表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

361/384

12.灯火の源へ 言葉



「ったく、ほんとにガキだよな」


「なんでエルフの森(ホルトゥラーヌス)に火を放った! それを持ち歩いてる目的はなんだ!」


 シセルズのあざ笑う言い方に、テミュリエがスノウを振り払いそうになりながら叫ぶ。


「お前には一生理解できないことだ」


 シセルズは視線を下へ落とし、一瞬憂いを見せた。背後には邪神ヨルムの祭壇とその壁画を見上げる。上の片方が崩れたそれだが、世界樹とその根の下にかかれた『世界の中心』だけははっきりと見てとれた。


「わたしも……わたしも聞きたいんです。シセルズさん……」


 コカリコの街でテミュリエは言っていた。マナが穢れていると。

 マナの穢れは魔を呼び寄せる。世界が荒廃するきっかけにもなるものだ。この世界にやっと芽吹いた世界樹が再び脅かされるかもしれない。シセルズなら理解しているはずなのだ。なのに何故、そんな事をしているのか。

 何故、セフィライズが残したかったものを、壊そうとするのか。


「ごめんな……」


 そう言って、困ったように笑う。それがとてもセフィライズに似ていて、スノウは胸が痛くなった。近くに行けないのだ。心の近くに。こんなにも長く知り合っていっても。


「何をしようとしてるのか、そこのガキは理解できないだろうけど。スノウちゃんはたぶん、言えば気が付いちゃうから」


 同じ痛みを知るものだから。そうシセルズは笑った。


「でも、そんな事……」


 スノウの頭の中で、ありえない答えが浮かぶ。そんな事。この世界で本当に、実現できるのだろうか。夢のような話だ。

 シセルズの発言は、スノウの心の奥底の願いと同じ。


「シセルズさんは……」


「スノウちゃん、ごめんな。ほんとに……」


 シセルズは大きく息を吸い込む。その空気が吐かれたと同時、足を大きく踏み出した。魔剣グラムがテミュリエの短剣を弾き飛ばし、閃光の筋を残す。白い石床に落ち冷たい音が耳へと届いた。

 そのままスノウの目の前で、シセルズの剣がテミュリエの太ももを突く。その場に崩れ落ちるテミュリエに寄り添い座るスノウの目の前に、シセルズの黒い影が重なった。


「ごめんな……」


 そう言いながら手を振り上げるシセルズの足を、テミュリエは咄嗟に両手を広げしがみついた。


「スノウ逃げて!」


 テミュリエはシセルズがスノウを殺す気だと思った。片足を強く掴むも振り払われそうになり、太ももから流れる赤が白石を汚していく。

 スノウは目の前に立つシセルズを見上げる。片目の、月のように冷たい銀の光彩がとても怖い。動けないでいるスノウの目の前で、彼はテミュリエの頭を強く踏みつけ蹴り飛ばした。そして一歩、スノウへと歩み寄る。その黒い影。

 目の前でしゃがんだシセルズは、その白い手をスノウへ伸ばした。ゆっくりと近づいてくるその指に視線を移す、その時だった。彼女の小さな体を跳ね飛ばす程に強く、その首へと手を薙ぎ払ったのだ。


 テミュリエはスノウの呻き声と崩れ落ちる音と共に顔を上げる。彼は冷たい石の床に額を強打し、顔が血でべっとりと濡れていた。


「て、めぇ……」


 目の前でスノウが倒れている。起き上がって助けに行こうともがくも、太ももを刺されたせいで立ち上がる事ができない。

 冷たい目をしたままのシセルズは、王の写本(トリスメギストス)を持ちその場から去っていく。ブーツが石床を叩きつける音が遠のいていく中で、テミュリエは手を伸ばしながら声を絞り出した。


「くそ、待てよ……!」


 しかし一度たりとも振り返らず、シセルズは彼の視界からゆっくりと消えた。






 スノウが目を覚ましたのは、周囲がもう暗くなってしまった後の事だった。焚火の光がまぶしく、目覚めてしばらくそれを眺めた。

 胸の中でよみがえったのは、コカリコの街で二つの影がその光の前で何か話しているところだ。振り返ったその影が、安堵の表情を見せてくれる。やわらかな光に照らされて、髪は美しく輝いて見えた。その時の、気持ちが。

 スノウは息を飲んだ。


「起きた?」


 声をかけられ、胸に何かが詰まった状態のままスノウは起き上がる。


「はい。あ、あの……」


 テミュリエはとても疲れた表情で、額の傷口が生々しい。出血は止まっているが、まだ顔面に大量血が付着したままだった。


「て、テミュリエ! か、顔がっ……」


「あいつにやられた。スノウちゃんも、痛くない?」


 頭を見られ、スノウは右手でそっと触れた。テミュリエが雑に巻いた布が指にあたる。

 何が起きたかわからない。どうしてこうなったかわからない。現実を受け入れられない状態で、スノウは手が震えた。


「な、治します!」


 はっと気が付いた表情で、スノウは心配そうなテミュリエの手を握りしめた。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ