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14.灯火の源へ 移動



 何故カンティアなのか。スノウは喉元まで上がってきた言葉を止めた。アリスアイレスに戻るのなら、このまま来た道を引き返したほうが早い。しかしもしかしたら、ベルゼリア公国にあるヨルムの祭壇を見に行くのかもしれない。そこまで移動すると、たしかにカンティアを経由してから北上したほうが早く帰れるだろう。

 話が一旦落ち着いて、スノウはテミュリエの顔面に血が付着したままだという事に慌てだした。ハンカチを取り出してテミュリエを拭く。しかし乾いてしまっていて、きれいにする事はできなかった。


「あ、あの。濡らしてきます」


「いいよ別に」


 立ち上がるスノウを呼び止める。しかし彼女は複雑そうな表情で笑うと、すぐ戻りますと口早に呟いて小走りに行ってしまった。

 靴底が石畳を叩く音が響く。崩れた建物の中を通り、以前セフィライズと一緒に来た中庭に出た。なんの生き物もいない透き通った池の水に近づき、水面に映ったスノウ自身の顔を見てため息をつく。


 なんと余裕のない表情をしているのだろうと思った。


 自身の顔を消すように、ハンカチを水につける。ひやっとして冷たい。浅い池の底には揺れる青い水草。スノウが手を動かすと、揺れるそれはまさしく自身の心のようだ。


 簡単な事で、心が揺れる。でもこの水草と同じで、その場にいて結局、何もしていない。


 ハンカチを絞る。含まれていた水が大地に落ちると吸い込まれて消えた。その場所に手を添える。以前ここで、宿木の剣(ミストルテイン)を使い、世界樹の根をすべてマナへと変換していたその時を思い出した。


 結局、過去の思い出に囚われて生きている。


「何にも、ないです……わたしはあの時も、今も。何もできないまま立ち止まって、そしてずっと空っぽのままなんです」


 見上げた夜空は雲一つなく、あの時のように深く吸い込まれそうなほど深い。何もないこの白き大地を撫でる風の音だけが遠くまでずっとずっと。





 彼らは白き大地で一晩を明かした。その大地に別れを告げ、南へと移動する。その先はベルゼリア公国の領土だ。

 最初に訪れる街はベルゼリアの最西端にあるソレビアという街だ。ベルゼリア公国の雰囲気を色濃く映し出したような街。奴隷を主な商材として取引する為の拠点となっている。かつてスノウも、この街に訳も分からないまま連れてこられたのだ。ここからずっと東に移動すると、ベルゼリア公国の首都を通りカンティアとの壁境いにあった宿場町アベルに着く。


 テミュリエはすぐ街の雰囲気の悪さに気が付いた。隣を歩くスノウも肩をすくめ周囲を警戒しながら歩いている。


「大丈夫?」


「え、あ……はい大丈夫です」


 以前のソレビアに比べ奴隷の数が少ない。殺伐とした雰囲気もどこか緩んでいる。マナが満ちたおかげで作物がよく育ち気候も安定したのもあるだろう。何より、この世界を満たした大量のマナは、生きている全員の目に見えない何かを豊かにした。

 しかしスノウから見れば、過去の嫌な記憶に揺さぶられる場所でしかない。道、建物、人。すべてが繋がる。

 テミュリエは休憩してから移動しようかと考えていたが、すぐにその街を出る事にした。


 数日かけて移動する際中、当たり前なのだがこのベルゼリア公国特融の視線を向けられる事が多々あった。元々が差別的で閉鎖的な国だ。新しい街を経由するたびに感じるその雰囲気みたいなものを気にして、彼らは必要な物資の調達が終わるとすぐ次へ次へと目的地を移動させて行った。


 やっとベルゼリア公国最東端、以前はカンティアとの壁境にあった宿場町アベルに到着。最西端のソレビアに比べて、まだ開放的な雰囲気を放っている。漁業をメインとした街の海辺では、人々がひっきりなしに船から出入りしていた。その中にやはり目立つのは他国では見ない奴隷の姿だ。


「さすがにカンティアまでの間に街がないから。今日はこの街に泊まろう」


 海のほうを呆けた顔で眺めていたスノウは、テミュリエの言葉を聞き逃してしまった。いきなり手を掴まれて振り返ると、彼女の目に飛び込んだのはなんだか苦々しい表情の青年だ。


「ねぇ、スノウ。あのさ」


 どこに行っても、何をしていても。ふとした瞬間にとても、心ここにあらず、そんな顔を彼女はするのだ。ずっと旅をしてきた中で、真剣にこっちを向いてと声をかけたとしても、ふとした瞬間に手の隙間からこぼれる砂のように。

 目の前にいるはずのスノウの心が、掴めなくなる。


 白き大地に行けば、すべてを受け入れると言っていた彼女は、本当にすべて。


「もう、」


 言葉の続きをテミュリエが言おうとしたその瞬間、彼らの後ろからスノウの名を呼ぶ大きな声が聞こえた。







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