11.灯火の源へ 偶然
スノウは散々泣いた。
もう誰も住んでいない大地で、草木が揺れるさざなみのような音しかない世界で。
五年間、ため込んでいた涙をすべて出し切るぐらい泣いた。
やっと心の重荷が下りた気がした。ずっと立ち止まっていた場所から、やっと一歩踏み出せる。
スノウはテミュリエがいる場所まで向かおうと足を動かした。セフィライズと最初に訪れた、崩れたヨルムの祭壇がある巨大な建物の横を通る。ふと、中へ吸い込まれるように赴いた。以前と同じく、屋根がくずれ周囲の樹木がそのかわりとなり木漏れ日さしている。その先に続くのはヨルムの祭壇。
なんとなく感傷に浸りたくて見たかっただけなのかもしれない。そう思い、スノウが顔を上げた先に、人が立っていた。
フードを目深にかぶったその人。スノウの気配に反応してほんの少し振り返った隙間から、さらっとした銀髪が見えた。
「セフィライズさん?」
いるわけないのに。白き大地にいるその人を、そう呼んでしまった。祭壇の前に立つその男は、スノウのほうへ振り返る。その特徴的な色白の手を動かし、ゆっくりとフードを下ろした。
「スノウちゃん、どうしてこんなところに」
それはシセルズだった。
とても驚いた顔をした彼は、最後に会った時よりやつれているように見える。無くなってしまった左目を隠す黒い眼帯と、腰にはテミュリエが言っていた通り宿木の剣と魔剣グラムを帯びている。そして祭壇のすぐそばにある大きな白い台座の上には、王の写本が置かれていた。
「え、えっと。セフィライズさんを、探しに……」
何を言っているのだろう、と言葉を発してからスノウ自身驚いた。
「そっか」
そんなありえない発言を、シセルズは問いただす事もしなかった。まるで彼自身が、同じ目的で白き大地に赴いたように、むしろ嬉しそうな顔をして見せたのだ。
「シセルズさんは、どうして……」
「ああ、別に。スノウちゃんと一緒だよ」
はぐらかされた。スノウにはすぐにわかった。ゆっくりシセルズに近づきながら、今一度彼の顔をはっきりと見る。似ているけれど、やっぱり違う。血のつながった家族。
「もういらっしゃらないのに。わかってるのに。どこかにいる気がして……世界樹の根にのまれたセフィライズさんを見たから、つい」
そんな馬鹿な事を考えてしまっている自分って、ほんとうにダメだ。とスノウは自嘲して笑う。
「え? スノウちゃん、何を見たって?」
スノウはシセルズが同じ喪失感を抱えていると思っていた。だから、苦笑しながら一緒だよって、言ってくれると思ったのだ。どこかにいる気がする、俺もだよと。
しかしシセルズは真剣なまなざしで、スノウに詰め寄る。
「え、えっと……ワルプルギスの夜に、世界樹に触れて……テミュリエさんが」
スノウは想像と違った反応に慌てながら両手を使い、簡単な説明をした。白き大地にとても似た場所、世界樹の根が上へと延びていくそこで、セフィライズを見たと。でもそれは、幻想にすぎない。まだどこかにいると思いこみたい、スノウ自身が見せたまぼろし。
話を聞き終えたシセルズは、一瞬考える仕草を見せると、台座に置いたままの王の写本に手を伸ばした。その時。
「シセルズ!」
テミュリエの声が聞こえた。振り返るよりも先に、短剣を抜き払った彼がシセルズへと切りかかる。シセルズによって抜かれた魔剣グラムがそれを跳ね返した。
「テミュリエさん!」
「なんだ混血、お前もいたのか」
シセルズは涼しい顔で魔剣グラムを使い、その短剣を跳ね返した。
「宿木の剣と王の写本を返せ!!」
シセルズが後ろへ飛ぶ。テミュリエは荒れた動作でそれを追いかけ再び迫った。
「王の写本はそもそも白き大地のものだ」
「なら宿木の剣はどうなんだ!」
「馬鹿だな。これも俺の弟のものだ。あいつのものを、俺が持って何が悪い」
抜き身の剣を向けあい、言い争いをはじめた二人。スノウは大きな声でやめてくださいと叫んだ。しかし頭に血が上っているのか、テミュリエはまったく気が付かない様子。
「お、落ち着いて!」
スノウは走りテミュリエの胴体に抱き着いた。腰を引っ張り、足を大地へ強く踏ん張って止める。
「離してスノウ!」
「テミュリエ!」
スノウはいつも出さないような強い声で名を呼ぶ。それに驚いたのか、テミュリエの動きは止まった。




