火の源へ 白い枝
登っていく途中、いくつもの空間を見た。浮遊する小さな島の姿をしたそれは、別々の街や景色を切り取ったものにも見える。彼女が子供のころ過ごした街の風景と似た景色の横を通る時、懐かしさが強く胸から溢れた。ほかにも、真冬にアリスアイレス王国、コカリコの街に似た景色、二つの月を飾った夜空、壊れかけの古城。
ゆっくりと登る彼女の真上から、白い枝が垂れ下がっている。スノウは自然とその枝に手を添えて、沿うように進んだ。枝はだんだんと寄り集まり、木の幹のへと近づいた時。目の前に箱庭のような空間が現れた。見た事がある、萌黄色に染まる鮮やかな草原、白鉛の崩れた建物、白茶色の幹に浅緑の葉が揺れている。ワルプルギスの夜に見た光景とまったく一緒だ。大地から世界樹の根の一部が上へ上えと目指している。
そして、白い枝の続いた先にある根には。
「セフィライズさん!」
根に足と右手を飲み込まれ、動く事ができずにいるそれは彼。ワルプルギスの夜に見た時と違い、体から白い枝が芽吹いている。スノウが辿ったそれが、彼から生まれているのだと知った。
呼ばれた事に反応し、セフィライズはその透き通ったガラスのような銀の瞳でスノウを見た。
「……スノウ?」
スノウはゆっくりと昇っていく光に抗い泳ぎ、彼へと手を伸ばした。彼もまた、目を丸くしながら左手をスノウへと伸ばす。しかし、スノウを押し上げていた光が激しい濁流がごとく動き始めた。
「い、いやっ!」
今、目の前に彼がいるのだ。せめて少しでいい。もう少し近くにって、もう少しでいいから。体が浮き上がり、再び登っていくのがわかる。触れられなかった手をもう一度強く伸ばした。
「セフィライズさん、わたし!」
もう一度会えたら、聞きたかった事、言いたかった事がたくさんある。なのに。
左手を伸ばす彼の腕にはか細い純白の枝が巻き付いている。スノウは流れの中で身をよじり、手を伸ばし、名前を呼び、そして。
セフィライズの枝に触れた、その時。
「スノウ、君は――――」
視界が真っ白に染まり、音は消え、その続きは聞けなかった。
あれは、幻だったのだろうか。世界樹の根にのみ込まれながらセフィライズは上空を仰いだ。深くどこまでも続く青は闇に変わっていく。その中へとマナの光が吸い込まれ昇っていくのだ。
「どうした」
誰もいないはずの場所に突然ウィリが現れる。根の付近まで移動し、セフィライズへと声をかけた。
「……今、彼女がいた。でも……いや、ううん。きっと幻だ」
「魂が滅されていると」
「いつまでも、このままなわけない」
器のない状態の魂は、すぐに世界樹の根を通り浄化され、新たな器を得て誕生する。だというのに、いまだ根にひっかかっている状態だ。ずっと記憶を持ち続けて存在していけるわけがない。
「いつか、枝になる」
根に囚われながらすべてが無くなって、その一部になってしまう。だからきっと、今のは何かの間違いだ。それでも。
「でも、一目でも……会えてよかった」
幻が見せた彼女は、癖のある外に跳ねた金髪ではなかった。柔らかくうねる長い髪。セフィライズはいつかスノウへ言った事があった。見てみたいよ、と。
「幻か、そう思うのか。その切れた枝はどうしたのじゃ」
セフィライズはウィリをまっすぐ見た。動く左手を持ち上げる。自身の体から伸びる腕に巻き付いた白い枝。左手から上へと延びていたそれの先端が、ぽきりと切れて無くなっている。その断面から、砂のように細かなマナが上えと昇っていた。
「あれは……本当に、スノウだったと?」
手を伸ばした彼女が、枝を折った。そんなわけない、と周囲を見るも何も落ちてはいない。
「フフ、願っていたんじゃろう、彼女の幸せを。イシズと同じようにな。この世で唯一無二の、大切な魂」
ゆっくりと、彼は天を仰ぐ。底深い沼のように先が見えない。マナの光が遠く昇っていく様に、指を広げながら手を伸ばした。
「大切な……」
目を閉じる。まだ覚えている。沢山の思い出の、そのひとつひとつを噛みしめた。
「よかった。生きて、いるなら」
続く未来を、生きているなら。




