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19.灯火の源へ 会いたい



 テミュリエの言葉にスノウは戸惑った。暗くてお互いの表情は見えにくい。しかし、テミュリエの黄緑色の目がとても真剣だという事だけはとてもよくわかった。その言葉は、元気づけの為じゃない。心からの言葉なのだと。


「テミュリエ、わたし……」


「俺はずっと、スノウより長生きできるから。置いていかないって約束できる。俺はスノウを泣かせたりしない!」


 全部、忘れさせてあげたい。思い出を塗り替えて、スノウをテミュリエ自身でいっぱいにしたいと思った。そうすればもう泣く事は無い。そして最後まで、スノウを置いていったりはしない。テミュリエはハーフエルフだ。彼女の人生の何回分もの時間を生きる事ができる。


「テミュリエ……」


「ねぇスノウ。思い出ってキレイなんだよ。原罪は死んでる。汚れる事がない思い出を選ばないで。お願い、今を生きて」


 今目の前にいるのは俺だ、とテミュリエは強く思う。スノウの胸の奥にいる、きれいなままのセフィライズを全て自分で上書きしてやるのだ。


「わたし……」


「いいよ、すぐ答えを出さなくても。でも、スノウは今を選んでくれるよね。だって、この世界を、生きているから」


 死んだ人の手を取らないでほしい。優しいだけで何も与えてくれない思い出と共に歩まないでほしい。スノウが今立っているのは、まぎれもなく今、この世界。


 空に舞い上がった仄月(ほのづき)はいつの間にか燃え尽きた。満天の星の輝きと、二つの月の光だけが二人を照らしている。建物の間をすり抜けた強い風が一瞬通った。

 顔を上げ、スノウはテミュリエの手に自身の手を添える。


「ありがとうございます」


 テミュリエはその言葉に喜んだ。しかし、続く言葉はすぐ発せられる。


「時間を、ください」


 テミュリエはスノウの肩から両手を下ろした。息を大きく吸い込んで、胸の奥から溢れそうになる想いも必死に飲み込んだ。


「待つよ」


 そういって、スノウに微笑みかけた。






 その晩、スノウは一人、宿の窓から夜空を見上げる。二つの月明かりがはっきりと青白く自身の体を照らしていた。


 わかっている。ちゃんと、全部。頭では理解できている。

 さよならは言えた。でも。


「この世界に、思い出が多すぎます」


 どこに行っても、何を見ても。一緒に過ごしたものが大きすぎる。

 思い出がキレイだなんて事はわかっている。変わらない過去、心が大切にしたい記憶。


 唯一ないものは、彼という存在だけだ。


「心から……まだあなたが好きです」


 両手を絡ませ、瞳を閉じて祈りを捧げる。この気持ちを、ずっと大切にしておきたい。でも、もう前に踏み出さないといけないのだろうか。セフィライズがもし、隣にいてくれたら、彼はなんと言うだろうか。


 ―――……君と、これから……一緒にいる事はできないけど。いつも、君の幸せは想ってるよ


 スノウは顔を上げた。いま、真横からセフィライズの声が聞こえた気がしたのだ。月を見て、星を見て、そして部屋の中を見渡す。どこにもいない。


「会いたい……会いたいよ……」


 言葉にしたら、辛くなる。だからずっと言わなかった言葉だ。


 会いたい。いま、あなたに会いたい。









 翌朝、テミュリエと共にカンティアから半日の距離にある燐光の谷へ向かった。その場所に近づくと、次第に大地の緑は減り、岩だらけに変わっていく。谷を下り、岩壁が両側に高くなると日の光が遮られ暗くなりはじめた。同時に青白い光の粒子が浮遊しはじめる。

 スノウは隣を進むテミュリエを見た。自身よりも身長が高く、しっかりとした青年のハーフエルフ。しかし、スノウの中で一二歳の少年の姿が重なって見えた。


「どうしたの?」


「あ、えっと……どのあたりまで、進むのかなと思いまして」


「もっともっと、一番深いところまでいくよ」


 石だらけの歩きにくい谷。テミュリエは自然とスノウに手を伸ばした。

 その手をとるか、彼女は一瞬悩む。少し前までこの手はとても小さくて。しっかりと見るテミュリエは青年。とても違和感を覚えた。

 いままで一緒に旅をしてきたのに。なんだか突然、テミュリエが青年になったように感じたのだ。


 谷の一番深いところまできた。そこはリシテアと共に入った露天の湯があった場所だ。振り返ると入浴の間、セフィライズとレンブラントが控えていた大きな岩がある。

 ずぎりと、心臓が痛んだ。


「この湖の中にあるはずだ」


 指さすのは温泉だ。水中にローズマリーがある事にスノウは驚いた。


「待ってて、行ってくるから」


 テミュリエは遠慮なく湯の中に入り、腰付近まで濡れながら進んでいく。漂う青白いマナに照らされ、水面が神秘的な光の揺れを浮かべていた。

 スノウは離れていくテミュリエを眺めながら膝をつき、湯に手を伸ばした。すくいあげ、指の隙間から零れ落ちるそれ。温かい。振り返ると見たことがある景色だ。リシテアが楽しそうに話していた内容が、今でも鮮明に蘇る。

 ダメだ、また思い出してしまったと、スノウは首を振った。その時だった。


「わぁっ!」


 テミュリエの声と共に、水が激しく跳ねる音が聞こえる。スノウが顔を上げると、彼の片腕が異様な動きを見せる湯の渦に今にも吸い込まれそうになっているところだった。必死に耐えているテミュリエの元へ急ぐ。


「テミュリエ!」


 腰付近まである湯をかき分け進む。テミュリエの真後ろまで来ると、彼女は彼の腰を抱きかかえた。


「大丈夫ですか!」


「スノウ、来ちゃだめだ!」


 振り返ったテミュリエが、飲み込まれてない方の手でスノウに触れようとしたその瞬間。まるでクラーケンの触手のように異様な動きを見せる湯の塊が彼女の腕に巻き付いた。同時に強くひかれ、スノウは簡単にテミュリエから引きはがされる。体は空中を舞い、真下を見れば黒い大きな渦からそれが伸びているのがわかった。


「スノウ!」


 テミュリエの名前を呼ぼうとした瞬間、スノウはその黒い渦の中に引きずり込まれた。



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