12.灯火の源へ 言葉
「ったく、ほんとにガキだよな」
「なんでエルフの森に火を放った! それを持ち歩いてる目的はなんだ!」
シセルズのあざ笑う言い方に、テミュリエがスノウを振り払いそうになりながら叫ぶ。
「お前には一生理解できないことだ」
シセルズは視線を下へ落とし、一瞬憂いを見せた。背後には邪神ヨルムの祭壇とその壁画を見上げる。上の片方が崩れたそれだが、世界樹とその根の下にかかれた『世界の中心』だけははっきりと見てとれた。
「わたしも……わたしも聞きたいんです。シセルズさん……」
コカリコの街でテミュリエは言っていた。マナが穢れていると。
マナの穢れは魔を呼び寄せる。世界が荒廃するきっかけにもなるものだ。この世界にやっと芽吹いた世界樹が再び脅かされるかもしれない。シセルズなら理解しているはずなのだ。なのに何故、そんな事をしているのか。
何故、セフィライズが残したかったものを、壊そうとするのか。
「ごめんな……」
そう言って、困ったように笑う。それがとてもセフィライズに似ていて、スノウは胸が痛くなった。近くに行けないのだ。心の近くに。こんなにも長く知り合っていっても。
「何をしようとしてるのか、そこのガキは理解できないだろうけど。スノウちゃんはたぶん、言えば気が付いちゃうから」
同じ痛みを知るものだから。そうシセルズは笑った。
「でも、そんな事……」
スノウの頭の中で、ありえない答えが浮かぶ。そんな事。この世界で本当に、実現できるのだろうか。夢のような話だ。
シセルズの発言は、スノウの心の奥底の願いと同じ。
「シセルズさんは……」
「スノウちゃん、ごめんな。ほんとに……」
シセルズは大きく息を吸い込む。その空気が吐かれたと同時、足を大きく踏み出した。魔剣グラムがテミュリエの短剣を弾き飛ばし、閃光の筋を残す。白い石床に落ち冷たい音が耳へと届いた。
そのままスノウの目の前で、シセルズの剣がテミュリエの太ももを突く。その場に崩れ落ちるテミュリエに寄り添い座るスノウの目の前に、シセルズの黒い影が重なった。
「ごめんな……」
そう言いながら手を振り上げるシセルズの足を、テミュリエは咄嗟に両手を広げしがみついた。
「スノウ逃げて!」
テミュリエはシセルズがスノウを殺す気だと思った。片足を強く掴むも振り払われそうになり、太ももから流れる赤が白石を汚していく。
スノウは目の前に立つシセルズを見上げる。片目の、月のように冷たい銀の光彩がとても怖い。動けないでいるスノウの目の前で、彼はテミュリエの頭を強く踏みつけ蹴り飛ばした。そして一歩、スノウへと歩み寄る。その黒い影。
目の前でしゃがんだシセルズは、その白い手をスノウへ伸ばした。ゆっくりと近づいてくるその指に視線を移す、その時だった。彼女の小さな体を跳ね飛ばす程に強く、その首へと手を薙ぎ払ったのだ。
テミュリエはスノウの呻き声と崩れ落ちる音と共に顔を上げる。彼は冷たい石の床に額を強打し、顔が血でべっとりと濡れていた。
「て、めぇ……」
目の前でスノウが倒れている。起き上がって助けに行こうともがくも、太ももを刺されたせいで立ち上がる事ができない。
冷たい目をしたままのシセルズは、王の写本を持ちその場から去っていく。ブーツが石床を叩きつける音が遠のいていく中で、テミュリエは手を伸ばしながら声を絞り出した。
「くそ、待てよ……!」
しかし一度たりとも振り返らず、シセルズは彼の視界からゆっくりと消えた。
スノウが目を覚ましたのは、周囲がもう暗くなってしまった後の事だった。焚火の光がまぶしく、目覚めてしばらくそれを眺めた。
胸の中でよみがえったのは、コカリコの街で二つの影がその光の前で何か話しているところだ。振り返ったその影が、安堵の表情を見せてくれる。やわらかな光に照らされて、髪は美しく輝いて見えた。その時の、気持ちが。
スノウは息を飲んだ。
「起きた?」
声をかけられ、胸に何かが詰まった状態のままスノウは起き上がる。
「はい。あ、あの……」
テミュリエはとても疲れた表情で、額の傷口が生々しい。出血は止まっているが、まだ顔面に大量血が付着したままだった。
「て、テミュリエ! か、顔がっ……」
「あいつにやられた。スノウちゃんも、痛くない?」
頭を見られ、スノウは右手でそっと触れた。テミュリエが雑に巻いた布が指にあたる。
何が起きたかわからない。どうしてこうなったかわからない。現実を受け入れられない状態で、スノウは手が震えた。
「な、治します!」
はっと気が付いた表情で、スノウは心配そうなテミュリエの手を握りしめた。




