18.灯火の源へ 光の夜
どうしてかわからない。けれどローズマリーの枝の話をしてから、スノウの元気がない。テミュリエは心配で仕方なかった。花粧祭のチラシを差し出された時、これだと思った。スノウの手を取り、祭りへ誘う。楽しい時間を過ごせばきっと、大丈夫だと。
カンティアの中央の広場までスノウを連れていく。シンボルツリーの下、出店で買ったパスタを食べた。さらに、別のところで買ったスープと焼き菓子も勧める。
おいしいよ、食べたことある?
スノウはどんな花が好き?
今日は天気がいいから、あの雲とか見てよ。何に見える?
そんな話を必死にして、スノウの笑顔を取り戻したくて。テミュリエは話しかけ、たまには面白い事を言ってみせた。笑顔で返してくれるスノウにほっとする。でもその笑顔がとても、無理をした表情なのはわかっていた。
どうしていいかわからない。どうすればいいかわからない。
テミュリエはその後も必死にスノウの手をひいて歩いた。
日が傾き始める頃、テミュリエはスノウを心配して宿に戻ろうと思った。しかしその彼の手をスノウが掴む。
「あの……夜、に」
「夜? あ、あれなんだっけ。仄月だっけ」
「はい、その。それに……」
「行きたいの? うん、わかった行こう!」
スノウからの提案が嬉しかった。だから夕暮れの道を街の外へ向かって進んだ。建物が途切れ、平原の手前。お祭りのスタッフが仄月を手渡しているのを受け取った。太陽が隠れ始める頃、西の空は紫と薄ピンクに染められている。遠く見える山は黒く染まり、空の美しさをより際立たせていた。
スノウはその景色を眺め動けなくなった。これを見たのだ。一緒に。隣に並んで。その時にはもう。
彼女が横を見るとテミュリエが立っている。しかしふと、それが彼に見えた。金髪と茶色に偽装した髪と目。切れ長の目がこちらを見て、微笑みかけてくれる。あの時の記憶。
「ど、どうしたのスノウ!」
思い出すと涙が止まらなかった。鮮明に、はっきりと。彼との思い出が。永遠に続いてほしかった。ずっと一緒にいたかった。
スノウは嗚咽を漏らしながら、今までの旅の全てをテミュリエに話した。
燐光の谷で癒しの術を使った事。そのせいで彼の胸に腫瘍ができ、苦しめた事を。世界樹の根で冥界の神ウィリに会い、そしてテミュリエのいたエルフの森に行った。邪神ヨルムという名のイシズの器が復活してしまった事。
そして旅の最後に。一角獣の角に浄化の力を込めた。
「全部、わたしのせいなの。テミュリエ。わたし、わたしのせいで」
顔を覆い泣くスノウに、テミュリエは持っていた仄月を投げ捨て体を引き寄せて抱きしめた。
「スノウのせいじゃない! それがあの原罪の運命なんだから。スノウは悪くない!」
「わたしのせいで、セフィライズさんは死んだのっ」
「違う!」
テミュリエはスノウの肩に手を添え、顔を覆うその両手を引きはがそうと力を籠める。真っ赤に腫らした青緑色の瞳があらわになって、テミュリエは胸が痛くて仕方なかった。
「ねぇスノウ。あれはもう、仕方なかったんだよ。スノウのせいじゃないよ。もう、終わったことだ。決められた通り、事が運んだだけなんだから。大丈夫」
優しく、できるだけ優しく声を出した。彼女の心に届いてほしい。これは全部仕方のない事で、スノウは何も悪くない。
いつしか周囲の人たちが灯した、仄月の光が空を舞う。夜空に輝くそれを、スノウは見上げて思った。ワルプルギスの夜のようだと。
満ちたマナが世界を満たし、可視化されたそれが世界中を美しく飾る。この恩恵を受けられているのは、全て。
「もう、忘れよう。スノウ、忘れようよ。大丈夫、楽しいことをたくさんすれば、スノウは」
「忘れられない……諦めたの……白き大地で。もう、生きてはいないって、わかったのに。でも、諦めても、忘れられない……」
それどころか、彼を死に追いやったのがスノウ自身かもしれない。それが彼女の胸に刺さって取れない。大切な人を、心から想う人を、自分の手で……。
「ねぇスノウ! もう五年だよ? もう……スノウは何も悪くない。全部仕方ないんだから。気にしないで、この世界を生きようよ。大丈夫、俺がついてる。俺は、スノウより先に死んだりなんか絶対しない。だってハーフエルフだから!」
テミュリエはうつむくスノウの両肩を掴む。目の前で辛そうにしている彼女。笑っていてほしい、幸せでいてほしい。そう思うのは、テミュリエ自身が。
「俺が、全部。全部塗り替えるって約束する。だからスノウ。俺さ……俺、スノウの事が、好きなんだ。だから、一緒に。俺と生きて!」




