17.灯火の源へ 目覚めさせたのは
ヤタ族の悼み火は夜通し続いた。朝焼けが空の色を変え始める頃まで炎は絶やさない。星たちが視界から消えてなくなると同時に焚火に水をかけた。登っていく煙に手を合わせ、強く死者を想う。
「空の上から見ていて。星が輝くのを見るたびに、私たちもあなたを忘れない」
ナツネが強く両手を握りしめながら言う。スノウも真似をして目を閉じた。
忘れない。きっとこの思い出は、大切なものに変わる。
忘れられない。忘れたくない。ずっと、傍に置いておきたい。なのにいつか。いつの日か。
ああ、とても懐かしい。
そう思う日が、きっと来る。
彼らは朝方からお昼まで仮眠をとらせてもらった。そのあとで、旅に必要だろうと保存食やら何やらを贈られ、ヤタ族の集落をあとにする。テミュリエはヨルムの祭壇に行く気配すら見せず、まっすぐにカンティアを目指した。
道中、スノウは昨晩話題に上がったローズマリーの枝がどこにあるのかテミュリエに聞いてる。
そのローズマリーは神々の時代から存在し、その時代に蓄えたマナを吐き出しているという。それは原初のマナと呼ばれ、いま世界を満たしているマナとはまったく別のものとのことだ。
その話を聞く途中、スノウは燐光の谷がそうでないかと思った。あの場所のマナは青白く輝き、まるで別物のようだった。
「そのマナは、人には害はないのですか?」
「人には、ないだろうね。ああでも、白き大地の民にとったら、どうだろうな。器を構成するマナの、元となった最初の……」
「あ、いえ。昔、セフィライズさんがその……体調を、崩されて」
スノウはセフィライズが燐光の谷で体調を崩した事と、そのローズマリーが吐き出す原初のマナと、何か関係があるのかと思ったのだ。
スノウが癒しの術で集めたマナを、彼に送った。その後だ。彼の胸に腫瘍ができたのは。
「原罪は、たぶん種子が反応するんじゃないかな」
かつてあった枯れかけの世界樹から生み出された《世界の中心》
原初のマナに触れ、セフィライズの中の眠れる種子が活動を始めたのだとしたら。
「わたしが……」
スノウは震える手で口元を押さえた。
彼に治癒術を使ったから。あの場所で、あの青白いマナを集めて。彼を癒したかった。傷を、治したかった。
「はじめてしまった……」
セフィライズの中にある種子を目覚めさせてしまった。あの時、彼が苦しんでいた原因を、作ったのは。
「スノウ? 大丈夫?」
苦しい。胸が、苦しい。
スノウはその場にしゃがみこんだ。
違う。助けたかった。セフィライズに、痛い思いを、苦しい思いをさせたくなかった。もう、その時には、スノウはセフィライズの事を好きでしかたなかったから。叶わなくてもいい。届かなくてもいい。どうか、少しでも幸せになってほしい。
でも現実は。
「わたしは……全部、わたしが……」
始めてしまったのだ。だから。だから。
スノウにとってそれは、セフィライズを殺したのは自分同然という程の衝撃だった。もしも眠ったままなら、きっと。今彼は生きているのではないだろうかと。
「スノウ、しっかり!」
ちゃんと息が吸えない。スノウはまるで呼吸の仕方を忘れてしまったかのように震え、瞳からは止めどなく涙が落ちる。息苦しさからくる涙。そしてこれは。
心臓が、心が。何かで締め付けられ、死んでしまいたいぐらい辛いと思う、涙だ。
通りかかる荷馬車を操る人に声をかけられた。顔を真っ青にしながら胸を押さえるスノウを気遣い、知り合いの町医者を紹介してくれたその人は彼らをカンティアまで乗せてくれた。
スノウは到着するまでの間、ずっと心ここにあらずといった表情で遠くを眺める。荷馬車から眺める、通り過ぎる遠い向こう側。青々とした大地、澄んだ空気、生き生きとした動物達。なのに心はずっと深く堕ちている。思い出すたびに、涙が浮かんだ。
「お嬢さん、医者にかからなくてほんとに大丈夫?」
カンティアでの別れ際、荷馬車の人に礼をつくして頭を下げるスノウ。彼女は愛想笑いをするぐらいしかできなかった。
見てて痛々しい程に何かに傷ついているスノウに、テミュリエはどうしていいかわからない。その時、彼の目の前に一枚のチラシが差し出された。
「花粧祭、本日最終日ですよ!」
条件反射でそれを受け取って、チラシに目を落とす。出店があったり謎解きイベントがあったり、楽しそうな事がたくさん書いてあった。
「ねぇスノウ、これ見てよ!」
スノウの前に出すと彼女もまたそれを見る。花粧祭。このお祭りを、スノウはまだ覚えている。セフィライズと大きな木の下で一緒に並んで過ごした事を。手を引いてもらって、歩いたこ事を。夜に黄色い袋状の花の茎に火をともすと、ゆっくり空へと昇っていく。仄月を見た事を。




