16.灯火の源へ 返事
「あいつだよ。セフィライズ。言ったの?」
「え、ええ? えっとえっと……」
スノウからは伝えた。あの夜。楔草の広がるあの場所で、マナの光にあてられながら。
愛しているの、好きを。
そして答えは。
「お、お伝えは……さ、せて、いただき、ま、した……」
「なんで片言なのさ」
ナツネがまた大声で笑いながら、スノウの隣で妙な表情を浮かべて体を左右にゆらし、視線をあっちへこっちへと動かしているテミュリエを見る。
「ほほぉーん」
「んだよ!」
面白くてつい声がでたナツネに、テミュリエは顔を真っ赤にしながら声を荒げた。
「それで、スノウ。返事はもらったの?」
「へ、返事ですか?」
愛しているという意味の好き。その返事は貰った。ごめんなさい。でも……
その意味を。あの時、別れ際に伝えられた言葉を、今も考えている。あれは、本当に、その通りの意味なのだろうか。
聞きたいと、今でも強く思う。
手を伸ばし、服を掴んで。彼の顔を見上げながら。
――――それは、どういう。意味ですか?
そう、言いたい。
「スノウ?」
急に焚火を眺め、瞳に揺らめきを抱きながら黙るスノウへ、ナツネは肩を叩いた。
「あ、の。えっと。ごめんなさい、と……」
「なんだぁ、意外! 絶対両想いだと思ってたのに」
「え?」
「気が付いてないのは当事者だけってやつかと思ってたよ」
スノウは目を見開いてナツネを見る。自然と胸に手をあて、そしてゆっくり息を吐いた。その時の事を思い出そうとすると、胸がつまってしまう。どうだっただろう。記憶を辿ると浮かぶのは。
目線を下に向けて、でも薄く笑ってる。特徴的な銀髪が顔を隠していても、伝わってくるあたたかさとか。ふとした瞬間に差し出される手とか。
「セフィライズさんは、とても……お優しかったですから」
人との距離感に困ったり、会話を考えたり。配慮しているようで抜けていたり。そういう、ちょっと不器用なところがあったけれど、本当はとても優しかった。ただちょっと、誤解されやすいだけなんだって。
「そっか。じゃあひとりっきりなんだね」
「あ、はいそうです」
「いや、スノウじゃないよ。セフィライズだよ」
スノウが首をかしげるものだから、ナツネは苦笑した。
ヤタ族の生死感によると、亡くなった人は生きている家族の想いを抱えて空高く魂が上っていき、無数にある星の一つになると考えられている。
「たしか白き大地の民って根絶やしだろ。家族も恋人もいないで死んだら、空に一人っきりなんだなって」
誰の想いも持たずに一人、いまも魂は空にいる。それはすごく寂しい事だとナツネは思った。
「えっと、セフィライズさんにはお兄さんが、ご存命で」
「ああ、そうなの?」
驚いたナツネはしばらく間をあけてから「あー」と息を吐くように音をだした。
「白き大地の民って、みんなあーいう、ちょっとこう。異次元? の顔立ちなのかと思って、なんにも感じなかったんだけどさ。あたしそういえば、なんか似てる人に会ったよ」
「それは、その」
「そう、セフィライズに」
その発言で、スノウの隣のテミュリエが食い気味に体を乗り出す。スノウはすぐにテミュリエの肩にふれ、落ち着いてと言わんばかりに小さく名前を呼んだ。
「いつ、どこで?」
「ええっとぉ……五日ぐらい前に、街で? 目立つよね、あの髪色だと。つい話しかけちゃったよ」
街の中を一人歩く銀髪の男。白き大地の民なんて珍しい、そう思ったナツネはかなり気さくに話かけた。あんたに似てる人と知り合いだよ。そう告げるとシセルズは嬉しそうに笑っていたという。
「それで、あの野郎どこに行くって! カンティアか?」
「よくわかったね。そう。なんか枝を取りにいくとかなんとか」
「やっぱり……」
枝とは世界樹から取るとばかり思っていたスノウが、首を傾げながらテミュリエを見る。
「世界樹の、枝ではないのですか?」
「え、そうだよ。言ってなかった?」
まったく何も、とスノウは驚いた顔で首を振る。その横でナツネが枝とは何か、とテミュリエに話しかけていた。
それは神話の時代からあるとされるローズマリーの株から取るものをさしているとの事。現世と冥界の狭間にあると言われている。
それを聞き、スノウは昔の記憶をふわっと思い出した。古いインクとなめした革、あせた紙の匂い。ずらっと並ぶ本。アリスアイレス王国の図書室で、文官のツァーダに深く敬礼しながら彼が、セフィライズが言っていた。
冥界への入口から手を伸ばして、枝を摘む。それは、穢れを呼ぶと。




